10.機械班(2)
10.機械班(2)
「うっ、うっ……」
「おい、ハート。泣くこたねぇだろ、ったく……」
「お疲れ様ー」
いくつかある整備室の1つにレイスターを見捨てたミズが入ってきた。
「完璧だよ、スピード! で、1つ頼みがあるんだけど、ジャスティーの機だけさ……ん? どーしたの?」
ハートの泣きっ面に気付いたミズはすかさず聞いた。
「うっ……」
ハートはその言葉に返事をすることなく着々と手だけは動かしているようだ。
「……?」
ミズはそのまま電気工の横に座る。
「あ、それってもしかしてライラ用の武器?」
ミズは電気工に尋ねる。
「よくおわかりで。私が最後まで責任をもって整備させていただく次第ですよ」
「うんうん、ライラっぽい。きっと喜ぶ」
「そうですかねぇ」
そこは不安だった。「よくやった」なんて言葉は想像できない。ライラは機械班の中でも有名だった。『最高に冷たくて強い』。
「……っ!ミズさんは酷いです!」
そこで泣きっぱなしのほったらかしのハートがやっと言葉を発した。
「え?」
「こら、ハート……」
電気工はいつもハートをなだめている。
「なんで?」
のほほんとした感じでミズが聞く。
「ミズさんが周りからなんて呼ばれているか知ってますか!?」
「……いや、知らない。ミズって呼ばれてる」
そういう意味じゃないことはわかっているが、ミズはそう答えた。
「頭がよくて強くて優しいネスの美しき流星なんですよ!」
……。流星……? ミズの頭は珍しく思考停止をした。
「は?」
そしてしばらくの沈黙の後、間抜け面でミズは聞き返した。
「だから! みんなの憧れなんです! 機械班の班長でもあるし……」
「いや、機械班の班長はダリアに任せた。ちゃんとレイスターに指導してたよ」
「……っ」
「何が言いたいわけ? 相変わらずわかんないなぁ……」
ミズは頭を掻く。煩わしそうに。
「それです! その態度!」
ミズはまたもやさらなる間抜け面になる。
「私にだけ! 昔から冷たいの知ってました!?」
「……そーだっけ?」
「そうですよ! 何かあったら私にばっかり言ってくるし! 私がいちばん仕事遅いの知ってるくせに! ジャスティーって男にはめちゃくちゃ優しいのに! みんなミズさんミズさんってキュンキュンしてるのが許せません! 見て下さいよ、わかるでしょ? ジャスティーってやつの武器つくってるんですよ! ミズさんのOKがでないから、私ずっとここにこもってるんですよ」
ハートはありったけの不満をありありと隠すことなくぶちまけた。
「すごいね、ハート。そこまで言えるなんて」
ミズは余裕の笑みだ。
「……はっ!」
ハートは今更ながら我に返る。
「許してやってください!」
なぜか電気工がミズに謝る始末だった。
「……若い世代だからか、君に頼ることが多かったのかもね」
ミズは少し考えてそう言った。
「これから先のネスの科学の発展の基盤となる人材だと思ったし……。難しいこと頼んでるのかもしれない。けど、できないと思うことはやらせてない。きっとやり遂げてくれるって信頼してるから任せてる。ジャスの武器にしても、君みたいな若くて能力のある新しい才能で、何か特別なものができるんじゃないかって思ったんだ。そしてジャスはそれをちゃんと使いこなせる。ハートの働きをちゃんとあいつは受けとめる。だから……、頼んだだけだし……」
ミズは淡々と言い続ける。ハートは嬉しいのと恥ずかしいのと、自分の情けなさで顔を赤くする。
「あとさ……、僕が優しいっていうのは、ただの噂だよ」
「え?」
「別に優しくない。ですよね? バードさん」
ハゲ電工ことバードは、大きく頷いた。
「ああ。ハート、お前に気を許して下さってるんだぞ。副総長とも言える御方が!」
「バードさんは、そういう階級にこだわりすぎです。僕の方があなたを敬うべきなんです。前みたいにミズでいいんですよ」
「あのバカジャスにはそうだがあんたは立派だ。立派にジャスを指導してる。あいつは手のつけられないガキだったが、まさにあんた様の教育で立派に育った」
そう言うとまたうんうん、と頷いていた。
「そうなんですか?」
ハートは泣きやんでいた。
「そう。優しくしようとかしないとか、そんなこと考えたことないよ。頼ってごめんね、ハート」
「……っ……しゃー!!」
ハートは、一変して歓喜の声を大袈裟に上げた。
「私っ、自信なかったんですよぉ、いつも怒られるしぃ……。ミズさん、私やりますよぉ……」
それはそれで怖かった。恍惚とした表情を浮かべ、ハートは作業に取り掛かった。
「う、うん。よろしく……。武器はさ、ジャスのだけつくってくれればいいぐらい時間かけてよ」
「え?」
「あいつの、完璧に仕上げてね。サポートよろしくお願いします」
ミズはハートにそう言った後、電気工にも肩に手をおいてサポートを頼んだ。
「じゃあ」
清々しくミズはその部屋から去っていった。
「やっぱり……、こいつにだけは優しいじゃないですか」
ハートは手元にあるつくりかけの金属片たちを見ながら呟いた。
「当たり前だろ。兄弟なんだから」
「でもさっきの話、ほんとなんですか? だって、確か他の隊員みんな言ってるじゃないですか、『あいつの代わりに♠になれる』って。成績すごい悪いんでしょ?」
そんな奴の武器をつくれって言われたから、ふに落ちないものを抱いていたのも事実だった。
「いつの話してんだ? ハート。レイスターの息子、ミズの弟、今じゃ立派な♠のJだよ」
「えぇっ!!」
「だから、きちんとした武器をつくってやれ。あいつの戦う姿も見ておくといい。お前のつくる武器は本当にこの世の要になるかもしれないんだからな」
「ジャックって言ったら、ライラ隊長の次じゃないですか!」
「だから、あいつは強いんだって。なんて言うかなぁ……。本能型って言うの? 感覚で体が動くタイプだから、実戦向きだよ。まだまだ伸びるぞ」
電気工はしみじみといった様子でハートに言う。
「なんだかんだ、みんなに愛されてるんすね、ジャスティーくん」
「……。あいつには、あまり難しい細工はするな。あと、あいつに『重さ』は関係ない。軽量化なんか考えなくていいぞ」
「……おじさんのがわかってんじゃん。代わって下さいよぉ」
「なっ! おじさんって言うな! ミズに直々に頼まれたのをもう忘れたか!」
電気工は顔を赤らめてそう言った。ハートはなんだか納得いかなかったが、確かにミズに託されたのは自分なので、自分にしかできないものをつくろうと思った。
♠用の特別な武器。個々に合うような武器。
「今度こっそりジャスティーくんの様子でも見てこよ」
ハートはそう言うと、気分を改め、今度こそ本当に改めて工具を手に取った。
「よしっ!」
ハートが気合いをいれたその時、
バンッ!!
勢いよく扉が開いたと思ったら、息を乱したレイスターがそこにいた。
「……総長? どうしたんですか?」
息を切らしながら、入ってきて、しばらく息を整えるための時間をとった後、レイスターは上目づかいでハートを見た。
「ひっ!」
ハートは情けない声を出す。
「なんだあの気持ちの悪い機械は!!」
「あ……あのデザインは私じゃ……」
「総長様―? 総長様―?」
外からレイスターを探すダリアの声が聞こえてきた。レイスターはなぜかとっさにしゃがみ込んだ。
「総長様、もっぱらダリアの趣味でさぁ」
電気工がこそっとレイスターに耳打ちした。
「……わ、わかってる」
「やっぱり総長もミズさんもひどすぎです!」
ハートは怒鳴った。
「あ? ああ、言いやすくてつい……」
結局はそれでしょ? ハートはやっと真実を聞けた気がした。