1.夜を歩く赤い希望(1)
1.夜を歩く赤い希望(1)
宇宙は一つ。
宇宙は無限。
ビッグバン。この宇宙はビッグバンと呼ばれる大爆発により誕生した。
膨張宇宙。個々の銀河はその距離に比例する速さで遠ざかっていて、宇宙は一様に膨張している。
「……個々の銀河?」
ジャスティ―は首を傾げてそう言った。眉間には深く皺が刻まれている。
「ジャス! ジャスティー!」
うっ! やばい! ジャスティーは読んでいた本をとっさに背中の後ろに隠した。それが無駄な足掻きだということはジャスティーにもわかっていた。
「ジャス、またここにいたのか」
ため息をつきながら戸口に立つ人物を、ジャスティーは恐る恐るといった様子で見た。しかし顔までは見ることができなかった。
きっと怒ってる。その顔にはくっきりと眉間に皺が寄っているはずだ。だって、この部屋には入るなってずっと言われているのに、俺はどうしても欲求を抑えられなくて入ってしまうんだ。
「鍵、また壊したのか?」
そう問われ、ジャスティーは下を向いたまま頷いた。
「ごっ、ごめん!」
ジャスティーはやはり相手の顔を直視することができないまま、目を閉じ謝った。
「ジャス」
その声が近くなった。ジャスティーの肩は無意識にビクッと動いた。
「そんなに興味があるんだ?」
その声は優しかった。ジャスティーはやっと目を開けて、相手の顔をしっかりと見た。その顔は笑っていた。そして、ミズはジャスティーの頭をぽん、と優しく叩いた。
「しょうのない奴だな。ていうか、力強すぎじゃない? お前」
ドアに取り付けていたはずの鉄の錠前を見てミズは呟いた。その錠前は壊れていた。ミズはそこで眉間に皺を寄せた。
「だってさ、レイスターと二人でこそこそずるいよ!」
ジャスティーは言った。
「レイスターにも許してないよ、ここに入ることは」
「うっ……」、そうなんだ?
「なぜって、ここは僕の部屋なんだぞ」
ミズの切れ長の目とジャスティーの目が合った。たまに見せるミズの鋭利な眼差しは、簡単にジャスティーの心を切り裂ける。ジャスティーは、ミズに憧れているから。ミズのことが好きだから。
「ミズ! ジャス! 夕飯だぞ!」
遠くからレイスターの声が聞こえた。
「ジャス、行くぞ」
ミズの目尻が垂れた。ジャスティーはそれを見るとほっとした。
「なんでも僕に聞けよ。だいたい、そんな本読んだって、お前にはわからないだろ」
「だっ、だって、聞いたってさ……」
「やっと準備が整ってきたんだ……。ジャス、これからはお前も手伝ってくれよな」
ジャスティーはその言葉が夢幻ではないかと疑わざるを得なかった。ジャスティーは暫くじっとミズの顔を見つめていた。
「星みたいな瞳」とミズが笑って言った。
当たり前じゃんか、ミズ。ジャスティーは思った。俺はこの時を六年間も待ってたんだから。
「くぉらぁー!! 早く来なさいっ!!」
「うわっ!」
家全体に響いたあまりの大声に、二人の思考は停止した。もう少しぐらい夢心地でいたかった、とジャスティーは思った。
「アスリーンだ。急ぐぞ! ジャス!」
ジャスティーはそう言って走り出したミズの後ろに続いて走った。いつだって追いかけるミズの背中。決して、追い抜くことなんてできないんだろうな、なんて思いながら。
きっと、追いつくことさえ……。
「おっそーい!」
アスリーンが仁王立ちでテーブルの前に立ちはだかっていた。
「今日はごちそう作ったんだから!」
いや、なかなか急いで来たと思うけど……。ジャスティーは知らぬ間に苦笑いをしていた。
「すみません、アスリーン」
ミズのか弱い声が聞こえた。ジャスティーはその声にゾッとするが、アスリーンの瞳は輝く。アスリーンはミズに抱きついた。
「いーのよ、いーの。ミズに言ってんじゃないの。ジャスに言ってんだから!」
「なっ、なんだよそれっ!」
ジャスティーの声が虚しく響いた。
「ミズったら、もう少し打ち解けなさいよ。ここに来てもう六年も経ったのよ?」
アスリーンはミズに抱きついたままそう言った。
「はは、これでも僕は家族のように思ってますよ」
ミズが屈託なく笑ったので、ジャスティーとアスリーンはミズのその笑顔にしばらく見惚れていた。
「ミズってば、かわいすぎーっ!」
アスリーンの抱きつく力は強くなる一方だった。
「はっ、放してやれよ! アスリーン!」
「何よバカ息子。なんであんたが言うのよ。やきもちでもやいてんの?」
やきもち? ジャスティーは顔を赤らめた。今度はミズとアスリーンがジャスティーの顔をじっと見つめた。
「やだ、かわいいとこもあるのね、ジャスティー」
アスリーンはミズから離れ、ジャスティーに向かって両手を広げた。
「ふっ、ふざけるなー!」
ジャスティーは顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
「おいバカ息子。もういいから席に着け。お前らも」
いつのまにかそこにいたレイスターの一声で三人は黙りこんだ。アスリーンもミズも静かに席に着く。本当に俺だけがバカみたいだ、となぜかジャスティーは思った。
レイスターもアスリーンもジャスティーのことを『バカ息子』と呼ぶ。だけどジャスティーはちゃんとわかっていた。二人は本当の親じゃない。そもそも、レイスターとアスリーンは夫婦じゃない。たしか『幼馴染』ってやつだ。