8.何気ない日々(1)
8.何気ない日々(1)
「最近、ミズの顔見てないんだけど……」
「うわっ!」
くたびれた体を起してジャスティーは驚いた。日々の訓練に疲れ、ぐっすりと眠っていたが、その横で幽霊のように立ってそう呟いたアスリーンの声はジャスティーの耳に酷く響いた。
「アスリーンか……。びっくりさせんなよ」
ジャスティーは知らぬ間に掛け布団をぎゅっと握りしめていた。
「ねぇ、ミズはどうして帰ってこないのよっ!」
ねぐせを立てたままのジャスティーはげんなりとして答えた。
「レイスターに聞けばいいだろ」
アスリーンはジャスティーの枕をつかみ、素早く投げつけた。寝起きのジャスティーは真正面から見事にそれを食らった。
ぼとりと枕は床に落ちる。
「――っ……」
ジャスティーは困ったように頭を掻いた。
ここ最近のアスリーンはいつもこうだ。2人が帰ってこないことで機嫌が悪い。
「しょうがないだろ。泊り込みでやってるんだから」
「……あんたから正論は聞きたくない!」
はぁ……、ジャスティーはため息をつくともう一度頭を掻いた。
「……。あれからもう2年経つんだ。基地もそろそろ終盤だよ。そしたら俺だって……」
帰ってこれなくなる。
「バカ息子!!」
アスリーンはジャスティーの部屋から飛び出していった。
「……はぁ!」
ジャスティーは再びベッドに横になる。
「まったく……貴重な休みだってのに調子崩してくれちゃって……」
アスリーンは、こんなにレイスターと離れたことないんだ。俺だって、最近じゃ帰りも遅いし。なんで、レイスターはアスリーンを連れて行かないんだろう? 頭も切れるのに。まぁ、俺にもずっと隠してたし、レイスターのせいだからな、すべて。だって、アスリーンって……。いや、余計なことを考えるのはやめよう。
ジャスティーは横になったままアスリーンが去っていった戸口の方を見た。
『ジャス、来いよ』
俺の目覚まし時計はミズの声だった。
『ジャス、来いよ』
うん……、俺だって会ってない。ミズとレイスターに。ライラに怒られまくって、走り回って、墜落しまくって、家に帰って寝るだけなんだ。
アスリーンは家で泣いてる。なぁ、ミズ、その情報は、ネスが攻撃を受けるって情報は……、本当に正しいんだろうな? 今、泣いてるんだぜ、アスリーンが。
「ジャス……」
ミズ……。俺も会いたいのは一緒だよ、アスリーン……。
「ジャス……」
うん……。
「ジャス!! 起きろ!!」
ジャスティーは起きた。
「疲れすぎじゃん? 何回呼ばせるわけ? 昔は一回呼べば起きたのに」
ミズはそう言いながらジャスティーのベッドに腰を下ろした。
「え……」
「?」
呆けた顔のジャスティー。
「本物だ」
「何それ。ほんと、ジャスティーは甘ちゃんだな。僕がいないと起きられもしないなんて」
ミズはクスッと笑った。
「バカ! ちげぇよ! アスリーンの呟きでちゃんと起きたぜ」
「そーかそーか」
真面目に聞いてない……。
「ってか、あれ? ミズ……久しぶり」
「だから、何それ。まぁ……、久しぶり」
「なんでいんの?」
「……僕の家でしょ?」
「そうだけど……」
「そりゃ僕たちにも休みは必要なんだって。急いでるけど、ここらで息抜きしとかないと逆に効率が悪くなる」
ミズが休み!? ジャスティーの心は躍った。何を聞こう、何をしよう!? ミズと話したいことはたくさんあった。
「ミズー!」
ゲッ。
「アスリーン! 久しぶりです」
何もなかったようにアスリーンはミズに抱きついた。
「もー、さみしかったんだからね! 疲れまくってるでしょ? ジャスになんて構ってないで、はやく自分の部屋でゆっくり休みなさい。飲み物持っていくから」
「大丈夫です。ちゃんと仮眠はとってるから。アスリーンも元気そうで何よりです」
いい子ちゃんすぎてかなわねぇよ、ジャスティーは心の中で思った。
「ジャスこそ疲れてるかな?」
ミズは聞いた。
「へ? 全然!」
握り拳を力強くつくってジャスティーは答えた。
「じゃあ、久しぶりにどっか行こう!」
「ねっ、寝なくていいのか?」
そうだ、俺がうかれるのはおかしい。ミズはくたくたなはずだ。
「寝るなんてもったいない。僕は基地に引きこもってたから、外に出る方が休まるんだよ」
「待ってろ! すぐ仕度する!」
その言葉を聞くなりジャスティーは勢いよくベッドから飛び降りた。
「レイスターは寝てるんだから静かにしなさい!」
アスリーンの声がむなしく響く。
「もう……」
「かわいい弟」
ミズはそう言った。
「本当にそう思ってるの?」
アスリーンは眉間に皺をよせてそう言った。
「アスリーンも素直じゃないですね。バカ息子って言う度、僕にはかわいい息子って言ってるように聞こえます」
「……うっ! かわいくないわね、ミズ。性格までは悪に染まるんじゃないわよ」
「え?」
「……。想像したら、怖いの。だって……」
アスリーンは下を向いた。それを見たミズはアスリーンの肩に手を置き、上を向くように言った。
「アスリーン、大丈夫。僕たちは守るために闘うんだ。生きるために闘うんだ。ネスの皆はそれがわかってる。侵略するために闘うコウテンとは違うんだ。僕だって、たまに怖くなるけど……、黙って自分の家族が攻撃されるのを待つことなんてできない」
「ミズ……」
「ミズ! おせぇぞ!」
ジャスティーがさっぱりした顔で、満弁の笑みを浮かべて場の雰囲気を壊した。
「はいはい」
ミズはそれに笑って答えた。
「じゃ、アスリーン行ってくるぜ!」
アスリーンの返事を待たずにジャスティーは外へ出た。
「じゃ、僕も……」、「ミズ」
被せるようにアスリーンが言った。
「?」
ミズはアスリーンの顔を見る。
「あの子を、守ってね」
不器用なアスリーンは不器用なジャスティーのことが心配だった。
「……お兄ちゃんに任せて下さい」
優しく笑ってミズはそう言った。
「おーい!」
外からせわしなくミズを呼ぶ声がする。やれやれ、ミズは思った。
「な、車貸してくれ」
「……うん……」
「いいのか?」
怪訝そうな顔でミズはジャスティーに聞いた。ジャスティーは風を切りながら車を走らせていた。ルイの。
「見てただろ。ちゃんと承諾を得たじゃん」
明らかに寝ぼけてただけだと思う……、とミズは心の中で思った。
「ルイもお疲れだな。訓練は相当ハードそうだな?」
長めの髪をなびかせながら助手席に座っているミズは気持ちよさそうに運転しているジャスティーにそう聞いた。
「ライラが異常なんだよ」
その気持ち良さそうな顔が歪んだ。
「はは」
「お前やってみろ! って思うんだけどさ……」
「ライラならやっちゃうでしょ」
ミズがその言葉の続きを言った。
「そうなんだよ」
面白くなさそうにジャスティーが答える。
「ま、でもそのおかげで、数あるカードから♠として初陣を飾るのは俺たちライラ隊で間違いないよ」
ジャスティーは軽やかにシフトチェンジして道のコーナーを曲がる。
「初陣……しかないでしょ」
「……え?」
「一度きりで終わらせないと、後はもうないよ」
「……そうだな。言葉間違えた」
ジャスティーはあまり深く考えずにそう答えた。俺って、♠になりたかったっけ? 自分の言葉にすら疑問を持った。
「あぁ、またこんな話してる。今日はなしだよな!」
ミズは切り返るように少し大きな声を出した。
「そうだよ。今日はなしだよ。これから先も、ずっとこの地があって、俺たちの日課としてルイの車をかりては出かけるんだ。今日は、そうやって続く日々の中の1日だよ」
ジャスティーのその言葉にミズはなんともいえない気持ちになった。気持ちのいい風は、涙を誘う。
「……その頃にはさ、僕が車ぐらい持ってるよ」
ミズはそう言った。
「あはは、確かに。ルイが可哀相だ」
ジャスティーは無邪気に笑った。
「……そう言えば、珍しくジャスが先導きって出かけてるけど、どこに向かってるんだ?」
いつもジャスティーはミズの行くとこに行くだけだった。
「俺たちのお腹の中」
「……あぁ。僕もそこに行きたかった」
ミズは優しげにそう言った。
「ジャス、アスリーンとレイスターはお前が気付いてるって知らないぞ」
「うん、いい」
ジャスティーは短くそう答えた。ミズは少し考えを巡らして、まぁいいか、という結論を出した。
「久しぶりに来たな」
ジャスティーは車を停める。
「ああ」
ミズは言った。「青碧の湖畔」
ネスの希望の泉。