7.レイ兄弟(1)
7.レイ兄弟(1)
『スペースシフター』、ネスの母艦。それに総長であり艦長となる、レイスターがスペードのキングとして搭乗する。そしてその母艦の操縦と、スペードに選ばれしカードたちを指揮するのは、ミズ。スペードのクイーンの地位が与えられる。
「Spade」のモチーフとなるのは剣であり、鋤であるとの説がある。「♠」このマークを選んだのはレイスターとミズとアスリーンも加わる。「ネスっぽいじゃない」。これが決め手の台詞だった。何かしらのモチーフ、自分たちを象徴する名前やマークは士気を高めるのに不可欠だった。
トランプのスペード。強さは、「ナポレオン」に準ずる。スペードのエースがいちばん強い。もちろん、いちばん強いカードがこのエースの座につくのだが、ほぼライラだということは周知の事実であり、実際に能力がずば抜けている。それに初期からのメンバーだ。レイスターもミズもライラを信用しているし、ライラも「Spade」の中ではこの2人しか信用していない。……まだ。
♠のAの次は? ♠のJだ。一体誰か? 今のところ、ライラの目にひっかかる人物は、アスレイだった。
♠のKはJの下になるが、そこは「キング」という名に負けてレイスターが引き受ける。 まぁ、能力的にいってもそうだろう。そして、その次が♠のQ。「クイーン」の名を持つのなら、キングと寄り添う副艦長だ。実際のところ、ミズの能力は未知数だ。ライラの方が総合的に見ると強いのかもしれないが、ミズの頭の良さは尋常ではない。一気に、ネスをコウテンの科学の領域まで持ち上げた。ネスは農業地帯と工業地区しかなく、あとは砂漠と荒れ地。それでも、ネスの人々は何不自由なく暮らしていた。
レイスターがこの小さな星を仕切っていたんだ。当然、この星はそれなりに心豊かな星だった。ジャスティーだって、ミズだって、本当の親のことを知らなくても、ちっとも自分のことを憐れんだりしなかった。
守らなくてはならないもの、それは、確かにここに存在している。
コツン、コツン。
ブーツの音。みんなが同じようなブーツを履く中、1人、上品な音を立てて自然とその男はやってきた。
「……アスレイ?」
「ミズさん、手伝いますよ。機械のことなら負ける気がしませんね。ほら、ここ、ネジ合ってない。これじゃあ、この側面がGに耐えられなくて剥がれ落ちますよ」
「え? まじ?」
「まじです。機械班は何やってるんですか? 僕は武器のことはわかりかねますがこのシップのことならわかりそうなんで手伝いますよ。武器の訓練ができないんで早く作ってほしいんで」
アスレイは長い髪を1つに束ね、そこから垂れる長い前髪をそっと耳にかけた。
「あはは。ごめん。ほら、怒っちゃってるよ、スペードのエースが」
ミズはふざけたように言った。
「機械班は4人なんです! 寝る暇もなく泊り込みなんですよ!」
ハートは両手にスパナを持って反論した。確かに目の下にはおぞましいくまができていた。女の子なのにかわいそうだ。
「次は僕たちが泊り込む番になる。そっちの武器や戦機が遅いからね」
「なっ、なっ……」
「ほれ! 手を動かせハート! またボスにも怒られるぞ!」
ハゲ電工が庇うように笑って言った。
「ハートもまだ子どもなんでねぇ。アスレイ、助かるよ、ネスはこういうこと得意じゃないんだよ。人員が足りないのはわかってるだろ?」
「ええ。だからこうやって頼まれて来たんです」
「ごめんね、アスレイ。訓練もあるのに。でもライラがアスレイならかりていいって言ってたから」
「ええ。いいですよ。しばらくしたらシスカも連れてきましょう」
アスレイは工具をいじり出してハートが溶接した部分を上からやり直そうとしていた。
「うぅ……」
ハートは変な声を出す。
「命をかける乗りものに、変なプライドは捨てて欲しいな。補強をさせてもらうだけだよ」
淡々とアスレイは言った。
「君、綺麗な手をしてるのに、油臭いこと得意なんだね」
ミズが何気なく言った。アスレイにはあまり似合わない作業だった。
「工業地区出身ですから」
「ああ!」
みんなが納得した。
「ジャスティー! 今日は一緒に組もうぜ!」
訓練において、ジャスティーと組みたがる奴はそうそういない。
「ん?」
そこにはシスカがいた。
「あれ? シスカじゃん」
バカみたいにジャスティーはそう言った。
「そう、シスカ」
シスカはにっこりと笑ってそう言った。
「アスレイは? お前らいっつも2人じゃん」
ジャスティーはアスレイを探すように周りを見渡した。
「兄さんはミズさんに呼び出されたよ」
「兄さん?」
ジャスティーは顔をしかめた。
「うん、兄さん」
「えぇっ! お前ら兄弟っ!?」
「そんなに驚く? ていうかさ、今まで俺たちのことまったく眼中になかったろ」
シスカはさすがに冷めた目でジャスティーを見た。「それを言うならお前らはいつも3人じゃんか」
「そりゃ、いつも3人だったし。あ、4人か。ミズとは会う時間減っちゃったな……」
「俺は増えたけど……」
シスカは呟いた。
「確かに顔は似てるか。なんか雰囲気が全然違うからさー。あ、謎が解けた! だからいつも一緒にいたわけね」
「ジャスってほんとバカだね、大丈夫? これから戦略の勉強とかもあるんだよ?」
いつもジャスと一緒にいるうちの1人、ルイが横から呆れるように言った。ジャスティーはルイが言っていることが全くわかっていない。
「アスレイ・レイ。シスカ・レイ。レイ兄弟って、みんな知ってるけど」
「みんな? 嘘つくな、俺は知らない」
堂々とジャスティーは言った。
「はぁ。このネスでは優秀な人材だってライラ隊長も期待してたよ。だからアスレイもミズの手伝いに抜擢されたんだ」
ジャスティーはなんだか面白くなかった。
「ミズの手伝いは俺がするって決まってるんだ! アスレイはサボりだろ。俺もミズの手伝いに行く!」
「バカね、何張り合ってるのよ。シスカたちは工業地区出身なの!」
もう1人のジャスの親衛隊が出てきた。じっとジャスティーの顔を見る。その顔は「それが何?」と言っていた。
「手が器用なの」
「お前も?」
反射的にジャスティーはシスカに聞いた。
「もちろん」
にっこりとシスカは笑ってそう言った。「兄さんほどじゃないけど」
「いや! 忘れてるだろ! ここにも1人! ミズの先生とも言えるやつがいるじゃねぇか」
「恥ずかしいからやめて。僕とはまた違うんだってば。それに、僕は訓練しなくちゃダメなんだよ。アスレイは……優秀だ」
「ま、機械いじりなんてめんどくせぇよな」
ジャスティーは慰めにもならない言葉を発してなんとなくルイを慰めた。なんだかルイが落ち込んでいるように感じたからだ。
「ルイもすごいよね! 工業地区出身じゃないのに!」
「シスカほどじゃないって……」
ルイは謙遜した。
「へぇへぇ、みなさんお利口なこって」
ジャスティーはそう言うとふらっと歩き出した。本当に面白くないのはジャスティーだった。
「あぁ、ジャスティーもすごいよね!」
シスカは言った。明るい顔、声。その続きをジャスティーは少し期待して待った。
「俺、初めて見た! あそこまで機械オンチな奴!」
……。
「シスカ、ジャスってば意外とプライド高いんだから気をつけて」
ハルカナのフォローもジャスティーのプライドを傷つける。相変わらず、体力以外はからっきしのジャスティーだった。
「ふぅん。じゃあ俺が教えてやるよ!」
シスカは懐っこい。
「無理無理、ルイって教え方超ウマいのに、無理なのよぉ」
「おい! ハルカナ!」
「そういえば戦略の講義も楽しみだな。俺、頭わるいし、一緒に頑張ろうぜ!」
またまたシスカの懐っこい笑顔。
「戦略……」
ジャスティーはなんでまだ4年も先の戦略を今から考えるんだ? ていうか、そういうのは俺たち関係なくね? ぐらいの頭の悪さだった。
「それより早く基地できないかなー」
ハルカナが嬉しそうに言う。
「なんで?」
「だって、あそこでしかできない訓練もたくさんあるんだから」
「へぇー」
ジャスティーは少し違和感を持った。浮かれすぎじゃないかな。体の中で何かが蠢く。今から、何をしに行くんだ? 今、何を訓練しているんだ? 何をするために?
何かを壊しにいくために。
「シスカ、体術の訓練はもういい。基地の訓練施設の手伝いにまわってくれ」
「ライラ!」
いつも呼び捨てにするジャスティー。その度にライラは冷たい一瞥をジャスティーへ向ける。
「あ、わかりました」
なんだかうれしそうなシスカ。
「ただし、戦略のときは返って来いよ。お前、頭の回転は兄貴ほどじゃねぇからな」
ライラは得意だ。人の気分を下げることが!
「おい、優等生兄弟!」
立ち去るシスカにジャスティーは呼びかけた。
「戦略じゃ負けねぇぞ!」
「ははっ! おもしれぇ奴。兄さんとはしばらく訓練できそうにないからこれからよろしく頼むな!」
シスカは爽やかに去っていった。ジャスティーもなぜだか嬉しそうだったし、実際にうれしかった。アンチばかりじゃないぞ、アスリーン! そう思っていた。
ルイとハルカナとライラが思っていたことは、
『戦略でも勝てねぇだろ』
と、いう冷たいものだった。