6.第一部隊対ジャス勢力
6.第一部隊対ジャス勢力
訓練も半年を過ぎるとお互いの関係性がわかる。
「おっとぉ、すまねぇな」
昼の休憩時、砂漠を越えたオアシスと呼ばれる森林でそれぞれがトマトベースの野菜スープと1つのロールパンを食べていると、ジャスティーがあぐらをかいて座っていたその右肩に真っ赤なスープが滴り落ちた。
「……」
ジャスティーは無言のまま睨みつける。
「こえぇ顔すんなよ、わざとじゃねぇよ」
立ったままのバインズの、引きつったような口元は、その行為をわざとだと教えていた。
「……」
ルイはジャスティーの横で居心地悪くそれを見ていた。
「……」
そしてその横にいるハルカナが立ち上がろうとした。
が、ハルカナの手をジャスティーが掴み、それを止めた。
「いや、気にすんな」
ジャスティーはそう言ってバインズから目を逸らし、ルイに話しかけた。
「ルイ、アスリーンのトマトスープのが断然うめぇから、今度食いに来いよ、ハルカナも。最近全然これてないよな、うちに」
「あ……、うん、そうだね」
ルイはジャスティーの笑顔にほっとしてバインズを見ることをやめた。ハルカナはしばらくバインズを睨みつけていたが、ジャスティーの態度を見て大人しく座り込んだ。ジャスティーよりもハルカナのほうが怒りを露わにしていた。
「ちっ!」
視界から外されたバインズは舌打ちするとその場を離れた。
「トマトスープを服にこぼすなんてほんと酷いね、君」
ランドバーグは笑ってそう言った。「僕だったら洗濯のために家に帰っちゃうよ」
「うるせぇ、あいつにはたいして効果なさそうだ。それに……」
バインズはハルカナを見た。
「あの女がいつもあいつを守る」
「……面白くないんだ?」
「孤立させてこそこのチームから追い出せるんだ。それが難しいってんだよ。俺は嫌だぜあいつと心中なんか」
バインズは思い切り腰をおろしたので、スープがその衝撃でお椀からこぼれた。
「うわっ!」
ランドバーグは素早く避ける。
「……。くそっ!」
残り少ないスープをやけくそにバインズはすすった。
「心中? なんで? あいつ、強いよ」
マナシーはもうすでに食事を済ませ、木の峰を枕のようにつかい、寝そべってそう言った。
「ただの体力バカじゃねぇか! 機械の扱いも武器の扱いも最低だ! あいつに持たせる装備なんて1つもないぜ。木の棒でも持ってろ」
バインズは熱が冷めることなく言う。
「……ふーん、なんかしんないけど、嫌なんだ」
「お前は嫌じゃねぇのかよ!」
「嫌」
「だろ?」
「体力だけは自信があったのにね」
ボソ、とマナシーが言った。それを聞いたランドバーグはヤバイ! と思った。
「てめ……!」
「はい、ストーップ!」
ランドバーグがマナシーとバインズの間に入った。
「落ち着いて、僕らが仲互いしてどうすんの。マナシー、ちょっくら家にでも帰ったらどうだ? お前の家、近いだろ」
「……そうだね。まだ時間あるし、午後の訓練まで寝ようかな」
マナシーは表情を変えることなくそう言うと、白い砂漠へと戻っていった。マナシーは砂漠の民の末裔だ。水もなく、昼と夜の温度差も激しいこの地でずっと暮らしてきた。砂漠の下に眠っていると言い伝えられている土騎士、石のうろこを持ち、刃のような二つの羽を持つ、全身を土色と金色に染めた姿をしているドラゴンを崇拝する民族だ。
だからマナシーは砂漠を走る訓練を不思議に思っていた。これの何が訓練なんだろう? 休みたいなぁ、というのが彼の本心だった。その気になれば、一日中でもマナシーは砂漠を走れる。砂漠なら、走れる。
「おいおい、しっかりしてくれよ。まだ僕たち認められてないんだぜ。今のことろいちばん認められてるのはマナシーだ」
ランドバーグはバインズに言った。
「砂漠の民だからな」
バインズは吐きだすように言った。
「ネスの住人は砂漠の民を特別視してる」
「それだけの理由であいつを仲間にしたんだよ。あんな間抜けとは思わなかったがな!」
「だからいいじゃん。あいつの頭の悪さは僕がカバーするとして、あとはバインズがこの隊のリーダーになれば……」
「……ああ、そうだな。貧困層で生き抜いてきた俺たちをなめんなよ。何が総長の家族だ。ふざけやがって」
バインズは少し落ち着きを取り戻した。その横でランドバーグはホッとしたが、自分が中流階級であることは黙っていようと思った。貧困層のやつって、変なプライド持ってるよな、バカで困るよ。上手く利用するだけだ。こいつがきっとこの隊で権力を握るだろうから、僕はおいしいポジションにいれればそれだけでいいからね。
にやりとランドバーグは笑った。
「あ、あ、あいつの、こと」
2人の後ろから声がした。ビクッと大袈裟に肩を震わせた。面白いほど2人同時に。
「わっ!」
「な、なんだよ、フラニーかよ」
そこにはフラニーがいた。髪から体から尋常じゃない汗を滴らせている。
「あ、あ、あたしも」
「嫌いなんだよね、見ててわかるよ」
ランドバーグが耐えきれずに素早く言った。話すスピードが遅い。
「僕たちの味方でもしてくれるの?」
「……嫌いだから」
そう呟くとフラニーはフラフラとどこかへ行った。
「……気持ち悪ぃな。まったく」
バインズは言った。
「そう言うなよ。味方は多い方がいい」
味方? バインズは内心でそう思った。心強さも何も感じなかった。ランドバーグも心の中で貧困層が……、とフラニーを見下していた。
ダウンタウン出身はフラニーとバインズだけだ。だかこの2人の間に絆のようなものはない。そして、ダウンタウンの中でもとびきり治安の悪い中生きてきたのが、この隊の隊長、ライラだ。
ランドバーグは内心、ライラを皆と同様に恐れてもいたが同時に見下してもいた。なんだかんだいってもただの貧乏人だ。頭だってたいしてキレるはずもない。僕と話が合うのは……。ランドバーグの視線はアリスへと向かった。あの可愛いアリスぐらいだろう。
「なんで何も言わないの?」
ジャスティーに向かってハルカナが怒ったような顔で言った。
「なんでお前が怒ってんの?」
優しく笑ってジャスティーが言った。
「私が聞いてるの!」
ハルカナは本当に泣きそうな顔をしていたのでジャスティーはぎょっとした。
「お、おい、俺は大丈夫だよ」
「そういう意味じゃないって、ジャス」
ルイが呆れたようにジャスティーに言った。
「え?」
「でも意外だな、もっとさ、昔は何にだってカッとなる性格だったよね。まぁ、訓練時はうるさいぐらいに叫んでるけど」
「……」、ジャスティーは一度黙りこんだ。「ミ、ミズは言ってた」
「え?」
ルイとハルカナは同じ反応をした。
「ネスの住人を守ることは、この仲間を守ることと一緒だって」
「ふっ……」
ルイが間をおいて吹き出す。
「なんだよ!」
なんとなく恥ずかしくなってジャスティーは照れ臭そうな顔をしながらルイを怒鳴った。
「ほんと、ジャスってミズの言ったことに弱いね」
「本当のことだろ! ライラだってきっと返す言葉がなくてその場を去ったんだよ」
「ライラ、隊長!」
そう言ってハルカナはジャスの頭を軽く殴った。
「て!」
「隊長って呼びなさいよ。まったく」
ハルカナの機嫌は直ったようだった。
「本当、損な性格」
むず痒い想いをハルカナは抱いていた。誰にでも好き嫌いはあるはず。ハルカナはもちろんバインズのことが嫌いだった。曲がったことが嫌いだ。曲がったバインズはもちろん嫌いだった。だけど、ジャスティーがそんな真っ直ぐな態度を崩さないのなら、私だって同じように曲がるわけにはいかない。真っ直ぐ真っ直ぐ、ジャスティーと一緒に真っ直ぐ生きなくちゃ……。
ハルカナは無邪気に笑うジャスティーをちらと見る。
「なんでそんなに簡単にできちゃうの?」
「ん?」
ジャスティーはハルカナにキラキラした瞳を向けた。
「なんでもない」
ふい、とハルカナはジャスティーから顔を背けた。
「えぇ~?」
そんな2人の様子を少し悲しげな表情でルイは見守っていた。
「ジャスティー!」
そこに、ハツラツとした大きな声がジャスティーの名を呼んだ。
「ミレー?」
「はい! これで擦りなよ、肩」
その手には雑草が握られていた。
「え?」
ジャスティーはうまく返事ができなかった。
「知らないの? ハクショク草よ。汚れがとれるの。時間が経てば経つほど染みになるから!」
ミレーは大きな口でそう言った。
「え? もしかして見てて……」
「ミレー! ありがとう! すごい。探してきてくれてたのっ? そんな草があるなんて知らなかった!」
感激したようにハルカナが言った。
「ほらほらほらほら!」
ミレーは勝手に草をジャスティーの肩に擦りつけた。ゴシゴシゴシゴシ……。草は小さくなっていき、白い粉をふき出していた。
「わぁ……」
ルイも思わず声が出た。確かに洗剤のように見えてきた。
「午後の組み手、あんたとなのよ。トマト臭いなんて嫌だからね!」とミレーは言うと、声高らかに笑った。
「はは……」
ジャスティーは引きつって笑った。
ビリッ。
その音は確かに聞こえた。
静寂が4人を包む。
「あ……」
ミレーの手が止まる。
「お前ッ……!」
ジャスティーは怒鳴る前に間を置いた。そしてミレーを睨みつけたとき、その姿はそこにはなかった。
「善意には怒んないの!」
代わりにそこにいたハルカナがそう言った。
「破れるって……。俺、これ気に入ってたんだぞ」
「アスリーンに繕ってもらえばいいじゃん」
ルイはなんともなさそうにそう言った。
「怒られるのは俺じゃん!」
「いいじゃん」
ルイはそういうとミレーの残していったハクショク草をまじまじと見ていた。
「~っ……」
ジャスティーは少しだけ、この隊でうまくやっていけるのか不安に思った。
それをまた遠くで面白くなさそうな表情でバインズは見ていた。
「大丈夫だって、バインズ。ほら、あの2人見てよ」
ランドバーグは指をさす。
「……ああ、あいつらか」