5.フラニー、いい加減にしろ
5.フラニー、いい加減にしろ(1)
「基地が完成すると泊り込みになるから、それを意識して日々を過ごすように」
ライラは口数少なく、おそらく大事な事を伝えた。ライラ自身にはまったく関係のないことだった。家族などいない。貧困地区出身の自分には、親と呼べる人はいない。
「それ以前に、日々、『死にに行く』ということを意識して生きたほうがいいか」
ライラはそう言うと、部隊を解散させた。
「くらー……」
ジャスティーは呟いた。
「あっはは! あんたは場違いに明るいもんね!」
ドン!
「いって!」
後ろから思い切り背中を叩かれた。
「いてぇよ、ハルカナ……」
「やっだぁー!」
バン!
「いって~ぇ!」
次にジャスティーは顔を平手打ちされた。
「ハルカナちゃんじゃないってぇ! いくらあんたたちが恋人同士としても……」
「なっ!」
ジャスティーの顔が赤くなる。
「ばっか! ちげぇよ!」
「あれ? そうなの?」
ほんとに? という具合だった。そこにいたのは大きな目。大きな鼻。大きな口。しかしその大きすぎるパーツが妙にバランスをとって端正な顔立ちをしている、ジャスティーと同じ第一部隊の女の子、元気が取り柄だと言わんばかりの堂々たる佇まいのミレーだった。
「幼馴染だし」
「そんだけ?」
「当たり前だろ!!」
「ふーん……」
ミレーは何か納得のいかない様子でそう言った。なんなんだ、とジャスティーは思った。
「ジャス、帰ろ」
そこにハルカナが現れた。
「あ、ミレー! お疲れー」
ハルカナはミレーに気付くと笑顔でそう言った。
「お疲れっ! また明日ね。あ、ジャスティーも」
付け加えたようにミレーはジャスティーにも挨拶をした。
「ああ」
少しムスッとした様子でジャスティーは答える。ハルカナはそんなジャスティーを不思議に思った。
「なんかあったの? ミレーと」
「なんもない」
ジャスティーはハルカナと目を合わすことなくそう言うと歩きだした。
「なによぉ」
ハルカナは腕を組みため息をついた。そしてジャスティーの後を追う。
「ミレーはとってもいい子なんだからね」
「……そういえば、珍しいな」
ジャスティーは立ち止まって今度はちゃんとハルカナの顔を見た。
「何が?」
「お前って、女とつるんでるイメージない」
「そう?」
「ていうか、嫌いなんだと思ってた。女」
「なんで?」
ハルカナは純粋に答えが気になった。自分でもそんなことを意識したことはなかった。「女嫌い」ではない。
「だって、フラニーのこと嫌いだろ」
「誰だってキツイでしょ、あの子は……」
それもそうだな、とジャスティーは思った。
「俺とばっかいるし」
「そっ、それはっ!」
ハルカナは大きな声を出した。それは……。
「僕たちの地区には女の子が絶対的に少ないからしょうがないじゃん。ちょっと治安悪い地域が近いしね。女の子には住みにくいよ」
ルイが何気なく会話に入ってきた。
「足、止まってるよ。早く帰ろう」
「あ、ああ」
ジャスティーはハルカナとルイと並んで一緒に帰った。
「ミ、ミズ」
「フラニー、だったよね、どうしたの?」
基地の外でフラニーがミズの帰りを待っていた。真っ暗な空。ジャスティーが家へ帰り着いてから数時間が経っていた。その間フラニーは基地の前でただ立っていた。その忍耐力はミズに対してだけ発揮されるようだ。
「い、い、一緒に、帰るの、できない」
「……ん? 一緒に帰るの? 途中までならいいよ。ごめんね、今日はアスリーンと久しぶりにみんなで夕食を食べるって約束してるから。そしてその時間からだいぶ遅れてるんだよね」
「そ、そそれで、いい」
フラニーの長い前髪はフラニーの表情をかくす。しかし彼女の表情から読み取れるものは少ないだろう。
「……フラニー」
フラニーの体がビクッと動いた。
「あ……」
ミズがその声に反応して後ろを見た。「ライラ」
「ミズ、さっさと帰れ。約束してんだろ。約束は守ったほうがいい。出来る限りな」
「あ、うん。でも」
「走って帰れ。遅れているなら。フラニーなら俺が送る。たしか同じダウンタウン出身だ」
ライラは淡々と言った。
「ひぃっ!」
フラニーはなんとも言えない悲鳴をあげると走って逃げた。
「あ……」
ミズが呼びとめる隙もなかった。足が速い。
「ダウンタウン出身なんだ、あの子。治安悪いところだよね。でも、今はもう大丈夫か、ライラが改心したから」
ミズは悪賢く笑ってみせた。
「ああ、心配ない。お前は安請け合いしすぎなんだよ。ほっとけ、あんな女」
「冷たいなぁ、ライラ。その調子じゃうちのジャスにも相当厳しいんじゃないか?」
「ふん、さっさと帰れ」
「うん、そうするよ。本当はそうしたかった。一刻も早く帰りたかった。ありがとう、ライラ」
ミズはそう言うと駆け出した。
「フラニー? ああ、あの女ね」
ジャスティーはバケットにかじりつきながらミズの質問に答えた。
「別に俺は嫌いじゃないけど、みんな嫌いっていうか……、馴染めてないみたいだよ」
「そうなんだ」
「ジャスって偉いのね。噂によると、ジャスのこと嫌ってるらしいじゃないの、そのフラニーって子」
アスリーンが無神経にそう言った。
「……。別に、俺は嫌われてるからって嫌いにならないよ」
「へぇ、すごい」
アスリーンは本当に感心した。
「そういう考え持ってるのってとても貴重だと思うわよ」
「……マジか? 普通だと思うけど。アスリーンって性格悪いな」
「ちょ……ちょっと待ってよ」
アスリーンは額に汗をかきながら否定した。「ほんとに引いてるんじゃないでしょうね、ジャス」
「……。だから、俺は何にも引かないよ」
「……」
アスリーンはなぜか自分のことが恥ずかしくなった。喋ることを止め、静かに自分でつくったかぼちゃのスープを飲んだ。鮮やかなオレンジ色は食欲をそそる。
「不思議な奴だな、ジャスって。そんな崇高な思想を持ってるのに、フラニーからもライラからも嫌われてるなんて」
ミズは笑ってそう言った。悪意は感じないが性格が悪いんじゃないか? ミズ。とジャスティーは思った。
「そういうお前は誰からも好かれるよな」
ジャスティーは面白くなさそうに言った。
「そう?」
「能力の問題だろ。ジャス、お前を嫌うやつは第一部隊にまだいると聞いたぞ」
レイスターの言葉がジャスティーのシールドを破った。さすがのジャスティーも気になってきた。俺って、そんな人間なのか?
「うるさいな! 仲良くやってるよ。なんたって、ハルカナもルイもいるんだからな」
「幼馴染ってやつに頼るな」
レイスターは冷たく言う。
「頼れるもんには頼るぞ! 変なプライドなんて持ってないからな! だいたい、お前らのせいだぞ! 俺をのけものにするからこんな目にあってるんだ!」
ジャスティーは席を立った。
「? 何?」
ミズが聞く。
「フラニーにしたって、お前のせいだろ!」
ジャスティーは言った。
「……うーん」
優しく困ったように笑うミズ。なんだかずるい、とジャスティーは思った。
「ごちそーさん」
ジャスティーはそのまま食事の席を立った。
「あ!」
アスリーンがジャスティーを呼びとめようとしたが、アスリーンが見たジャスティーの背中はそれを拒否していた。
「いい。なんでも成長するしかない」
レイスターは低い声でそう言った。
「ミズ、実際のとこ、あいつはどうなんだ?」
「……よく……、わからないってライラは言ってたよ」
「……なんだそりゃ」
「ちょっと、様子見てこようかな、明日」
ミズはジャスティーが去ったからっぽの椅子を見ながらそう言った。
「ああ、そうしてくれ」
レイスターは淡々とそう言った。内心気にかけていることはわかるが、どうしても顔に出せない。ジャスティーが言っていたことは本当のことだとわかっている。俺の七光りだと思われ、ミズの七光りだと思われ、そして、真実を伝えることを遅らせた責任は俺にある。なぜだろう? レイスターはいつ頃からか、感じていた。ジャスティーを争いに狩りだすことはやめたほうがいい、と。勘か? 予言ともとれるものだ。
だけどそんなことできるはずもない。戦える若者をネスから集めるにあたって、ジャスティーを外すことなどできないのだ。だから、ジャスティーはライラの隊に預けた。
レイスターはふっと小さく笑った。完璧な七光りじゃないか、ジャスティー。