第七.五章 外伝~二人の悲劇~
三人は嫌がるクロウを無理やり城外に引っ張りだした。
「楽しみだなぁ、酒場。僕、基本的に街には用が無いから、そんなにうろついたことないんだよなぁ」
とても長い綺麗な金髪を頭の上で結った、とんでもなく美人な青年のようなアッシュが言った。アッシュは史上初の女戦士でもって、この国で一番強く、その上歴代で三人しか就任したことのないテルミドネなのだ。
「俺も初めてだ。酒も初めてだけどな」
「ホントに!ディラン、僕もなんだぁ。あっはは!酒っておいしいのか?」
ディランはアッシュの初めての同世代の友人かつ、新人戦士である。そして何よりも彼女を怒らせることに関して、右に出るものがいない。
二人がアッシュの愛馬ネイロスに乗ろうとした時、背後から殺気を感じた。
「どうしたの父さんたち?」
「ほらアッシュ。貴女の好きな猫が、あそこにいますよ」
クロウがにこやかに指を指した方に子猫が一匹いた。それをアッシュは発見した瞬間、電光石火の速さで近寄り、遊び始めた。アッシュは一つのことに集中すると周りが見えなくなる。たとえそれが戦場で、しかも戦闘中でもだ。
アッシュが遊び始めたことにより、ディランはフリーになった。それを待っていたとでも言うように、セシタル王国の
国王軍直属双槍騎士団団長にして将軍であるトリスタン・アマルが彼の肩に腕をまわした。ディランは彼の団の団員なので、ちょっとのことでは不満を言えない。
「おいディラン。テメェ今さっき、アッシュの後ろに乗ろうとしてなかったか?」
「はい。しましたけど……。いけませんでしたか?」
「あたりめぇだろうが!ブチ殺っそ!テメェなんざ走ってりゃいいんだよ!」
物凄い剣幕で怒鳴る。これだけ大きな音だからアッシュも気づくだろうと、救いの目を向けると、今度は母猫も交じって一緒に遊んでいる。それを促しているのはクロウ=アナデウアー。国王軍直属狙撃団団長にして将軍。この地の底まで腹黒い美しい男は不敵な冷たい笑みを綺麗な顔に浮かべていた。それを見て、一瞬にして鳥肌が立った。野性の勘が警笛を鳴らしたのだろう。
彼は優雅な足取りで近づいてきた。それを動けないで待つ状態になる。
「ふふっ」
綺麗なほっそりとした長い指で顎をクイっと持ちあげられる。そして底の知れない深い黒い瞳で目を覗きこまれる。全てを見透かされそうな恐怖を覚える。
「あの子に触れようなんて考えないでくださいね?でないと、私はアッシュに酷いことをしなくてはいけないかもしれませんから。初めてできた人間のお友達をいなかったことにしなくてはいけませんから。とても骨の折れる仕事なんですよ?分かりますよね?」
笑顔がさらに笑顔になり、普通の戦士からしたら細めの腕なのにそれからは考えられないほどの凄まじい力で顎を掴まれ砕かれそうになる。そして、やたらに「お友達」を強調してくる。話すことすら許されない。
ならばと思い最後の砦に逃げ込もうとする。国王直属大剣騎士団団長にして将軍のアールネ・アーリマン。一番この三人の中では穏和な性格の人だ。そしてこの三人の中で一番強い。ディランは必死の思いでそちらを見つめる。
アールネはただ仁王立ちしているだけだった。それだけのはずなのに、一番威圧感を与えてくる。アールネの身体がいつもよりも一回り大きく見える。
そうしてディランは諦めた。
「分かりました。絶対に乗りませんし、触りません。だから許してください、お願いします」
すると、一気に三人の様子が明るくなった。
「わかりゃあいんだよ、わかりゃあ。ったくテメェは物分かりがよくて助かるぜ」
「そうですね。これからもあの子の良きお友達でいてくださいね?」
「ふむ……」
彼は苦笑いするしかなかった。本当にこの人たちはアッシュのことになると必死になる。この三人の他にもアッシュの親代わりは沢山いる。ざっと四十人ほど。その全員が全員、超絶的に過保護なのだ。
この日、ディランは一人だけ、馬に乗らずにトリスタン行きつけの酒場まで走って行った。
酒場に着いた四人の先頭切って扉を開けたのは、トリスタンだった。扉を盛大に開けると、一斉に中の音と光が外に漏れ出した。そこは活気にあふれていた。
みんなが階段を下りていると、沢山の人がトリスタンに威勢のいい挨拶してきた。それに同じように律義なまでに答えていく。普段から凄く軽い男に思われている彼なのだが、根は真面目なのかもしれない。
四人は一番奥の大きなテーブルに着いた。
注文を取りに来た娘にオーダーしようとすると、何故かボーっとしている。その視線の先にはアッシュがいた。普段から動きやすいからと言って男の恰好をしているせいでよく間違われるのだ。それをアッシュは面白がってよく遊んでいる。
視線に気づいたアッシュは娘に向かって片目を瞑って見せた。すると驚いた様子で慌てて注文を取って戻ってしまった。
「フフフ♪」
「アッシュ。あまり人をからかうものではありませんよ」
「はぁい」
によによしていたところを注意されてしまった。しかしこの楽しさを知ってしまった彼女は止まらない。
酒が運ばれて来た時には、机のところには沢山の町娘たちが集まっていた。
「ねぇえぇ❤トリスタン。今晩アタシとどぉう?」
「いやよ、トリスタン。アタシとでしょぉ?」
「しゃぁねぇなあ。じゃさ、みんなで楽しもうぜ?」
トリスタンは既に二人の女を両脇に確保していた。さすが慣れた男は違う。
「ねえ。眼鏡のお兄さん。貴方、クロウ様じゃありません?」
「そうですが、何か?」
「うっふふ。その冷たい言い方。痺れるわぁ。ねえ今晩、空いていませんかしら?」
「生憎ですが、結構です。別のお相手を探してはいかがですか、レディ」
「いやぁん、冷たい人ぉ」
クロウは言いよってきた女全員を片手にあしらっていた。
「坊や、ホントに可愛いわねぇ」
「ほら、ほっぺ真っ赤にしてる。初心なのねぇ」
「――あの……スミマセン……」
「キャハッ。可愛いぃぃいいいい!」
ディランは頬を真っ赤にしてひたすら慣れないことに照れていた。
「ねぇお兄さん。お名前は?」
「アッシュだよ。お姐さんとっても綺麗だね」
綺麗なブルーダイヤのような不思議な輝きを放つ瞳で年上の女性を見つめる。
「ぁっ……」
内心爆笑しながら、アッシュは同性相手に遊んでいた。
「おい兄ちゃん。アンタ、アールネ将軍だろ。ちょっとこっち来て、武勇伝聞かせてくれや!」
「……」
アールネだけ、女性には一回も絡まれなかった。声すらかけられることなく、男にばかり声をかけられる。
後の全員、みんな女性と楽しく会話をしている。アッシュやディランでさえだ。
酒の入ったアッシュはヒートアップしていた。トリスタンよりも多くの女性を口説き落としていた。最後は泥酔して眠ってしまった。
アールネは誰よりも男性の支持を得ていた。沢山の戦場での話をして聞かせ、そして女性関係のことは慰められた。
そして決めた。もう二度とこの面子では酒場に行かないと。
泥酔して眠ってしまっているアッシュを抱えて部屋まで連れ帰ったのは、一番腕っぷしの強いアールネだった。
俵担ぎの形でアッシュを運んでいると、何かが尻を触る感覚を覚えた。それは一瞬意識を取り戻したアッシュだった。
彼女は何かを確認すると一言残して再び眠りに落ちた。
「なぁんだ。やけに弾力のあるものに触ったと思ったてたら、アールネ父さんの尻か。残念――」
アールネはアッシュを寝室のベッドに寝かすと、その顔をまじまじと見つめて、改めて思った。
――次生まれ変わるのだったら、クロウやトリスタンやアッシュのような容姿に生まれたいな。最低ディランだな、うん。
ディランはその後、独りぼっちになってしまった。それはアッシュと同じく酔いつぶれているトリスタンをクロウが城内の部屋まで運んでいるからである。
ディランは相変わらず絡まれていた。オネエさんに。
「坊や、こっちにいらっしゃいよ。楽しいことしましょ?」
「えっ、あの、えっと……」
「ほんとにかわいいのね~」
じりじりと間合いが狭まってくる。彼は今、酒場の裏の路地で袋小路になっているところに追い込まれていた。もう背中は壁に触れている。
「ひぃ……」
オネエさんたちの手が触れそうになったとき、彼は寸でのところで避け腕を弾き、相手の脇を通って逃げた。彼は振り返ることもなく、背後から迫ってくる声と気配に怯えながら一目散に城にある兵舎に帰っていった。
これがアールネとディランの悲劇である。