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ソードダンサー  作者: 少女遊 夏野
始まりの物語
7/12

第六章 放棄と帰還

アッシュはテルミドネとして様々な任務に勤しんできた。

 はじめての仕事では同盟を結ぶ筈が危うく戦争が始める一歩手前までいってしまった。それは彼女が同盟を結ばなければここにいる戦士を一人ずつくらい一定間隔で殺していくと言って、本当に殺してしまったからだ。このときはアッシュの戦士団である囚人たちが止め、ホイヴィル剣士団団長キーツが謝罪をしたから何とか丸くなったものの、交渉の条件がアッシュを戦争の救援を申請した時に必ず連れてくることが増えてしまった。

 次は同盟国からの戦争の援助だった。このとき彼女はきちんと自分の仕事を果たしたのだが、指示を聞かずに勝手に突っ走り敵を倒して行ってしまった。その上戦士団の方も彼女に続いて行き、結局相手国に恐怖心を植え付けて終わった。

 そのようなことが続き、アッシュのこんな噂が世界各国にあっという間に広がっていった。


『太陽の髪と空の目を持った戦場の死神がいる』


 たちまちアッシュのことで同盟を結びたがる国が増えてしまった。彼らにはこの国に反抗すればたちまちつぶされるという強迫観念が植え付けられたのだった。

 これこそ国王の狙いだった。同盟国という名目で配下につけ朝貢をさせる。しぶった国は見せしめとしてアッシュの団ともう一つ二つの団を送り込み潰した。

 恐怖国家の誕生だった。しかしこの事実を知っているのは重臣と一部の戦士だった。国民や城の中でも下の方にいる者はいたって平和だと思っている。何を強制されるわけでもなくいつもどおりだからだ。この恐怖国家は国家間でのみ働いているのだった。



 ある日。アッシュは任務として、隣国の会議に出席した帰りに村を見つけた。そこは小さな農村だった。ここは別に通らなくても城に帰ることはできる。しかし彼女はなにを思ったかそこに立ち寄った。この時の服装は薄汚れた一般男性の服に、クロウの持っている乗馬用のマントと同じ型の物を身につけていた。

 馬に乗った状態で農村に入っていくと、いきなりからまれた。


「ねえあんた。どっから来たんだ?」


 アッシュが向くと、短い茶髪の青年はニカッと笑って見せた。


「別にどこでもいいだろ。ここはどこだ」

「ここか?ここはアルモスっていう小さな村さ。小さくても美味いもんはいっぱいあるぜ」

「ふうん」


 それだけ言うと進もうとした。しかし青年はしつこくついてくる。


「なあ。今日はここに泊まんのか?」

「さあ」

「じゃあうちに泊まってけよ。なんか面白い話あったら聞かせてくれ。特に城のことが聞きたいなぁ」


 アッシュは無視して進んだ。しかし、青年は話を一向に止めない。次第にイライラしてきてついに怒鳴ってしまった。


「お前、一体何なんだ!殺すぞ!」

「おっかねえなぁ、別にそんな気はねえよ。あと、殺すのだけはやめてくれ。俺は戦士になるまでは死なねえぞ。俺は世界一強い戦士になるのが夢なんだ」


 きらきらとした瞳で自分の夢を語る青年。


「お前強いのか」

「いや、喧嘩は強いかも知んねぇけど剣はさっぱりだな」

「駄目じゃん」


 止めていた馬を下りてまじまじと見上げる。そんなアッシュを余所に青年は黒馬を撫でている。


「なあこの馬なんて名前だ」

「名前?」

「そう、名前」

「名前は……まだない」


 馬を撫でていた手が止まった。


「名前がない?この馬と何時から一緒にいるんだよ」

「六歳のときくらい」

「今いくつだ?」

「十六」

「うっそ。マジで言ってんのか?俺と同い年じゃねえか」


 アッシュの耳に彼の言葉は入ってこなかった。愛馬の名前を考えていたからだ。今までいたのにどうして気付かなかったのか、そのことも一緒に考えていた。


「なぁ、聞いてる?」

「そうだ、ネイロスがいい。どうだ?気に入ったかい?君は今日からネイロスだ。おいお前、聞いてただろ。こいつはたった今からネイロスだ」

「へぇネイロスかぁ。いい名前じゃん。それと俺の名前はディランだ。覚えとけ。お前は?」

「どうして名乗らなきゃいけない」


 アッシュは怪訝そうな顔で言った。コイツと関わると好いことがないと直感で判断したのだ。


「俺は言ったから。それにお前とかそんな風には他人のこと呼びたくないしな」


 青年は尚も名乗ることをしぶるアッシュに詰め寄っていった。そのしつこさに耐えきれずに、ついに彼女は自分の名を名乗った。


「アッシュだ」


 彼女は屈辱だった。どんな拷問じみた物でも耐える自信があったのに、剣も振るえない全くの一般人に根負けしてしまったのだ。それがとても悔しかった。


「よろしくなアッシュ。今日俺んち泊まってくだろ。ていうか泊まっていけ。この時間に一人でどっかに行くのは危険だからな」


 そう言いながらネイロスを引いていこうとする。アッシュはどうせついていかないだろうと思っていたが、馬は素直に従っている。それを見て彼女は驚いた。


「おい、お前。こいつに何をした。どうしてお前の指示に従っている」

「お前じゃない、ディランだ。あのなぁ、どんなにいい馬だって疲れるんだ。休ませてやらなくちゃ大分疲れてるぜ。だから俺んちにこいっつってんだ」


 ネイロスを引きながら説明した。

 仕方なくついていくと、畑の中で作業している男が顔をあげた。


『ようディラン。もう手伝いは終わったのかぁ!』


 それに笑顔で答えている彼。アッシュは不思議に思い観察した。どうしてここの者たちは目がきらきらとしているのか。このディランという男は何者なのか。貧しそうな暮らしをしているにも関わらず、そんなに明るくいられるのかが不思議でたまらなかった。そして、急に一つの突拍子もない考えが浮かんだ。


「思いついた。ここで暮らしてみよう」

「へっ?アッシュ。何言ってんだ?ここで暮らす?ホントに言ってんのかそれ」

「本気だ。ここに空き家はあるか?そこを買い取りたいんだが」


 こうして彼女は空き家を買い取り、ここの住民になった。

 その日の夜に、彼女はカーライルに手紙を書いた。それはこのアルモスで暮らすことにするという内容と、隣国の会議に出席した報告だった。それを飛脚に頼んで運んでもらった。

 このことにより彼女はテルミドネとしての職務を一時的に放棄したことになった。この期間の代理としてカーライルをたてた。ただしどうしてもアッシュが必要な時や、意見が必要な場合を除いては連絡をしなくなった。



 アッシュはここで生活するようになり、一つ気付いたことがあった。

それはディランが自分のことを友達だと思っていることである。それもとびきり仲の良い。そして何かと家にあがりこんできて、世話を焼いてくるのだ。ある時アッシュは聞いた。どうしてこんなことをするのかと。すると、


「お前の親友だから」


 だそうだ。ここには同い年の男がいなくて居るのは一つ下だったりそれ以上歳が離れている奴らばかり。そして同い年の女は一人だけいる。幼馴染というやつでよくディランと一緒にアッシュのうちにあがりこんでいろいろとしている。

 この変な奴らに付き合わされて、城では味わったことのない経験をたくさんした。川で魚を釣ったり、畑を耕したり。二人が楽しそうにしているのをいつも不思議な目で見ていた。

 そして思った。ここの人間は綺麗だと。城の奴らは目が濁っている奴らばかりだ。特に重臣たち。彼らはより大きな富を得るために様々な汚いことをする。しかし、この村の人間は綺麗だった。半年ほど一緒にいるが、窃盗や殺人・行方不明が一つも起きていないのだ。


――不思議だ。


 心から彼女はそう思った。しかし、不安が一つもなかったわけではない。彼女は自分が女であることをディランに言っていない。そして彼はアッシュのことを同じ男だと思っている。何故自分が言いだせないのか。彼女は分からなかった。ただ、優しくされるたびに、どんどん言い出せなくなっていくのは自覚することができた。



 いつものようにやってきて、家のことをごちゃごちゃしているディランが部屋の隅に隠してあった彼女の主要武器を見つけた。


「なあ、アッシュ。お前強いのか?」

「どういう意味?」


 古びた一戸建ての外観に似合わない、アンティークな長椅子に寝そべった状態で本を読んでいたアッシュは、本から顔を上げずに聞き返した。


「戦えるのかってことだよ。できんのか?」


 ディランは剣を大切そうに抱えて近寄ってきた。


「できると言ったらどうする」


 彼女は尚も本から顔を上げない。すると彼はアッシュを座らせて、その手を握りしめて懇願してきた。


「お願いだ!俺に剣を教えてくれ。俺、本当に戦士になりたいんだ。だから頼む、俺に剣を教えてくれ!」


 一瞬返事に戸惑った。しかし、すぐにいつも通りの彼女に戻る。


「戦士になれば、いろんな酷い経験をすると思うぞ。それでも戦士になるのか」


 彼女はディランの言葉ではなく、彼のその奥にある態度をみた。


「なる、絶対に!」


 今度こそ、戸惑いの色を隠せなかった。宝石をはめ込んだような目は見開かれ、その瞳孔は開き、怯えの表情がそこにはあった。

ここにいればこいつは汚れずに一生を終えることができる。悪いものを見せずに済むし、自分の身分がばれることもない。女であることもばれないし、今の友好関係を持続させることが可能だ。だがもし、戦士になってもこの目の輝きが無くならないとしたら?そして自分自身の秘密を全て受け入れて、認めてくれたとしたら?


「少し考えさせてくれ」

「いい返事を待ってる」


 アッシュは寝室に向かい、ベッドに寝転がった。


――アイツを汚したくない。きっと戦士になれば人を殺さなくちゃならないし、辛い思

いをたくさんするだろう。そして僕のことも知ってしまう。でもディランの決意は本物だ。今までよくしてくれたことにお返しもしたい。どうすれば……。


 彼女は今まで少しずつ蓄積されてきた不安が、さらに大きなものと合体して、小さなグラスから溢れだすのを感じた。その溢れる大きな不安を胸の中に隠したまま、彼女はいつの間にか眠ってしまった。



 アッシュは夢を見た。昔の、子供の頃の夢。心の奥深くにしまいこんでいた思い出。


『ああアッシュ。心配させないでください。それ以上行けば、私が守りきれない場所になってしまいます。お願いですから冷や冷やさせないでください』

『ごめんなさい、クロウ父さん』

『おいアッシュ。俺ぁテメェを守るために言ってんだぞ。ゼッテェ破んじゃねぇ。わぁったな!』

『はい、トリスタン父さん』

『アッシュ。お前は強くなれ。父さんよりも強くなって生き延びろ。心も体も強くなって、簡単に壊れるんじゃないぞ』

『わかった、アールネ父さん』


 ここで目が覚めてしまった。起きあがると、枕が濡れていた。目からは涙がこぼれていた。


「――ごめんなさい……」


 無意識のうちに呟いていた。今なら分かるかもしれない、そう思った。アールネ達がどうして自分を男として育てていたか。どうして女であることを伏せていたのか。それは自分を守るため。その答えにようやくたどり着いた。どれほどあの人たちが不安だっただろう、どれほど心配したんだろう。それに気がつくと涙がとめどなく溢れてきて、止まらなくなった。久しぶりの涙だった。



 次の日、いつものように何事もなかったかのようにディランと彼の幼馴染のカレンがやってきた。部屋を掃除し、アッシュと自分たちのために朝食を作った。出来上がった朝食を食べている時にアッシュは切り出した。


「ディラン。昨日の話なんだが、お前に剣の扱いを教えてやることにした」


 何も心の準備ができていなかったようで、咽喉に危うくパンをつまらせるところだった。


「それ、本当か!やったぁ!ありがとう、ありがとうアッシュ」

「よかったじゃないディラン」

「ああ。立派な戦士になって、お前たちにちょっとでも楽をさせてやるよ」

「それで、教えるのはいいが一つ条件がある」

「なんだ。何でも言ってくれ」

「僕の言いつけは絶対に守ってもらう。これが条件だ」

「なんだ、そんなことでいいのか」

「結構難しいと思うんだが、まあいいだろう。今日から早速始めるぞ。僕が教えるからには絶対に戦士の試験に合格してもらう。あの試験は家柄を見て判断する奴もいるが、大半の審査員は実技を重視する。だからその中で一番強ければ確実といってもいいほど合格する。わかったか?」


 ディランはものすごく真剣な顔で話を聞いていた。いつものへらへらはどこへ行ったのかと思うくらいだった。そしてアッシュは少し心配になった。


――まぁ、合格した後が大変なんだよなぁ。見習い戦士は戦士たちの奴隷みたいになっちゃうからなぁ。しかもこいつは妙なところで真面目だからきっと……。僕が守りきれるかなぁ。


 ディランがアッシュの訓練に参加できたのは午後からだった。午前中は家の手伝いで畑仕事をしなくてはならないからだ。その間にアッシュはコツコツと城から自分の物を送ってもらっていたのをひっくり返していた。

 様々な種類の本や男物の衣類。必要な仕事の書類に銃に弾丸に、王家直属の武器職人とともに改良を重ねて作ったアッシュ専用の組み立て式双槍と、数種類の剣。これらをすべてひっくり返してようやく見つけた物が戦闘訓練時に彼女が使用していた木製の剣だった。それがちょうど二本あったことを思い出して探していたのだ。

 村の中にある空き地で二人は待ち合わせをした。先についたのはアッシュだった。


「アイツが来るまで何をしていよう」


 暇をつぶす方法を考えている時、隣にある剣を見て無意識に手に取ってふっていた。


――敵は複数。前方から接近中。武器は剣で防具はなし。騎乗者もなし。


 まずは二、三人の剣を全てよける。そのあとの人の腹を蹴りそのさらに背後にいる者にぶつける。その間に初めの奴らの相手をする。剣をよけつつ切り込む。防具はつけていないからどこでも狙えるが、まずは動きを封じるために足か目を狙う。それだけではいけない。一人だけでは手が回り切らない。隙が大きい素人から狙う。大振りでむやみやたらに振り回している。筋も甘い。フェイントをかけて背後に回り込み心臓を一突き。そのまま次の相手の方に突き飛ばし、剣を使う手を封じ目から頭に剣を貫通させる。

 アッシュは本当に戦っているかのような錯覚に陥ってきた。あの内乱地での最後の戦いを思い出す。あの時は敵は武装していて面倒だったが、このイメージの相手は服しか着ていない。どこを狙っても剣が刺さる。その感触すらも容易に想像することができる。アッシュは思い出していた。人間の体に剣が突き刺さり命の灯が消えて行く場面を。

 身体を動かしていくにつれて昔の感覚が蘇ってくる。剣と一体になったような不思議な錯覚。ただの殺戮人形のような自分の姿。

 いつの間にかこの想像の中での人との命のやり取りに夢中になっていたアッシュ。昔のアッシュに完全に戻っていた。

 傍から見れば、木製の剣を持って踊っているようにしか見えないだろう。しかしアッシュは完全に酔いしれていた。そこへディランがやってきた。アッシュはディランの存在に気がつくと襲った。すばやく彼の目の前に行きさっと剣で切りつけた。すると服は破れ彼は尻もちをついた。尻もちをついた彼は彼女の顔を見上げた。しかしそこにはいつものアッシュはおらず、彼の知らない彼女がいた。


「おいアッシュ!どうしたんだよ、おい!」


 彼は叫んだ。アッシュは大きく剣を振り上げて、彼を危うく刺してしまうところだった。

 彼の声で現実に戻った彼女は、驚いていたようだった。


「おい。ホントに大丈夫か?」


 激しい動きの所為か、それとも彼を殺しかけた恐怖の所為か、彼女の顔からは汗が流れた。


「ああ、平気だ。しかし驚いた。まさか暇つぶしにちょっとやるつもりが深みにはまった」

「だからって俺を殺す気か!服が破けちまったぞ」

「済まない。お前が敵に見えたんだ。僕の服をあげるから許してくれ」

「お前のは俺には小さすぎるから無理だ。それより、お前ホントに凄いな。俺もお前みたいに強くなれるか?」


 それを聞いてアッシュは笑ってしまった。


「何がおかしんだよ!」

「いや、済まない。強くなるかならないかはお前の頑張り次第だよ。こんなことしてる間にちょっとでも訓練をすればそれだけ強くなれるよ」


 笑いすぎで出た涙をぬぐいながら、フォローを入れた。しかし、何故こんなにも楽しいのかという疑問が生まれた。しかしそれは、この愉快な奴を相手にしているせいで、水泡のようにたちまち消えてしまった。

 ひとしきり笑った後、アッシュはディランにもう一本の木製の剣を渡した。


「これで僕にきりかかってこい。簡単なことだろ?それで僕の体に一回でも攻撃が当たれば終了。初めの一カ月は僕はお前に攻撃を仕掛けない。だけど、それを越えれば僕からも攻撃を仕掛ける。わかったか」

「了解!」

「制限時間は日が落ちるまでだ。それでは始め!」


 彼女の合図で訓練が始まった。ディランは剣を振り上げ斬りかかっていく。しかし簡単によけられてしまいふらつく。


「くそっ!うぉりゃあああ」


 諦めずに攻めて行くがどれも簡単によけられてしまう。


「どうした?そんなんじゃいつまでたっても僕に触れないよ?」


 剣をひらりひらりとかわしながらアッシュは言う。彼は必死に頑張ったがやはり、アッシュに剣を使わせることすらできなかった。

 そんなやり取りをずっと繰り返しているうちに、日は沈んでしまった。


「今日の訓練は終わり。明日もちゃんとしろよ」

「わかった。頑張るよ、俺」

「お前は持久力と力があるんだから、頑張れば何とかなる筈なのになぁ」


 彼らは毎日毎日、剣の修業をした。試験まで残された時間は短く、半年程度でアッシュの鋭い攻撃を受け止められる程度には成長していなくてはいけなかったのだ。

アッシュの中での予定の半年後、彼は何とかアッシュの攻撃をかわせてそのあとに攻撃を打ち込むことができるようになっていた。これはアッシュの驚くほどの成長ぶりだった。

その頃アルモス村では、心配されていることがあった。


「そろそろあの時期になるなぁ。お前も家の戸締りには気をつけろよ?まあ閉めても無駄なんだけどな」


 寂しそうな顔をして、休憩をしていたディランが注意を促してきた。


「何のことだ?最近の村人の様子はおかしい。一体何がある」

「アルモスって山に囲まれてるだろ。実はこの山には盗賊がいて、季節ごとに違う村を襲ってるんだ。それで近々このアルモスが標的になる時期ってことなんだ。だからみんな取られないための対策をしてるんだけど、無駄なんだよな」


 そんなに大変なことにはアッシュには思えなかった。彼女はそんなに大切なものをここに持ち込んでいなかったからだ。唯一大切なものとして考えられるのが、コツコツ送ってもらっていた武器だけだった。特に気に入っていたのが組み立て式双槍だった。アレは手にしっくりくるし、何よりも苦労して完成させたものだから執着心が強かった。それもきちんと鍵のかかる重要な物を入れる箱に入ってあるから大丈夫だろうと余裕をかましていた。

 しかしそう言っていられたのもここまでだった。そう、事件は起こってしまったのである。

 アッシュが仕事をするのに必要な物が無くなったので、町に買い物に言っている間に盗賊が襲ってきたのである。そしてアッシュの武器は重要な物がたくさん入った箱ごと持ち去られてしまった。

 帰ってきてみると、家の中はぐちゃぐちゃで武器は残っていなかった。この部屋の中を見たアッシュは茫然としていた。


「アッシュ……諦めろよ。取られたものは返ってこない」


 ディランは慰めようと思って言ったが、これがアッシュに火をつけた。


「おいディラン、今すぐお前に貸した剣を貸せ。あと、ネイロスを今すぐ出られるようにしろ」

「どうしたんだ――」

「いいから言われたとおりにしろ!」


 アッシュはイラついていた。こんな風にイラついたのは人生で二回目だった。はじめては初めてディランにあった時だった。

 急いで言われたとおりにしたディランは、アッシュを呼びに来た。


「準備できたぜ?どうするんだ」

「よぉし。今から実践の見学をお前にしてもらう。相手は複数人。それを相手にする戦いを見学してもらう。お前には刺激が強いだろうから相手を殺すことはしないが少少派手になるかもしれない。さあ早く、僕の後ろに乗ってしっかりと捕まってろ。飛ばすぞ」


 ディランを乗せるなり、ネイロスを急発進させて山の中に突っ込んで行った。


「お前、どこに盗賊がいるのか知ってるのか?」

「心配ない。わかってる」


 アッシュはよく見える眼で相手の位置がわかっていた。

 ここにきて、彼女の眼は進化を遂げていた。今までは知りたいものがどこにあるのか、また何か遠くのものが見たいと思えばそれのみをみることができていた。しかし、最近は数秒先の未来も見えるようになっていた。相手の先の動きが見えるので、彼女はさらに強くなっていた。

 馬を飛ばすこと数十分。二人の目の前に大きな砦が見えてきた。砦の上の見張り台のところには二人の盗賊がいた。


『おい、お前たち。ここに何の用だ!』


 一人が上から叫んできた。


「ここに入ってもいいか!」


 アッシュは上を見上げて叫び返した。


『何故だ!』

「さっきのお返しをするため!」


 そしてアッシュは走り始めた。そして、出入り用に作られた小さなドアを押し破り中に入っていった。それに続いてディランも入っていく。しかし今戦う道具を二人は持っていない。唯一持っているのはディランがアッシュに返した木製の剣だけ。ディランは何も持っていないのだ。だからとりあえず、彼は入ってすぐのところにあった本物の剣を手に取った。


「ディラン!」


 どこかからアッシュの声が聞こえてきた。彼は声がした方をみると、そこにはアッシュがはやくも敵と交戦し始める寸前だった。


「よく見ておけ。これがお前に見せる複数を相手にする僕の戦い方だ!」


 言い終わるとほぼ同時に戦闘が開始された。そしてディランは彼女から目が離せなくなった。

 戦っている時のアッシュは踊っているようだった。柔らかなように見えてそのくせ鋭い。まるで一本の美しい剣。川の水のように流れるような動き。そして何より笑っていた。

 ディランの方に的を絞ろうとしていた盗賊もあの強さにアッシュのほうに加勢せざるをえなかった。木製の剣にも関わらず相手の服が破れたり、肌が切れて血が出たりしている。ただ、死んだ人間は一人もいなかった。

 あっという間の勝負だった。アッシュの人格も保たれていた。ただし盗賊はお頭を筆頭に痛みに悶えて地面に倒れこんでいた。

 彼女はお頭の髪を鷲掴みにして、ぐいと持ち上げた。


「お前。アルモスから盗んだものをどこに隠している。そこまで僕たちを案内しろ。下手なことをすれば僕がこの剣でお前を殺す。なぁに一瞬で済む。痛いのはちょっとだけだから安心しろ」


 彼女が持っているのは木刀だが、木刀といえども真剣並みの威力はある。アッシュの実力ならば、有言実行。一瞬でこの世から去ることができるだろう。

 盗賊の頭は砦の奥にある牢に案内した。木製の格子の中には盗まれたものとアッシュの箱があった。


「よし、この盗んだものをアルモスまで全員で手分けして運べ」

『おい、そりゃねぇぜ。だいた――』

「お口は閉じて……」


 アッシュは細い綺麗な白い指を盗賊の唇にそっと当て、綺麗な顔をギリギリまで近づけた。その行動にディランも盗賊の頭も驚いた。それはアッシュが女に見えたからだ。実際に女なのだが、彼らはアッシュのことを男だと思っている。


「お前は僕に借りがある。命を取らないでもらったっていう大きな大きなね。そうだなぁ……。これをちゃんとしてくれたら、僕は君たちに当分飢えないように食料の供給を約束してあげよう。だけどできなかったら?わかるだろぉ」

「殺される……」


 これにはディランが答えた。本物の怯えが混ざった声色だった。


「ご明答。あと別解。一生こき使ってあげる」


 口元は笑っているが目が笑っていない。眼光は鋭いまま、猟奇的な雰囲気を醸し出している。

 こうして盗賊たちはアッシュのいいなりになった。そのかわり、しばらくたってから彼らにはたくさんの食料が定期的に運ばれてくるようになった。

 様子を確認するために覗きに行くと、思った以上に高待遇だった。まずは奥に案内され、彼らなりの豪勢な食事をふるまわれた。アッシュは口を一切つけなかったがディランはがっつりと食べていた。


「あんたのおかげで飢えることが無くなった。ホントに感謝してる」

「そうか」

「それで一つ提案なんだが、あんたがうちの頭領になってくんねぇか」


 この提案にディランが咽喉をつまらせかけた。


「どうしてそうなるんだよ!こいつは俺と一緒に戦士になるんだ!」


 今度はアッシュが驚く番だった。


「そんな話は一度もしてないぞ!どうしてそんなことになっている」

「だってお前スッゲェ強いじゃんか。もったいないって。なぁ聞いてる?」


 説明をしているディランを無視して、お頭との話を再開させる。


「頭領になるのは無理だが、お前たちに僕が助けを求めたら要請に応じて駆けつけるっていうのはどうだろう。そのことによってお前たちは僕の名前を堂々と掲げることができるし、僕は仲間を手に入れることができるってわけだ。どうだい?いい考えだろう」


 ここで頭領が疑問を持った。


「あんたの名前を掲げるとどうなるんだ?俺が見る限り、あんたはそんなにすごい奴には見えないんだが」

「そのうち分かると思うよ。だけど今はだめ。僕がいいと言うまでは絶対にだめだ。わかったか」


 こうして交渉は成立した。そしてディランの腹も満たされ、アルモスに平和が訪れ食糧危機は去った。

 それから月日がたち、ついにディランが戦士になる試験を受ける日が近づいてきた。相変わらずアッシュに攻撃は当たらないが、彼女が認めるくらい成長はした。

 城へ向かう一か月前に、アッシュはカーライルに手紙を書いた。内容は城に戻るということと、審判兼審査員のテルミドネの席には直々に自分が座ることを宣告した。そして城で彼女にあっても知らないふりをしていろと、自分のことを知っている相手にできるだけ広めておくことを書いた。

 もし城に入って早々に挨拶をされて、自分の正体が明らかになることを恐れたのだ。正体を明かす機会は自分で伺い、試験が終わってから自分で告げたかった。自分が女であることも。

 だがやはり怖かった。自分が女であることを知ったら彼はどんな反応をするのか。裏切られた、嘘をつかれたと思い離れて行ったらどうしよう。そんな不安が彼女を襲った。今まで感じたことのない不安を胸に抱かせた。


――父さんたちも、こんな風に怖かったのかな……。悪いことしたな……。


 アッシュはアールネ達にも手紙を書いた。ごめんなさいと言いたかったのだ。彼らの心を察することができずに随分迷惑をかけたし、酷いことをしたと謝りたかったのだ。それをカーライルに送る手紙と一緒の封筒に入れ、最後に彼に父親たちに手紙を渡してくれという言葉を添えた。

 手紙を飛脚に渡すと、心が少しだけだが軽くなった気がした。



城に出発する日。アッシュたちの見送りは盛大だった。村人総出のお見送り。規模はアッシュが経験した中で一番小さなものだったが、胸の奥が温かいもので満たさせるような感覚だった。ネイロスに自分が先に乗り、背後にディランを乗せて出発した。

 城には半日程度で到着する。時々休憩をはさんで、ついに城が見えてきた。近づくにつれて、ディランの興奮も大きくなっていった。そして、アッシュの不安もそれに負けないくらい大きくなっていった。彼は大きな建物を見たり、店に食べ物が並んでいたりするのを見て、いちいち興奮の声を上げていたが、アッシュの心は悲鳴を上げていた。


「そんなに珍しいのか?」


 平静を装って話しかける。


「当り前だろう!こんな都会なんて来ることがめったにないんだから!」


 その状態のまま城に到着した。正門から入ろうとすると、門番になんの用かと聞かれた。


「戦士になる試験を受けに来た」


 すると門番がエントリー会場の場所を説明して、そっちに行くように言われた。

 城内に入り説明されたところに行く。時々見知った顔に出会うが、カーライルが広めておいてくれたおかげで、誰もアッシュに声をかけることはなかった。

 エントリー会場に着きエントリーしようと向かった。すると、アッシュの顔を知らない新米の戦士が受付をしていた。


「試験のエントリーをしたいのだが」


 すると彼はアッシュたちをじろじろと見てこう言った。


『だめだ。さっき締め切りの時間がきたから締め切った』

「そこを何とか頼めないか?」

「ちょっとくらいいいじゃないですか。お願いします!」

『無理なもんは無理だ。さっさとどこかに行けよ』


 この言葉遣いにイラっときたアッシュが戦士の腕をつかみ、関節を外してしまった。

 一瞬のことでディランはよくわからなかったが、肩の関節を外された戦士の叫び声で状況を理解した。するとこの声に気がついたアッシュの父親の一人が駆け付けた。


「おい何事だ!」

『小将!こいつが俺の関節を!』


 彼は顔を見てそういうことかと何かを察したようだ。


「なぜこのようなことを?」

「こいつがエントリーさせてくれないからちょっとやっただけ」

「わかりました。名前をここに記入してください。それでエントリーしたことになります。おい誰か!こいつを救護室に運んでやれ!」


 それだけ言った父親の一人の戦士は去っていった。


「よかったな。エントリーできるぞ」

「ホントに良かったぜ。お前がもし牢に連れて行かれるかもしれないかと思うと、気が気じゃないっていうか」

「大丈夫だ。ほら、エントリーしてやったから先に宿舎に行ってろ。そこに試験を受ける奴らが集められてるはずだから」

「お前は?」

「僕はネイロスを厩舎に渡してくる。そのあとすぐに行くから安心しろ」


 二人は別れてそれぞれの方に散っていった。



 アッシュは厩舎に着くと、昔のようにガレスを呼んだ。


「厩舎の人ぉ!ねぇいないのぉ、厩舎の人ぉ!」


 すると、干し草の山が近づいてきてその中からしわくちゃの顔が現れた。


「わしは厩舎の人じゃないぞ!何度名前をいやぁわかるんじゃ」

「わかってるって、ガレス爺さん。久しぶりだね」


 ガレスは彼女の顔を驚いた表情で見つめた。


「お前さん……アッシュか?」

「そうだよ。これからもコイツのともども頼む。ちなみにこいつには名前がついたんだ。ネイロスって言うんだ。覚えといてよ。それじゃあ」


 何か言いたいけれど、驚きで口をパクパクさせることしかできなかったガレス。アッシュはガレスの視線を背後に感じながら宿舎へと近道を通って走っていった。

 ディランは部屋に入る前にアッシュと合流を果たした。彼女は近道と走りのおかげで間に合ってしまった。


「早かったなぁ」

「うん、まぁね。早く入ろう」


 中に入るとエントランスには沢山の受験者が戦士から様々な説明を受けていた。


「すいません遅れました」


 ディランは誤り席に着く。アッシュも彼の後に続いて行く。彼女はムスッとした愛想の感じられない態度のままだった。するとひそひそと近くから声が聞こえてきた。


『あいついったい何さまのつもりだよ』

『汚いかっこの上に遅れてくるなんて、非常識な奴だな』

『大丈夫さ。あんな奴は受かりっこない』


 それがディランに聞こえたのか、席から立ち上がって言い返そうとする。それをアッシュが止める。


「どうして止めるんだよ。悔しくないのか?」

「心配するな。やり返す機会はあるし、アイツらは確実に受からない」


 ニヤニヤしながらアッシュは言った。その笑いはディランの動物的本能が警鐘を響かせるものだった。

 そして説明が終わり、各自散っていった。食事を取るものもいたし、剣を素振りしている者もいた。それぞれのことを各自で行い、時間を潰していたのだ。


「なあ。俺たちも何かやらないか?そこら辺で試験官が見ているかもしれないからさ」

「その必要はない。お前は体力を温存しておけ。それにもう夜だろ?休むのも戦士には必要なことだ。だから寝ろ」


 アッシュはベッドにディランを押し込めて、自分も横になった。


 

 アッシュは全員がベッドに入ったことをよく見える眼で、二人部屋から確認すると部屋を出た。さらに宿舎を出て厩舎小屋に向かった。

 厩舎小屋には深夜だと言うのに明りがこうこうとついていた。そんなところに近づくにつれて笑い声が聞こえてきた。中に入り少し奥まったところに行くと、そこにはアッシュの親になってくれた戦士たちが集まって酒を飲んでいた。もちろんその中にはアールネ、クロウ、トリスタンもいた。

 アッシュがみんなのところに行くと、お帰りと笑って声をかけてくれた。あれほど酷いことをたくさんしたり、言ったりしたのにそれを全く気にしていないというようだった。

 輪の中に入る前に彼女は改まった顔になった。


「えっと……。今までごめんなさい。今まで育ててくれたのに沢山酷いことをしてしまって……。その……許してくれなくてもいいから、これからも……その、あの、えっと。ぼっ僕のと、と、父さんでいてください!」


 頭を深々と下げた。すると戦士たちから歓声が上がった。


『当たり前だろ!』

『お前はいくつになっても、何になっても俺らの子供だ!』

『よく帰ってきた!』


 アッシュを取り囲んでみんなワイワイとしていた。


「お帰りアッシュ。あん手紙、ちゃ~んと読んだぜぇ。俺としたことが涙が出ちまった」


 アッシュの肩に腕をかけて、酒の匂いを漂わせたトリスタンがやってきた。その彼を無理やり押しのけて、クロウがアッシュのことを母親のように優しく抱き寄せる。


「ほんとうですよ。よく無事に帰ってきましたね。一時はどうなるかと思いましたが、何とか落ち着いたようですね。これから時間をかけて今までのことを聞かせてくださいね」


 その後ろでは、アールネがたどたどしい言葉を必死につなげていた。


「アッシュ、帰ってきてくれて、ありがとう。俺の所為で、辛い思いを、させてしまった。どう、謝ったらいいか、わからんが、許してほしい」


 アッシュは昔のようにあどけない笑みを父親たちに向けた。


「いいよ。僕だって酷いことしたんだ。おんなじようなもんだよ。あと、試験が終わるまでは他人のふりをしてね。頼んだよ」


 すると一斉に分かったという返事が聞こえてきた。本当にここは何時まで経っても昔のままだと安心を憶える。

 しばらくワイワイと騒いでいるうちに日が昇りだした。

 アッシュは宿舎に急いで戻り、ベッドに潜り込もうとしたらディランに見つかってしまった。


「お前どこ行ってたんだ?起きたらいないからびっくりしちまった」

「ああ、ちょっと外の空気を吸いに行ってたんだ。気にするな。だがどうしてお前はこんな早い時間に起きているんだ?」

「俺は親の仕事を手伝うためにいつもこのくらいの時間に起きてたんだ。この時間に起きて作業をしてしまえば午後から自分のことができるだろ?」

「お前はすごいな。さきに朝食を済ませてしまおう」


 二人は宿舎の中にある食堂に向かった。そのでは既に数人の受験者が朝食を取っていた。

 アッシュたちが朝食を取りだしてしばらくすると、続々と受験者が食堂に表れて百人程度が座れる食堂がほとんどいっぱいになった。


「凄い人数だな。昨日は興奮してて全然気付かなかったけど」

「でもこれが半分ぐらいに減るんだぞ。そして城に住み込む奴はもっと減る。まあ、初めの二年間は見習い期間で、ここに住み込むんだけど」


 パンを口に頬張りながらアッシュが説明した。


「よく知ってんだなぁ」


 同じようにパンを口に運びながら彼は言った。

 試験は二日間に分けて行われると昨日の戦士は言っていた。初日の今日はくじを引いて同じ番号の者同士と模擬戦闘を行う。得物はこれといって決められていないが、飛び道具を使用することだけは禁止されていた。この戦闘で勝った者が翌日の試験に挑むことができ、敗北したものは今日中に城を出て行かなくてはいけないという過酷なものなのだ。

 二人は同じ番号にあたらないように祈りながら時を待った。


「何番?」

「僕は十七番。お前は?」

「俺は三二番。よかったぁ。お前と当たんなくて」


 一安心しているひまもなく、全員がくじを引き終わった途端に試験が開始された。試験会場は大広間だった。そこにはそれぞれ試験官として座る将軍六名の席と元帥一名の席、それにテルミドネの席が用意されていた。受験者たちが試験会場にはいってしばらくすると将軍と元帥が現れ、用意された席に着席した。だがテルミドネの席には誰も座っていない。


「俺もいつかあそこに座れるくらい強くなりたいなぁ」

「お前には無理だ」


 あそこに座る当人が断言した。


「そんなこと言うなよ。まだわかんないだろ」

 そんなことを言っているうちにまずアッシュの順が回ってきた。


「十七番アッシュ、同じく十七番デュナン。前へ!」


 名前をよばれて、言われたとおりに出る。アッシュの武器は幼いころから訓練で使っていた木製の剣だった。それを見た相手が笑ってきた。


『はっ!お前そんなので勝てると思ってんのか?ばっかじゃねぇの』


 装飾のごてごてした高そうな剣を肩に担ぎ余裕のそぶりを見せる。それをアッシュは無視していた。

「両者始め!」


 掛け声とともに勝負はアッシュの圧勝で終わった。初めにデュナンがアッシュに剣を大きく振りかぶって突進してきた。しかし、アッシュにはよく見える眼を使わずとも隙が見えていた。相手の剣を振り下ろす力を利用しながら、アッシュは勢いよく相手の剣をなぎ払った。その後、武器を一瞬にして奪われ呆然としている相手に鋭い足払いをかけて、床に転がす。これが一瞬の間に行われた全てである。

試合が終わった後、尻もちをついた相手に持っていた木製の剣で顎を上げさせて顔を上から見下ろした。


「僕ね、この二年間で手加減を覚えたんだ。だって、手加減しないと死んじゃあ困るし。だからここでも、もの凄ぉく手加減したんだよ?ていうか二割ほどの力も出してない。これに負ける君ってどうなの?」


 素晴らしい侮辱だった。デュナンは赤面し目には涙を浮かべて走り去っていった。


「お前やっぱり強いなぁ」


 ディランの元へ帰ってくると、彼にそう言われた。


「別に僕が強いわけじゃない。アイツが弱すぎただけ」


 他の模擬戦闘を見ながら返事をした。


「でもさっき手加減したって言ってたじゃないか」


 自分の方を見るように、アッシュの顔を優しく両手で挟んで自分の方を見させる。それを払いのけながら、面倒くさそうに相手をしてやる。


「手加減したからって僕が世界で一番強いわけじゃない。第一まだ一度も僕が勝ったことのない人間がこの場に三人既にいるわけだし」

「どういうことだ?」

「そのうち分かる」


 続々と試験が終わっていく。そしてディランの番になった。名前を呼ばれて前に進み出る。


「両者始め!」


 掛け声とともに相手が剣を振りおろしてきた。それをアッシュから借りた木製の剣で受け止める。木製とはいえ固さは十分にある。相手の剣を普通に受け止めることができた。


――あれ……。なんだか普通に受け止めれる。どういうことだ。アッシュより弱い?


 ディランは試しに相手を押し返し、斬りかかってみた。相手は彼の剣を受け止めは何とかできるものの、受け止めるたびにふらふらした。


――これは勝てるんじゃないか?


 そう思った彼は思いっきり剣を振り、相手の武器をなぎ払ってしまった。


「勝負あり。勝者、ディラン」


 彼は驚いた表情でアッシュの元に帰ってきた。


「お疲れ」

「ああ。俺アイツに勝てたぞ。どうしてだ?お前に一度だって攻撃を当てられなかったのに、どうして俺がアイツに勝てたんだ?」

「そんなことは簡単だ。お前が強くなってた。アイツ以上僕以下の強さだった。それだけの話だ」


 だけど、未だに勝てたことに実感がわかないのかぼんやりしているディラン。


「おい。宿舎に帰るぞ。しっかりしろよな」


 今日の試験が終わって、続々と解散していく中で彼らも宿舎に戻っていった。



 宿舎の中は早々に城を出て行ったものがいるせいで結構すいている感じがした。


「俺たち残ったんだな」

「そうだね。明日はこの中で十人程度が脱落すると同時に、一番強い者が決まる。気を引き締めていけよ」

「お前だって頑張れよ。十人の中になんか入んなよ」

「僕は大丈夫さ。そうだ、僕はちょっと用事があるから先に寝てろ。明日の試験までには帰ってくるから心配はいらない。わかったか」


 そう言い残して何処かに行ってしまったアッシュ。ディランはアッシュの言いつけをきちんと守って、食事を早めに取って早々に眠った。



 アッシュはカーライルのところに向かった。彼女があの時自分の団員にした地下牢の者たちは生活する場所をどうしてか地下牢にしていた。せっかく住む場所を提供すると言ったのに、彼らは外の人間は嫌いだと言って眠るときなどを地下で過ごした。

 久しぶりに訪れる地下牢と仲間に心を躍らせながら監獄棟の中に入っていった。階段を踊るような足取りで駆け下り、最後の数段を飛び降りる。


「みんなぁ!久しぶりぃ!」


 左手を高らかに上げて挨拶する。


『おお、アッシュか!』

『よく帰ってきたな!』


 元囚人たちはアッシュを取り囲んだ。そんななかをかき分けて、大きな男がやってきた。


「やあカーライル。いつぶりだい?」

「覚えちゃねぇよ」

「それで?約束の物はできてる?」

「ちゃんとできてるぜ。身につけてみるか?」

「それは明日のお楽しみにしておくよ」

『何の話をしてるんだ?』

『二人だけの世界を確立させてんじゃねぇ』

『俺たちも混ぜろよ』

「わかったよ。何の話かっていうのは――」


 彼らにこの計画を説明してやると、みんなとても楽しそうだった。


『いいじゃねえか』

『俺はそういうの、好きだな』


 するとアッシュは何か思いついたように叫んだ。


「あっ、そうだ!ちょっとみんな聞いて!」


 こうして秘密の会議が始まり、みんなはそのことについてノリノリだった。



 次の日。試験開始の時刻になってもアッシュが現れないことに、ディランはすごく心配になった。彼がソワソワしている中、昨日と同じ試験官たちがそろってしまった。


「アッシュ~。アイツ何してんだよぉ。試験始まっちゃうじゃないかぁ」


 心配しすぎたせいで小さな声が出てしまった。しかし心配していても時間はたっていく。


「それでは試験を開始する。今日の――」


 その時、大広間の扉が盛大に開いて誰かが入ってきた。先頭に右目に傷の柄が画かれた白い仮面の人間が入ってきた。長く美しい金髪をなびかせ、ドレスのような服を着ているところからして女性のようである。そのあとからはカーライルとその仲間たちが続々と続いていく。

 彼らはまっすぐに進み、試験官たちの前に立った。


「何をしに今更来たのだ!」


 キーツが怒鳴る。すると、仮面をつけた人間がキーツを睨みつけた。仮面越しにでもわかる瞳は初老の男を一発で黙らせた。


「ここにはこのテルミドネの席もあるんだろう。ならばのちに戦士になるものの審査をする義務があると思うんだが。何か間違ったことでも言ったか第一元帥」

「……いいや」


 これを見て、笑いそうになっているトリスタンの手の甲を平然とした顔でつねりあげるクロウ。アールネはさらにその横でによによしていた。

 そして一つの疑問にぶつかったディラン。


(あれ、アッシュの声じゃないのか。どうしてあそこにいるんだ?アッシュは俺と一緒に試験を受けなきゃいけないのに。ということはアレはアッシュじゃない?)


 仮面をつけた人間は席につかずに、そのまま受験者たちの方を向いた。その後ろにいたカーライルたちはテルミドネの席の後ろについていた。


「お前たち。これから試験について少し訂正がある。本来これは一対一でやり合って、勝敗を決めて行くものだが、今回はこのテルミドネと戦ってもらう。十人一組に分かれて戦う。使用する得物は実際に戦士たちが戦闘訓練を行う際に使用する木製の剣のみ。これは試験が始まる直前に配布する。このテルミドネに攻撃が通ればその時点で合格だ。ただし戦闘不能になった者と判断されたものはその時点で失格とする。どうだ、十対一だぞ?簡単だろ、キーツ元帥」


 話をいきなり振られて少しまごついた後、首を縦に振った。


「ほら、キーツ元帥もこう言っている。みんな頑張れ。僕も全力でいくかもしれないから。あと言い忘れてた。一人でも戦闘不能者がでた組は試合終了。生き残った者は合格。そういうことで、みんな、武器を配布して。さっさと済ませよう」


 そういうと、ドレスのような服の前を開け始めた。その中からはハイネックになっている、身体にピッタリと張り付いたようになっている黒い服に、服と同じように足に張り付くような黒いズボンに黒いヒールのついたブーツ。初めに見えていた部分はこれが見えないようにするためのマントの役割を果たしていたのだ。そのマントを取り去り、席の上に無造作に投げた。だが、仮面だけは正体がばれるのが恐ろしいというように取らなかった。


「さあ、始めようか」


 組み分けされた初めの十人が出てきた。


「それじゃあ、よぉい始め」


 仮面をつけた人の掛け声で、試合が始まった。

 初めに斬りこんだのは、受験者の中の一人だった。そのあとに続いて続々と切り込んでいく。だが、初めに斬りこんでいった奴が悲鳴を上げて試合が終了した。


「はい、試合終了。こいつはもう戦闘不能だよ。腕がへし折れたからね。お前、痛くて動けないだろう?」


 その問いかけにすら答えずに、額から脂汗をかいて床で叫び苦しんでいた。その青年をテルミドネの席の後ろで待機していた男たちが救護室へ運んで行った。


「じゃあ次の組み」


 仮面の奴は普通に次の試合を始めようとした。おずおずと次の組の受験者が前に出る。

 ディランは仮面の奴を注意深く観察した。

あの長い金髪はアッシュのものと同じに見える。声も同じような気がする。話し方はちょっと違うような気がするが、似てないこともない。しかし戦い方は?アッシュは集団を相手にする時に、なんだか楽しそうにしていた気がする。じゃあ違うのか?これは表情が見えないからわからない。だけど楽しそうに見えるかといわれるとそうじゃない気もする。

試合が始まっては終わりを繰り返し、ついに最終組。つまりディランの組の順が回ってきた。

だがディランはどうしてもこれがアッシュかそうでないかが分からずに考え込んでいた。そして合図があっても聞こえていなかった。


「おい!試合中に他事を考えるとはどういうことだ。集中しろ!」


 この声でようやく試合が始まっていたことに気がついた。

 既に自分以外の全員がアッシュに斬りかかっていた。


(迷ってても仕方ないか)


 踏ん切りをつけた彼は、相手に斬りかかっていった。相手は他の受験者を振り切ると、彼の剣を弾きに行った。しかし彼はしっかりと握っていて剣が手から離れることがなかった。そして確信した。


(この一撃の重さはアッシュの奴だ。この二年間ずっと受けてきたんだ。このぐらいは分かる)


 すると目の前にいた仮面の奴はすっと横に避けた。そうしたらいきなり目の前に剣を思いっきり振り下ろす奴が現れた。反射的に剣をなぎ払って一撃を相手の胴に叩きこんでいたディラン。相手は気を失ってしまって戦闘不能。これで試合はすべて終了し、合格者はこの場に生き残った四十人。この試合での負傷者は十名。うち、九名はテルミドネ、一命は受験者ディランによるもの。

 合格した者たちが正式に見習戦士になるのは一週間後だった。それまでに荷物の整理などをして宿舎に入るのだ。ディランはその説明を受けた後、将軍の一人、アールネに呼ばれた。何か悪いことでもしたのかと思い、ビクビクしながらついていくと、そこには残り二人の将軍にその同期の戦士。それに試験の時にテルミドネの後ろにいた男たちが何かを囲むようにニヤニヤしながら兵舎の裏庭にいた。


「彼のお出ましですよ」


 クロウが声をかけると、輪の中から仮面の奴が出てきた。今度は仮面をつけた状態だが、テルミドネの正装をしていた。

 アールネがディランの背中を押し、そいつの前に連れて行った。


「あっあの……何か用ですか。俺、何か悪いことでもしましたか?」


 恐る恐るきくと、トリスタンが言った。


「オメェは何にも悪いこたぁしてねぇよ。ちっとばかしコイツから話があるらしくてな?一人じゃ心細いからついていてくれって頼まれちょっと俺の右足の小指が踏みぬかれるぅ!」


 横ではクロウがトリスタンの小指をすました顔で全力で踏んでいた。

 仮面の奴はその仮面を取り去った。その下から出てきたのは見慣れたアッシュの顔だった。


「えっ?」

「ディラン。これが僕の正体。そして僕は男じゃなくて女なんだ。今まで黙っててごめんなさい!別に騙そうとかそんな気は全くなかったんだ。初めはあんなに長くいるとは思わなかったし、まさかこんなことになるとは思わなくって、だからそのあのえっと、ごめんなさい!」


 頭を深々と下げて謝る。しかし、一気にいろんな情報が彼の頭の中に入っていったことにより、混乱していた。


「つまり、お前は女だってことか?」

「うん」

「そんでもってテルミドネ?」

「うん」

「う~ん……複雑な感じだなぁ。騙されてた感じがしてあんまいい気分じゃないってのが正直なとこなんだよなぁ」

「じゃあもう、今まで通りにはできないのか?」


 覚悟はしていた。でもいざその時が近づいているとなると、揺さぶられる何かがある。


「いや、そんなことはない。いきなりすぎてわけわかんないところはあるんだけど、なんか納得した部分もあるっていうか。まぁ大丈夫だろう。お前はお前だしな。これからもよろしくな、アッシュ!」


 これを聞いて、緊張の糸がぷっつりと切れて、近くにいたアールネに抱きついて泣いてしまった。すると、アッシュの父親たちやアッシュの団員たちがディランに怒鳴った。


『お前泣かしてんじゃねぇよ!』

『何してんだよ馬鹿が!』

『そうだ、そうだ』

「えぇ!ちょっと待ってくださいよ。俺何にもしてませんって」


 するとアッシュが止めた。


「待ってよ、こいつは何にもしてないって。父さんたち落ち着いて。ほら皆も」


 お前が言うならと皆静かになる。


「なあ、アッシュ。父さんたちって言ってるけど、お前の親父さんは誰だ?」

「えっ父さん?父さんはココから――」


 そう言って端からアールネまでを指さした。


「ここまでが僕の父さん。それで、こっからココまでが僕の大切な友達兼団員」


 残りの人達を指さして説明する。


「お前大家族だな!でさ、お前のおふくろさんはいないのか?」


 ここで少し悩んだアッシュはクロウを指さした。


「僕の父さん兼母さん。綺麗だろ?」

「私ですか!」


 今年で四八歳になるにも関わらず、以前と全然姿の変わらない容姿端麗なクロウ。

 彼は素で驚いていた。普段こんな顔を見ることができないので、思わず皆は笑ってしまった。


「笑うんじゃありませんよ。笑った人間はあとで憶えておきなさい。きっちりと仕返しさせていただきますからね」


 一気に笑いが無くなった。そして顔から血の気が一気に引いていく。そんななかでも平然としているのがディランだった。


「まぁなんにせよ。ホントのことを言ってくれてアリガトな。これからもよろしく」

「うん!」


 笑顔で握手を交わす二人。


「アッシュと秘密で付き合おうなんてこたぁは考えんなよ、ガキ。そんなことすりゃあ俺たち全員が全身全霊をかけて潰しにかかるかんな。覚悟しとけ」


 アールネ、クロウ、カーライル以外の男たち全員が不気味な笑みを浮かべていた。

 それを見て冷や汗をかき苦笑いを返しているディランを不思議そうに見るアッシュ。

 これから。彼には幾多の試練が待ち受けていることだろう。


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