プロローグ――神々の喧嘩――
遙か昔。それは古の神々の時代。天界に住まう神々の恩恵が大地に降り注いでいた時代の話である。
天界では戦神の分身デカルソフィが退屈そうに、不機嫌そうに。その漆黒の長いまっすぐな髪を白く細い指で弄びながら、こってりと真っ赤な口紅を施した口を開いた。
「退屈だわ。つまらない」
真っ黒なボディラインを強調するタイトなロングドレスを身に纏い、ゆったりと豪奢な椅子に身をあずけ呟いた。
娼婦のように厚ぼったい化粧を施した顔。そこにはありありとした不満の色を滲ませる。ドレスと同じ色の長手袋をはめた腕をゆっくりと横に上げた。
そして――
「あぎゃああああああああああああ」
彼女の椅子の隣で柱に貼り付けにされている若い男神の鳩尾に突き刺した。男神からは悲痛な叫びが洩れる。それに構うことなく、なおも退屈そうに腕を捻った。中の内臓を抉るように。
この男神は何か悪事を働いたわけではない。むしろ彼女に献身的に仕える側仕えのようなものだった。
だが、彼女はそれが気に入らなかった。ただそれだけの理由で彼は貼り付けにされ、彼女に何度も何度も体を衝かれ、抉られた。だがそれだけでは死ねない。どんなに痛かろうが神ゆえに死ねないのだ。
あるとき、このことが大神に知れてしまった。大神がこれを許すはずもなく、彼女は神の箱庭から追放された。
人間界に降りた彼女は、今度は人間で遊び始めた。信仰心の厚い人間を弄び、争いの種を振りまいてまわった。デカルソフィは喜んだ。
「なんて、楽しいのかしら。争いは私を退屈させないわ」
争いがないから退屈するのだ。犯罪がないから退屈なのだ。こんな世界を創った大神を殺して、私が治めればいい。
そう、彼女はデカルソフィなのだ。それは戦神バトラドリウスの分身であり、破壊と殺戮の女神。
戦神は己が心にある人間のような醜さに怒り、嘆き、嫌悪した。そして彼はその心を外に産み落とした。自らが神々の一柱であるがために、人間らしさを拒絶した。
神は人間を凌駕するものであり、人間と同等のモノを神であるものが持ってはならない。故に彼女は人間らしい欲深さと狡猾さ、神の持つ美しさと圧倒的力を持つ。
彼女は退屈だった。とてもつまらなかった。彼女は不浄の心を持つ神だ。より大きな、この世界を壊してしまうくらいの戦を見たい、やりたい。こんなつまらない世界など壊してしまえばいい。
デカルソフィは大神に向けて戦争を仕掛けた。自分を受け入れることのできる世界を憎む心を持った人間に憑り付き、大地を血で染め始めた。だが、大神はそれを許さなかった。信仰心の厚い忠実な戦士を筆頭に、向かい打った。
それはそれは大きな戦いになった。大地は血に染まり、天には黒雲が立ち込めた。デカルソフィは人間がボロボロになるまで使い、乗り換え何年も戦った。だが、大神の軍は強かった。この世界を善とするものが多かったのだ。
次第にデカルソフィは衰弱していった。その力もだんだんと衰え、ついに追い詰められた。彼女は悔しくも人間の手によって捕らわれ、天界の裁きにかけられた。
彼女は天界を追放された。だが、諦めてはいなかった。むしろ憎しみの心がより彼女を燃え上がらせた。彼女は坦懐より追放されるときこう言葉をのこした。
「みていなさい、この脆弱ども!いつか必ずこの世界を壊してあげるわ!あなた達の大好きな人形でね!」
高らかな笑いを残し、彼女は黒雲とともに天界から姿を消し冥府ヘルカトラムへと移った。そこで、次なる戦士となる人間の誕生を力を蓄えながら待つために。