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誇りと忠誠

 龍平と葉太郎の元に軍服に身を包んだ男達が、一斉に襲いかかってきた。

「くそ、何て数だ」

 葉太郎は懐から拳銃を取り出した。そして軍服の男達に向けて発砲した。

 バンッという火薬の炸裂する音と共に、軍服の男達が、一人、また一人と次々に沈んでいく。葉太郎自身、銃器の扱いには慣れているらしく、一発も外すことなく、標的の額に弾丸を打ち当てていった。それに対して、龍平は素手で軍服の男達をまとめて倒していく。

「葉太郎やるな」

「へへ、俺は足手纏いにはならんぜ」

 気付けば、二人を囲むように死体の山が築き上げられていた。龍平は一体、一体、死体を確認してみたところ、全員がグールであった。

 教団の支配がこんな場所にまで及んでいる。そう考えただけで二人の心の中はどす黒い気分で一杯になっていた。

「これからどうするよ」

「少し歩こう」


 龍平と葉太郎は村の中を散策してみた。特に変わった様子はないが、一軒だけ扉が開いたままの民家があることに気が付いた。

「不用心に開いてるぜ」

 二人はその民家に向かった。中は明かりがついていて、老婆が玄関のところで倒れていた。

「あ、お婆さん」

 龍平は老婆を抱きかかえた。どうやら命に別状はないらしい。ただ眼を細めて、何かを耐えるように唸り声を小さくあげている。

「どうしました?」

「まあ、お客さんですかい。ちょっとぎっくり腰になってしまっての、困っとったんじゃ」

「はあ、僕が部屋まで運びますよ」

 龍平は老婆を今まで運ぶと、一人掛けのの木製の椅子に座らせ、適当なコップに水道水を汲んで渡した。


「ああ、ありがとう・・・・」

 老婆はコップの水をグイッと飲み干すと、落ち着いたのか、苦痛の表情が抜けていた。

「では、僕達はこれで・・・・」

 龍平が立ち上がろうとしたその時、老婆の骨と肉ばかりの手が、龍平の手首を掴んだ。

「どうしました?」

「この心細い時に、私を一人にしないでおくれ」

 その一言で、龍平と葉太郎は老婆の家で一夜を明かすこととなった。

「なあ、外にいた軍服の奴らは何者なんだ」

 葉太郎は老婆の肩を後ろから揉みながら聞いた。

「あれはねえ・・・・」

 老婆は遠くを見つめながら語り始めた。今から約5年前のこと、集落に突然軍服を着た男達が村を占拠し、集落の先にある山奥に、奇妙な建物を造り始めたという。そして集落の生命線とも言うべき、ダムの水を塞き止めてしまったという。そして奴らは、水を供給する代わりに、集落の若者を建物に連れて来させたという。その後若者達は、二度とは帰って来なかった。そして集落は老人だけとなり、日々、建物に食料を運び、代わりに水を貰っているのだという。

「そんなことが・・・・」

 龍平は聞きながら、怒りのあまり歯を食いしばった。そして龍平は胸に誓った。

(プリズム教団許すまじ・・・・)


 次の日、龍平達は老婆に別れを告げて旅立った。向かう場所は、ダムを塞き止めているという、老婆の話した奇妙な建物だ。集落を真っ直ぐに突っ切って、山の中を進むと、老婆の言った通り、山の上には奇妙な建物があった。

 その建物の外観は、まるでプレハブ小屋を大きくしたような形をしており、百歩譲っても工場にしか見えなかった。屋根には巨大な煙突が備えてあり、その中からは黒い煙を際限なく出し続けている。無機質な反面、入口らしきものが一切見つからない、中に人がいる気配すらしない、まさに奇妙としか言いようのない不気味な場所だった。

「葉太郎、僕一人で行ってくる。ここにいてくれ」

「ちょっと待てよ。俺だって・・・・」

「頼む」

 龍平の真剣な顔を見て葉太郎は諦めたのか、それ以上は何も言わなかった。そして龍平は山を掛け上がって行くと、あっという間に葉太郎の視界からは見えなくなってしまった。


 龍平は白い壁に背中を付けて隠れた。やはり誰もいない。

「行くか」

 龍平は壁伝いに進んで行くと、ようやく入口らしき扉を見つけた。その扉はカモフラージュのためか、壁と同じ白色で、遠くからは分かりにくいように工夫されていた。

 龍平は扉に手を掛けると、以外にも鍵は掛かっておらず簡単に侵入することができた。しかし、その龍平の姿を屋根の下に取り付けられていた監視カメラが見ていた。彼がカメラの存在に気付けなかったのは、彼らしからぬミスであった。カメラは彼の姿をはっきりと映している。


 一方、建物の中の最上階には、胸に金の勲章をいくつも付けた男が、黒い革製の椅子に座り、モニターを眺めていた。そこに一人の部下が現れた。

「隊長侵入者です」

 部下の言葉に、隊長と呼ばれた男は首だけを動かして振り向いた。

「そんなことは分かっておるわ」

 男は葉巻に火を点けると、壁に立てかけてある写真を見た。そこには神崎裕人の姿が写されている。

(あの方がいなければ、今頃私は・・・・)

 男はかつて日本軍の一人として最前線で戦っていた。しかし日本が敗戦すると、それまで英雄として扱われていた彼は犯罪者として裁判にかけられることとなった。今まで畏怖と尊敬の眼差しで自分のことを支持していた者達は、まるで汚れた者でも見るように、男の罪を糾弾した。しかし裁判の結果、彼は戦犯として処刑されることはなかった。だが、社会に戻っても、彼の住む場所はない。つまらない傷害事件を起こして、投獄された彼は、ある夜奇跡の出会いを果たす。

 その日は何故か寝つけなかった。夜中の2時になっても、一向に眠気が襲って来ない。気付くと、鉄格子の扉が開け放たれていた。あの生真面目な刑務官がカギを閉め忘れるなどどいうことはありえない。しばらく呆然と、その状況を観察していると、男が鉄格子の前に立っていることに気が付いた。


 その男は自らを神崎裕人と名乗り、鉄格子の中に入って来た。男は生まれて初めて恐怖した。戦場でも常に死を意識し、いつ死んでも構わないと考えていた男は、初めて目の前の神崎裕人を怖いと感じた。その神崎裕人という男は、銀髪の髪に碧眼の、まるで外国人のように見えたが、れっきとした日本人で、何故か、まるで友人に話しかけるように、男に語りかけるのだった。

「君は・・・・名前を・・・・教えてくれないか」

 裕人は口元に妖しげな笑みを浮かべ、そう尋ねてきた。

「火野久作・・・・」

 男は自らの名を口にした。戦争経験者ならば、嫌でも覚えているテロリストの名前だ。

「ほほう、君は実に数奇な人生を歩んでいるようだね。ここで殺すには惜しいな」

 裕人は、両手で久作のこめかみにそっと触れた。

「うあああああ」

 久作は思わず叫んだ。裕人に対して恐怖していることがバレるのは、彼の本意ではないが、当の裕人は何も気にしていないようだった。

「友達となった証に、気味に良い物をあげよう」

 裕人は自分の手首を手刀で傷つけると、ダラダラと黒い油のような液体を、手首から垂らし、それを久作に見せた。

「この液体を一口飲むのだ。さすれば君の願いは叶うだろう」

 この日から久作にとって、忠誠を誓う相手は国ではなくなった。神崎裕人という一個の物体、彼の支配する世界を作るために、久作は生きることとなった。


「隊長、侵入者が、A部隊からD部隊までの全部隊を全滅させた模様です」

「そうか、ならば私が出るしかあるまい」

 久作は椅子から重い腰を上げた。

「全てのゲートを開放し、敵をここに連れて来い。あの方の敵はネズミ一匹たりとも生かしては返さん」

 久作がそう命じると、建物内のすべてのゲートが言われた通り、全て開かれた。

「さて、行くか」

 久作はモニター部屋を出ると、一直線に長い廊下を、革靴でコツコツと音をさせながら歩いた。丁度目の前に、がっちりとした体の若い男が、同じく久作の元に真っ直ぐ向かっていた。そして両者の眼が合った。先に口を開いたのは、久作の方だった。

「貴様が敵か・・・・」

「ダムを開放してもらおう」

「ふん、力のない者の異見は聞かぬ主義でね」

 久作は腰元からムチを取り出した。

「ふふふ、死ぬが良かろう」

 久作はムチを振り上げた。

「そんな玩具が効くか」

 龍平はムチを両手で受け止めると、そのまま引きちぎった。

「なんだと・・・・」

 久作は体制を崩し、前のめりに倒れそうになる。龍平はそのスキに跳躍すると、天井の壁を蹴り、空中から久作に向かって急降下した。

「奥義、飛蝶」

「甘いわ」

 久作はニヤリと笑うと、体の緊張を急に解き始めた。

「何を企んでいるんだ」

「見ておれ」

 久作の体が突然その場で消え始めた。まるで手品のように、足先から頭まで姿が消えてしまった。

「な、何だと」

 龍平は技の狙いが定まらず、その場で着地した。そして周囲を見回した。

「何処だ出て来い」

 龍平の言葉に久作が笑う。しかし姿は見えない。すると突然龍平の脇腹が突然、ナイフか何かで斬られた。

「ぐっ・・・・」

 龍平は斬られた個所を押さえて蹲った。何と脇腹には刺し傷が付いている。

「ふふふ、どうだ出てきたぞ」

 龍平の腕が、その次は足が切り刻まれていく。どうやら久作は見えないところから攻撃しているらしい。

「見えないのなら・・・・」

 龍平は血塗れの体を引きずるように立ち上がった。そして深く目を閉じた。

「何の真似だ?」

「どうせ見えないのなら眼を閉じても同じだろう。これが天結の奥義の一つ、光明だ。視覚を封じる代わりに、その他の感覚を鋭敏にする」

「無駄だ」

 久作は跳躍しながらナイフを、龍平の右肩目掛けて振り下ろした。その時、それに呼応するかのように、龍平の瞳がクワッと開かれた。

「僕の射程圏内に来たな」

 龍平の拳が金色に光る。

「行くぞ」

 龍平は拳を突き出すと、眼にもとまらぬ速さで拳のラッシュを放った。

「ぐはははあ」

 久作は上空に打ち上げられると、そのまま何百発もの拳の乱打を全身に浴び続けた。

「終わりだ」

 龍平は久作の顔面に強烈な右ストレートを決めた。同時に久作の体が露わになり、そのまま壁に叩きつけられた。

「馬鹿な、我がカメレオン化の秘術が、あの方にも認められた能力が・・・・」

「悪いが僕の奥義、百花には敵はない」


「がは・・・・」

 久作は血を吐きながら、立ち上がろうとした。しかし体の部位がズタズタとなっているので、負荷を加えた部位から、まるで枯れ枝のように崩れ落ちてしまう。

「やめろ、もう無駄だ。僕の奥義百花は、何百発もの拳を叩きこむと同時に、君の体の部位を、点と呼ばれる急所の部位を全て破壊しているんだ」

「だが、私は・・・・」

 久作の体が龍平の前で砂のように崩れ落ちた。

「こんな人物が何故グールなんかに・・・・」


 

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