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不死の軍団

 吹き溜まりの村、ここがそう呼ばれるようになったのはいつからだったか、戦後日本は、高度経済成長期により、急速に発展、その結果、ハイテク化により国民の生活は、便利になったと思われていた。しかしこの急速な変化について行けなかった者達もいる。そんな社会から爪弾きにされた人間が、まるで吸い寄せられるように、集まってきたのが、吹き溜まりの村である。


「ここが、吹き溜まりの村か、なるほどこれは癖がありそうだ」

 龍平は辺りを見回した。路上には小汚い格好をした老人や、客引きを行う娼婦、その他、昼間から酒を煽り、暴れているならず者など、いずれも心に闇を抱えた者達が、生活を営んでいる様子が分かった。まるでこの空間だけ、切り取られて別世界のように見えた。

「おい、兄ちゃんよお・・・・」

 龍平に一升瓶を持ち、顔を赤くし、まるでひきつけでも起こしているかのような、髭面で大柄の男が、龍平の肩に手を置いてきた。

「早速か・・・・」

 龍平は深くため息を吐くと、大柄の男をじっと見つめた。そして懐から、財布を取り出し、お札を一枚男に見せた。

「これをやる。代わりに情報を教えて欲しい」

 

 龍平の問いに男は、しばらくお札と龍平の顔とを交互に見ると、急に激高し、一升瓶を龍平の頭上に振り下ろした。

「この野郎。俺を金で釣ろうってかあああ」

 男の一升瓶は龍平の頭部に当たり、粉々に砕け散った。その姿を見ていた他の住人は、口をへの字に曲げ、その様子を笑っていた。しかしすぐにその表情は凍りつくこととなる。

「げえ、こいつびくともしねェ・・・・」

 男は腰を抜かすと、少しずつ龍平から距離を取った。

「おい、僕は君をどうにかしようという気はない。ただ聞きたいことが・・・・」

 言い切る前に男はいなかった。大きな体からは想像もつかないほどのスピードで、どこかに走り去ってしまったのだ。それを見て龍平はまたも溜息を吐く羽目となった。

「おい、兄ちゃん・・・・」

 再び龍平に声がかかる。今度は誰だと、疲れた顔で振り返ると、同じぐらいの背丈をした、黒のスーツ姿に、顔にバツ印の傷痕を付けた、見るからに危険そうな目つきの悪い男が、何人かの、同じく黒スーツを来た男達を引き連れ、龍平の周りを囲んだ。

「見ない面だな。ここはあんたみたいな、もやしが来る場所じゃない。帰んな」

 スーツの男は見た目とは裏腹に、ぶっきらぼうだが、どこか温かみを感じさせる声で、そう忠告してきた。


「忠告感謝する。でも僕は自分でここに来たんだ」

 龍平は胸を張って、男を見た。その男も龍平の眼を見て何かを感じたのか、彼の部下と思わしき、他の男達を立ち退かせると、龍平の眼を真剣な眼差しで見つめた。

「お前、どこかで見た気がするぜ」

 男の発言に、龍平の眉が僅かに動いた。彼も同じことを考えていた。この男のことを自分は知っている気がする。どうも初めて会う気がしないのだ。そしてしばらく互いに無言のまま、顔を見合わせていると、龍平の眼に懐かしい面影が浮かび上がってきた。

「ああ・・・・」

 龍平は気付いた。その表情を見て男も思い出したらしく、目つきの悪い瞳を輝かせ、昔のように、悪戯っぽく笑った。

「龍平」

「葉太郎」

 二人同時に名前を呼びあった。スーツの男は、伊能組の次期党首、伊能葉太郎。龍平の幼馴染で、現在は父の後を継ぎ、当主として活動していたのだ。

「ここはまずいから少し歩こう」

 葉太郎は龍平を連れて、塗炭の小さな家に入った。そして適当な板の椅子に腰かけると、神妙な顔つきになった。

「何故、突然消えた?」

 葉太郎は、5年間ずっと抱き続けていた疑問を口にした。龍平の顔が暗くなる。それを察したのか、葉太郎は、急に大声で笑い始めた。それも建物中に響くような声で。

「冗談だよ」

「話すよ・・・・」


 笑って誤魔化す葉太郎に、龍平は真剣な眼差しで語り始めた。そこで自分が、あの夜に何が起こったのか、父が殺されたこと、福音の庭での生活、有馬美園との出会いについて、丁寧に説明した。とても信じられるような話ではなかったが、今の世の現状を見て、信じざる得なかった。

 龍平が話し終えると、今度は葉太郎が語り始めた。内容は龍平が消えた後のこと、そして同時に裕人のこと、裕人がプリズム教団の教祖となっていること、自分に金を工面するように依頼してきたことなどを説明した。


「そんなことが・・・・」

「ああ、裕人はお前がいなくなった後、急に学校に現れて、俺はこの世界を支配するって言ったんだ。そして瞬く間に消えて言った、幻かと思ったが、そうじゃない。奴はそれから一か月足らずで、何千という人間を魅了し、元々この地区にあったプリズム教団を、今や日本全国に広がる、巨大宗教に変えた」

「ああ、知っているとも」

「そうだ、お前に会って欲しい奴がいるんだ」

 葉太郎は急に立ち上がると、建物の奥に消えて行った。そして数分後に一人の、紫色の着物に身を包んだ艶やかな女性を連れてきた。

 龍平は思わず生唾を飲んだ。女性があまりにも美しかったからだ。

「実はここ、売春宿なんだ」

「えっ・・・・?」

 龍平は驚いた椅子から転げ落ちそうになった。あれだけ真剣な話を、売春宿でしていたと考えると、無性に腹立たしくなった。

「な、それを早く言ってくれよ」

「怒るなって、理由があるんだよ」

 葉太郎は、女性に目で合図すると、女性は静かに頷き、龍平の前にきた。近くで見るとやはり美しい。良く手入れされ、一本にまとめられた漆黒のような長い髪、思わず見とれてしまうほどの、魔性の色気があった。


「お久しぶりね、龍平」

 女性は親しげに龍平の肩を叩いた。それに対して龍平はビクッと体を揺らすと、思わず後ずさった。

「君は・・・・?」

「ふふ、覚えていないわよね。私は早苗よ」

「まさか、あの早苗なのかい・・・・?」

 龍平は早苗の姿を観察した。確かに言われてみれば、そう見えなくもない。しかし問題は何故、彼女がここにいるのか、その一点に尽きる。

「驚いたいるようだな、俺が説明するぜ。早苗の家はな、両親がプリズム教団の信者で、月に一回、多額のお布施を払っていたんだ。そう裕人にだ。その結果、一家は離散、残された彼女はここで働いて、生計を立てている。俺自身、何度早苗を救おうとしたか、だが早苗は強いからな、全部自分で何とかするって、俺が渡した金を全部返しやがるんだ」

 龍平は話を聞きながら涙した。不幸なのは自分だけではない。裕人に関わってしまった人達は、みな過酷な運命に曝されている。

「そうだったのか。分かった。実はこれから裕人に会いに行くつもりだったんだ。裕人と決着が着いたら、またここに戻って、君を向かいに行くよ」

 龍平は精一杯それだけ伝えると、宿を出た。葉太郎もそのあとを追った。


「待ってくれ、俺も行くぜ」

「待て、これは僕の問題だ」

「いや、俺達の問題だ。それに見ろ」

 葉太郎は、外に停めてある自動二輪車を手で押して、持ってきた。

「このバイクを借りて行こうぜ」

「勝手に使って大丈夫かな・・・・」

「構わないさ。それに徒歩で進むのは時間がかかる」

 葉太郎はバイクのエンジンを入れると、龍平に後ろへ乗るよう促した。龍平は仕方なく、後ろに座り、葉太郎の腰に手を添えた。

「裕人がいる場所は分かってるんだ。奴は恐らく霧島山の辺りにいるはずだぜ」

「どうして分かるんだ?」

「おいおい、奴がいる場所も分からないで歩いてたのかよ。実はな、そこには教団の総本山、魔神殿という建物があるんだが、若い衆の奴らが持ってきた情報によると、裕人は魔神殿から出ようとしないらしい。何故か分からんが、九州の地から離れようとしない。だからいるはずなんだ霧島山に」

「霧島山に魔神殿があると?」

「ああ、見れば分かるぜ、美しい自然には不釣り合いな、禍々しい建物がよ」


 二人を乗せたバイクは、吹き溜まりの村を抜けて、広い道路に出た。そこはガードレールがなく、周りは畑に囲まれていた。あまり端に寄りすぎると、堀に落ちてしまい大変なことになる。なので葉太郎は常に道路の真ん中を走っていた。

 後続車も対向車も来ないので、遠慮なく走れる。風を全身に受けながら、二人は無人の道路を進んで行った。


 あれからどの位走っただろうか、どこまでも続く真っ直ぐな道路は、まるでループしているようにとにかく、変化がなく、あれほど照りつけていた太陽も、もはや沈みかけていた。

「まずいぜ、黄昏時って奴だ。そろそろ宿を見つけたいな」

「ああ、あそこに集落がある」

「ひゅー、助かったぜ」

 二人はようやく道路の無間地獄から解放された。集落は店も何もなく、簡素であったが、野宿の心配が減っただけでも、二人にとっては嬉しかった。

 ある民家の前でバイクを降りた二人は、早速、入り口の戸を叩いた。

「すいません」

 反応がない。仕方なく、もう一度扉に向かって手の甲を突き出したとき、龍平は背後から迫る殺気に気が付いた。

「葉太郎。ちょっと離れててくれ。誰かいる」

「え?」

 龍平は葉太郎を退かすと、背後にいる緑の軍服に身を包んだ男を睨み付けた。

「俺の気配を感じ取るとはなあ・・・・」

 軍服の男はニヤリと歯を見せて笑った。胸にはプリズム教団のシンボル、血の碇マークがついている。そして眼には生気がなく、全身から発せられる腐敗臭から、人間ではないことがすぐに分かった。

「やはり教団の者か・・・・」

 軍服の男は腰から革製のムチを取り出すと、それを龍平目掛けて振るってきた。

「ちっ」

 龍平の腕にムチが巻き付く。まるで蛇のようにグイグイと、彼の腕を強く縛った。

「ふへへへえ・・・・」

 男は笑いながら、ムチを自分の方に引っ張った。それに伴い、龍平の体もジリジリと男の元へ、近づいて行った。

「龍平」

 葉太郎は叫んだ。しかし龍平の腕はうっ血し、赤紫色に変色している。このままでは腕に血液が通らず、腐ってしまうだろう。

「葉太郎、大丈夫だ。僕はグールになんか負けない」

 龍平は拳に力を込めた。するとムチに拘束されている腕が金色に光り始めた。

「ぬおおおおお」

 龍平が力を込めると、ムチがちょうど中心の方から千切れた。

「うおお・・・・」

 その反動で男は龍平のいる方に吹っ飛んだ。龍平は待っていたとばかりに、飛んできた男の顔を、右の拳で殴りつけた。

「うげあああああ」

 男は奇妙な声を発しながら、上に向かって吹っ飛ばされと、そのまま空中で体が四散し、赤黒い血と肉に分解され、ただの汚物と化した。

「す、すげえ」

 葉太郎は感心して見ていたが、龍平の緊張はまだ解けない。

「くそ、敵は何人いるんだ」

 龍平の眼が、正面から向かってくる、軍服の軍団を捕えた。顔色は青く、白目を剝いたグールの集まりだ。数で言えば丁度15人いる。

 彼らは血肉の匂いを嗅ぎ分けてきたのか、全員が全員とも涎を垂らし、物欲しそうにしていた。

「来るぞ」

 龍平の言葉と同時に、グールが一斉に二人に襲いかかってきた。

 

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