表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

旅立ち

 有馬美園との出会いが、龍平の運命を変えた。そして彼女による、幻の武術天結の修業が始まろうとしていた。

「さて、まずは基本的なことをいくつか教えておくわ。まず一つが、天結は体の中にある気の流れを操り、気の力によって、相手の体内に存在している点を破壊することが極意。点は生物の急所。どんな強靭な獣も、必ず点を宿している。しかし点は普通の状態では触れることはおろか、見ることすらできない。気を自由に使いこなせるようになることで、点を確認し、触れることができる」

「はい」

 龍平がどの程度理解できたかは怪しいが、美園は実際に見せるため、大木の真正面に立つと、大きく呼吸をし、両手に力を溜めた。

「これから私はこの大木の点を突き、破壊してみせるわ。木は植物で生き物なので、点が存在する」

 美園の全身が金色の光に包まれる。そしてその光は彼女の右拳に集まっていく、まるで空手の瓦割りのでもするように、拳を何度か、前後にゆっくりと動かし、勢いをつけた。

 その様子を龍平は固唾を飲んで見守っていた。


「可哀想だけど、我慢してね」

 美園は一滴だけ涙を流した。そしてクワッと瞳孔を開いた。

「はああああああ」

 美園の右拳が、大木の中心にぶつかった。結果、彼女の拳から血が出るわけでも、大木が倒れるわけでもなく、静かな時間が流れた。不審に思った龍平が声を掛けようとしたその時・・・・。

「あっ・・・・」

 龍平は大木が死んでいく姿を見た。あんなに生命力に溢れていた緑葉が、一瞬にして色を失い、真っ黒なススのように変色した。さらに大木から派生した無数の枝も粉々に粉砕された。しかしそれ以上に龍平を驚かせたのが、大木から聞こえる音だ。まるで狼の遠吠えのような、高く悲しげな音を出しながら、折れるのでもなく、まさにその場で砕け散っていくのだ。そして最後には大木は跡形もなく、地上から消滅した。


「今の音は・・・・」

「今のは死の音よ。いつ聞いても慣れるものじゃないわね」

 美園は言いながら、血を吐いた。やはり天結を使用することは彼女の肉体には重い負担らしい。

「さあ、次に説明するのが、内気(ないき)外気(がいき)よ。内気は肉体の中で自発的に生成された気のことで、外気は、その気を体外に放出すること。基本的に内気を習得しなければ、外気は使えない。天結は外気によって、体内にある気を、拳などに込めて、相手の点を突く武術だから、外気を習得しないことには何の意味もないわ。点は気でしか触れることはできないしね」

 龍平は彼女の話を黙って聞いていた。そして天結を習得することがいかに厳しいことであるのかも知った。

「さあ、教えてください。気の力を、その使い方を」

「ふふ、良いわよ。これを覚えなければ、日本は、いえ世界の未来はないのだから」


 その日から美園は、龍平に毎日天結を教えた。不思議なことに、あれだけ弱っていた肉体が、龍平という生命力に溢れた存在と関わる中で、少しずつ輝きを取り戻してきていた。病は気からという言葉はあながちウソではないと、美園は思った。

 一方、龍平は彼女の要求に、学校にも遊びにも行かずに、毎日草原に来るよう指示されていたため、その言いつけを守り、ひたすら福音の庭と、草原とを行ったり来たりする日々を送っていた。しかし退屈はしなかった。美園は、龍平に天結以外にも、国語や数学、社会に理科といった教養から、女性の口説き方、言葉の上手な使い方、面白い小説など、本当に知る限りのことを伝えていった。だから龍平にとっての世界は決して狭くはなく、とても充実していた。


 夏を迎え、秋を迎え、冬を迎え、春になる。一年があまりに短く感じる。どちらかと言えば色白で華奢だった龍平の肉体は、たくましくなり、表情も凛とした強い信念を感じさせる、男の顔になった。しかしそのうえで、彼の従来の優しさも失われてはおらず、草原のように広く、ときには火山のように燃え上がる、強い男性として成長していった。そして5年の月日が流れた。

 1965年、19歳になった龍平は、今日も美園に呼ばれて、いつもの草原に来ていた。しかし今日は何かが違っていた。何となく肌寒く、気味が悪かった。


「来たのね・・・・」

 美園は既にいた。顔は青く、息も荒かった。その様子に龍平は悟った。この日々の終焉を、自分は再び大切なものを失うことを

「先生、病気が・・・・」

「そうよ、あなたの言うとおり、もう私の命の灯は尽きようとしている。でも後悔はしていない。あなたと出会わなければ、もっと早くに死んでいた気がする。そして今日が最後の修行よ」

 美園は言いながら、クシャクシャに丸まった新聞紙をm龍平に投げた。

「これは・・・・」

 龍平は新聞紙を広げると、そこには恐るべき内容が書かれていた。

 プリズム教団、信者が100万人超える。それは龍平の宿敵、神崎裕人の台頭を示すものだった。

「何てことだ・・・・」

 龍平は驚いていたが、プリズム教団の躍進ぶりについては、彼が修行を始めてから、徐々に勢力を伸ばし、力をつけていたので不思議ではない。美園は龍平の修業の妨げになると、それらの情報を彼に知らせなかった。つまり、龍平が修行し変わったように、裕人も教団をどんどん巨大化させ、日本を、世界を支配するための策を順調に進めていたのだった。

「教祖である神崎裕人は、病気や貧困に喘ぐ人々を集め、自らの力でグールに変え、下僕をどんどん増やして行った。まさに最悪。グールは裕人に忠誠を誓い、決して恐怖することもなく、後退することもない。これがあなたと彼のそれぞれの5年間なのよ」


「僕はどうしたら良いんだ」

「簡単よ。私との最後の修業を無事に合格すること・・・・」

 美園は突然構えると、その場で大きく跳躍した。そして龍平に向かってとび蹴りを放った。

「あっ・・・・」

 龍平は咄嗟に背後に飛んで避けた。

「まだまだ」

 美園は右手に気を溜めると、龍平に殴りかかった。

「そりゃ」

 龍平は両手で美園の鳩尾を突き、彼女と距離を取った。

「甘いわよ。攻撃が消極的すぎるわ。もっと打ってきなさい」

 美園は龍平の顔の前に右手をかざした。その瞬間、バンッという風船の割れたような音と共に、龍平の体が後ろに飛んで行った。そして背中を土の上に打つと、彼は少量の血を吐いた。

「がああ・・・・」

 龍平は起き上がれず、膝を土に突けたまま呼吸を整えた。

「気を弾丸のように飛ばすなんて、流石先生だ」

「感心している場合。さあきなさい」

「うおおお」

 龍平の体が金色に光った。そして凄まじい速さで美園の眼前に瞬時に移動した。

「は、速い・・・・」

 美園には全く見えなかった。一瞬にして龍平の拳が当たる、射程範囲内に彼の侵入を許してしまった。そして既に彼は拳を握りしめている。防御することもできない。むしろ下手に防御すれば、腕がへし折れてしまうだろう。


「くっ・・・・」

 美園は覚悟した。だが龍平は拳を広げると、彼女を殴るのではなく、両手で抱きかかえた。

「な、何してるの・・・・」

 美園は困惑していた。攻撃をするように指示したというのに、龍平は何をしているのだろうと、呆気にとられ、言葉を失っていた。しかし彼の表情は違った。なんと涙を流し震えている。

「む、無理です先生。昔の先生だったら、今の攻撃は見切っていました。でももう無理なんです。先生は限界なんです。それが分かってしまった。


「龍平・・・・」

「もうやめましょう。ここで先生を殺すぐらいなら、もう世界がどうなったて僕には・・・・」

 言いかけたところで、美園は龍平の頬を平手打ちした。

「な、何を言っているの、私なんかどうでも良い。今までそれを教えてきたというのに、なんで分からないのよ。そんな考え方では、狡猾な神崎につけ入られてしまうわ。もうだめね。あなたは弟子失格よ。早く私の前から消えなさい」

 美園は怒りのあまり声を震わせた。しかしその眼は龍平と同じように、涙で潤んでいた。

「今までありがとうございましたッ」

 龍平は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、震えて情けなく、甲高い声で、なおも泣き続けた。

「このご恩は一生忘れません。有馬美園という師がいたこと、あなたとの思い出、全て忘れません」

 龍平はこの世に生を受けて、初めてここまで泣いた。そして美園もずっと涙を見せなかったというのに、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

「ありがとう。感謝するのは私の方なのよ。私は幸せだったのよ。あなたと出会えて・・・・」


 その後、美園は息を引き取った。実に穏やかな死に顔に、とても病死とは思えなかった。龍平は彼女の亡骸を草原の土に埋めると、簡易だが木製の十字架を挿し、墓とした。

「さようなら先生」

 


 その日の夕方、龍平は旅立ちのために、福音の庭に別れを告げようとしていた。だが、彼が見たものは、彼の望んでいた別れの風景とは違っていた。

「な、まずい」

 龍平は美園の墓を造るのに夢中で、それに気付くことができなかった。なんと福音の庭が、彼の第二の故郷から火の手が上がっている。それは火事ではない。確実に放火だ。

 龍平は走ると、坂を下り、一気に福音の庭までたどり着いた。そして、入り口の門に、服が黒焦げの状態で倒れている、職員の彩を発見した。

「彩さん。どうしたんです。何があったんですか・・・・」

 龍平は彩を抱きかかえると、近くにあった藁の上に彼女を寝かせた。

「ああ、私は今朝にお布施を断ったの。そしたら背信者と言われたわ・・・・」

「何を言っているんだ」

「き、聞いて・・・・。プ、プリズム教団は、背信者に罰を与えると、建物に火を・・・・うう・・・・」

 彩は金魚のように口をパクパクと開閉させると、そのまま気を失った。

「くっ・・・・彩さん・・・・。気を失っているだけか」

 龍平は立ち上がると、門を越えて、福音の庭に入った。そして叫んだ。

「来い、僕の家を破壊するのは誰だ。僕が相手だ」

 龍平の声に呼応して、白いローブに身を包んだ、男とも女とも見当のつかない怪しげな邪教徒たちが現れた。そして奴らの皮膚は全員が全員青く、体からは腐臭がした。グールに間違いない。

「何だ貴様は、うけけけ、プリズム教団に刃向う気か?」

 ローブを着た邪教徒達に一瞬で囲まれる龍平。しかしその表情は静かなる怒りに満ちている。決して怯えてなどいない。


「来い」

 龍平は指を使ってこっちに来るよう挑発した。

「き、貴様」

 邪教徒達が一斉に襲い掛かる。龍平は見透かしたように、その場で大きく跳躍すると、そのまま空中で回転しながら急降下し、回転蹴りを邪教徒らに浴びせた。

「うげえええ」

 邪教徒達は悶え苦しみ、四方八方に飛び散らばっていく。そして全身が多量の血を噴出すると、そのまま動かなくなった。

「これが天結だグール共」

 龍平は建物に残っている子供達を次々と救出し、門の外に連れて行った。そして一人になったところでため息を吐いた。

「いい加減にしてくれないか。隠れるのは」

 龍平は瓦礫の山に対して言った。すると瓦礫の山が小刻みに揺れ始めた。


 瓦礫の山が崩れ落ちると、中から巨漢の男が現れた。

「げへへへへ、良く分かったなあ」

「分かるさ。悪い奴の考えなんて」

 龍平は構えた。男は恐らく、今回のグール軍団の首領だろう。他の者達とは一線を画す雰囲気を放っている。

「俺の名はゲバル。教祖様のお力により、痛みも恐怖も感じない最強の生物に改造して頂いたのだ。マヌケな部下共はすぐにくたばったが、俺は死なんぞ」

「じゃあ、試してみようか」

「小癪な」

 ゲバルは両手から15センチ程の長さの銀色の爪を出すと、龍平に襲いかかった。

「貧相な武器だ」

 龍平はゲバルの爪を両脇に挟むと、そのままへし折った。

「な、なにい・・・・」

「行くぞ、はあああああ」

 龍平は右手を男の頭上に掲げた。

「見えるぞ、縦一直線に二つの点」

 龍平はゲバルの頭部から股先まで一直線に、手刀で真っ二つにした。

「奥義、奪命」

「あぐぐぐぐぐ」

 ゲバルは真っ二つになると、切断された部位から多量の血液を放出しながら、背中から地面に倒れた。そして倒れ拍子に目玉が飛び出て、地面の上を転がった。龍平はそれを足で踏みつぶした。ぐちゃっという卵を潰したような音、化け物は汚物のように、地面に転がるただの肉塊となった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ