宿命と始まり
第一話 出会いと宿命
1960年日本、九条龍平は父の九条徹平と共に10年ぶりに故郷の九州の地に帰ってきた。
「ほら龍平、あそこが新しい我が家だ」
徹平は車を運転しながら、龍平に窓を見るように促した。
「ああすごい・・・・」
龍平は瞳を輝かせた。助手席の窓に映っていたのは、この時代には珍しい西洋風の建物で、外壁は赤いレンガ、屋根は黒く塗られていた。そしてそれは木々の生い茂る森の中にたたずんでいた。
「でもなんで?」
龍平は首を傾げた。無理もない。突然父に九州に帰ると告げられ、ついて行ったら派手な洋館が現れたのだ。誰だって疑問に思うはずだ。
徹平はアクセルを強く踏むと、森の奥へと車を走らせた。時折、車輪が小枝を踏み潰し、砂利の上も平気で進んでいくので、車内は非常に揺れた。
「心機一転だな」
徹平は龍平の顔を見ながら言った。
「母さんのことは残念だった。あの家にいるとお前が思い出して辛いだろうと思ってな。いっそ田舎に戻ろうと決めたんだよ」
母の事が話題になった瞬間、龍平の顔は暗くなった。
龍平の母、九条静香は交通事故で去年亡くなった。あまりに突発的な出来事に龍平は傷つきふさぎ込んでいた。彼は今年で14歳となるが、まだまだ母親の必要な年であったし、こんな別れがあるのかと、彼自身宿命というものを憎んだ。
「ほら着いたぞ」
徹平は洋館の前で車を止めると、龍平を降ろした。そしてガレージに車を後ろ向きに止めると、玄関のドアを叩いた。
「私だ開けてくれ」
玄関のドアが開かれると、白と黒の衣装に身を包んだ若いメイドとスーツを着た白髪に白髭を生やした、見た目で判断するに60歳ぐらいの男性が二人を出迎えた。
「旦那様にぼっちゃんお帰りなさい」
龍平は白髪の男性を見ると、母親に甘えるように抱きついた。
「爺か、見ないと思ったら先に来ていたんだね」
龍平が爺と呼んだ人物は、古くから九条家に仕えている執事だった。
徹平は二人の様子を微笑ましげに見ていたが、すぐに仕事用のキャリーバッグを片手に、執事と共に洋館の中へ入って行った。そして龍平の方をチラリと見ると、笑いながら言った。
「何をぼーっとしているんだ。久しぶりに葉太郎君と早苗ちゃんに挨拶でもして来い」
龍平は父の言葉に眼を大きく見開いた。
久しぶりに聞いた幼馴染の名前に龍平の胸に懐かしい記憶が蘇る。
葉太郎と早苗は龍平の親友だった。いつも三人で行動し、昆虫採集に釣り、思いつく限りの遊びをしたのを覚えている。二人の顔を、成長した姿を見てみたい。これは当然の気持ちだと言える。
「じゃあ、町へ出てみようかな」
龍平が言うと父はやはり笑っていた。
「行ってきます」
龍平は新居に別れを告げ、森の中へと消えて行った。
* * *
しばらく森の中を散策していると広大な草原に出た。草丈の短い草が足元に広がっている。
足の痒みを我慢しながら進んで行くと、一本の大木にたどり着いた。大木に手を突き休んでいると、ひょっこと木の裏から制服を着た女性が現れた。
「うわ」
驚くあまり素っ頓狂な声を上げる龍平。女性は、制服を着ており、胸の部分に大きな赤いリボンが付いており、スカートは焦茶色で、それよりも薄い茶色のブレザーを着ている。近くの学校の女子学生だと思われるその女性は、年齢は15から18ぐらいで、スラリとした白く長い脚に、均整のとれた体、そして何より腰まで伸びた黒髪が美しく、切れ長の涼やかな眼が、魔性の色気を醸し出していた。
「あなたは・・・・」
黒髪の女性は、見た目通りの静かな声で、龍平に語りかけてきた。
「あなたは宿命を信じるかしら」
黒髪の女性の言葉に龍平は首を傾げた。見たことも会ったこともない女性から、突然わけの分からない質問をされれば、戸惑うことは不思議ではない。
「あの・・・・なんて・・・・?」
龍平は彼女の言葉の真意が分からず、思わず聞き返した。すると彼女は右手を差し出してきた。どうやら握手を求めているようだ。白く細い腕が、龍平の視線を釘付けにした。
「な、なんですか?」
龍平は思わず後ろへ下がった。思春期の男子としては、女性の手をタダで握れることは嬉しい。しかし女性の異様な雰囲気に、完全に肝を冷やしてしまった龍平は、早くこの場を収めたかった。それを見透かしたように、その女性は龍平に近づくと、無理やり手を握った。
「うっ・・・・」
瞬間、龍平の手に痛みが走る。それはまるで手のひらに高圧電流を流されたみたいな衝撃だった。
「フフフ・・・・」
女性は静かに笑うと、龍平の元から離れ歩き始めた。
龍平はしばらく彼女の後姿を見守っていた。
彼はまだ知らなかった。この出来事こそが、彼と彼を取り囲む者達の逃れられない宿命の始まりであったことを、そして訪れる過酷な運命を、人ならざる者との闘いを、彼は後に気付くだろう、この出会いが前世からの約束であったことに。