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ソフィーのお話

五月××日 水曜日 晴れ


今日はとてもよく晴れている。


こんなに清々しい空はいつぶりだろうか。

ソフィーは考えた。


ここ数年、この町には雨と曇りの日しか訪れていなかった。


もともとそういう場所なのだが、ここまで続くのは

流石に異例のことだった。


ソフィーはひとり暮らしだった。

だから毎日、目覚めたらすぐに町外れの森に

木の実を拾いにいくのが日課だった。


そして、それがソフィーの唯一の楽しみとなっていた。



ソフィーの町では最近、人が殺される事件が

何件も立て続けに起きていた。


住人の中でも話題になっており、昨日からは

夜の外出は控えるように、という知らせまで届いたほどだ。


噂はあまり気にしないソフィーだが

ひとつだけ気になる噂があった。


その噂はソフィーがいつも木の実を拾う場所の

すぐそばにある泉にこの事件の犯人がいる、

というものだった。


今まで噂に流されるなんていうことは

ソフィーには到底ありえないことだったが

自分がいつも行く場所の近く、というのが

この、素直な少女の好奇心を煽ってしまったのだ。


だからソフィーは今日、その噂を確かめるため泉にいくつもりだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――




ソフィーはまず、普段通りの場所で木の実を拾った。


ソフィーのお気に入りは双葉が生えた白くて珍しい木の実だった。

甘酸っぱくてとても美味しい木の実はソフィーの大好物なのだ。


たくさん木の実を拾って疲れてきたあたりで

そろそろ泉に行こうと考えた。



泉へ行くのはこれが初めてではなかったソフィーは

吸い込まれるように歩いていった。




挿絵(By みてみん)



―――――――――――――――――――――――――――――――――



久しぶりに訪れた泉には人気は無く、

ジメジメしていて食料になりそうなものすらない。


《本当にこんなところに犯人はいるのかしら?》


ソフィーは心の中で思った。


このままこうしていても見つけられないと

悟ったソフィーは近くにあった岩に登ってみることにした。


だが、登った岩は苔に覆われており

バランスを崩したソフィーは滑って転んでしまった。


「きゃあっ!…痛っ…。……あぁ、大変っ!!」


転んだ拍子にソフィーは持っていた木の実を

全てばらまいてしまったのだ。


あたふたしながら一つ一つ木の実を拾っていると突然


「……大丈夫?」


と誰かに声をかけられた 。


驚いたソフィーはまた木の実を落としてしまい

それを見るとその人は少しだけ笑った。


木の実を拾うことを諦めたソフィーは

そこでようやく、その姿を捉えた。


見た目からするとまだ16~7だろうか、

ソフィーとあまり変わらないように見える。

綺麗なブラウンの髪は少し伸びていて

澄んだ瞳はきらきらと輝いていた。


ソフィーはこんな不思議な青年を見たことがなかった。


見つめられて困った青年は自己紹介をしてくれた。


「は、はじめまして。僕はシャルロ。

最近はよくここに来るんだけど、君もそう?

……あぁ、その木の実、美味しいよね。僕も好きだよ」


シャルロと名乗った青年はソフィーの木の実を

拾いながらそう言った。


その言葉、その行動だけでその青年が

とても心の綺麗な人なのだろう、というのは

手に取るようにわかった。


そして、つられてソフィーも自己紹介をした。


「はじめまして、私はソフィー。近くの町に住んでいるの。

今日は人を探すためにきたのよ。

あぁ、拾ってくれてありがとう、助かったわ」


ソフィーが一通り自己紹介を終えるとシャルロは

拾った木の実を手渡してくれた。


シャルロにとても好感を持ったソフィーは

これで終わってしまうのが寂しかった。


きっと、シャルロも同じだったのだろう。


ソフィーは帰り際、こういった。


「わたし、あなたにとても好意を持っているみたいなの。

今度ゆっくりお話をしたいわ。ねぇ、またここに来るから

そのときは一緒にお茶をしない?」


ソフィーの顔はきっと真っ赤だっただろう。

そして、シャルロは言う。


「嬉しいよ。僕、しばらくはここにいるつもりなんだ。

だから、暇なときはぜひ来ておくれ、待っているよ。」



もう、二人はその瞬間から恋に落ちていた。


そして、二人が出会ったときから運命の歯車は

狂ってしまっていたのだ。



挿絵(By みてみん)


―――――――――――――――――――――――――――――――――


六月××日 木曜日 曇り


この前はせっかく晴れていたに曇ってしまった。

今日はソフィーとシャルロがデートをする日だった。


あれから二人は何度か泉で話をしていた。

そしてソフィーが泉へ行った日から

パタリと殺人事件も止まり再び町には平和が訪れていた。

だが、せっかく町も落ち着いてきたにもかかわらず、

最近シャルロと話していると、突然ぼーっとしたり

表情が暗くなってなにも話さなくなるときがあった。


ソフィーはシャルロが好きだったし

シャルロもソフィーが好きだった。

だからソフィーは心配で今日こそはシャルロに

なにがあったのかを聞こうと思っていたのだ。




夜の8時頃、辺りが暗くなったとき

ソフィーは泉にたどり着いた。


シャルロに夜に来てくれ、と言われたのだ。


夜に来る泉は昼間と全く雰囲気が違い

少しだけソフィーは怖かった。


「シャルロ?どこにいるの?わたし、ソフィーよ。

早く出てきて頂戴、……わたし、怖くって…」


ちょっとだけ泣きそうな声でソフィーは呼びかける。


それから少ししたあと


「…ソフィー?…………あぁ!来てたのか。

ごめんよ、僕ったら居眠りをしてしまっていたみたい」


ソフィーはその声を聞いて安心しクスッと笑った。

そして、こう言った。


「起こしてしまってごめんなさい。

ねぇ、今日は少し歩きながら話さない?」


「ああ、そうしようか」


シャルロは微笑み頷いた。そして二人は歩き出した。



「……そういえば、こういうふうに歩きながら話すのは

これが初めてじゃない?なんか、僕いつもここにいるけど

君といるとまるで別の場所のように感じるよ」


シャルロが空を見上げながら言った。


「本当ね。」


ソフィーは質問のことで頭がいっぱいなのか

そっけない返事をした。


「ソフィー?元気がないみたいだけどどうしたんだい?」


あぁ、シャルロに心配をさせてしまったわ、

ソフィーは思った。


「ごめんなさい、気を使わせてしまったわね。

……実は私ね、今日はあなたに聞きたいことがあるの」


シャルロは不思議そうな顔をした。


「それはなんだい?なんでもいっておくれ」


ソフィーは決心したように話し始めた。


「最近、あなたったら私といるときに

とても暗い顔をしていることがあるでしょう。

私、とても心配で。ねぇ、なにがあったの?」


ソフィーは泣きそうな声で言った。

シャルロは押し黙っている。よく見ると小さく震えて

いるようだ。目には涙も浮かんでいる。


「……ソフィー、君は本当に不思議な人だね」


そしてシャルロはぽつり、ぽつりと話しだした。


その内容はソフィーには衝撃的すぎるものだった。


「……君が初めて僕と会った人のことを覚えているかい?

あの日、君は人を探してきた、と言ったね。

誰も人が寄り付かないような泉に来るんだ。

僕はすぐに村で起こっている殺人事件の犯人を探しに

ここまで来たんだろう、と思ったよ。

……きっとそうだったんだろう?


実はね、あの殺人事件の犯人は…………僕なのさ。


ずっと言わなくちゃって思ってた。でも言えなかった。

だけど君のことだ。薄々わかっていたんじゃあないか?

最初、君を見たときは、殺さなきゃ、って思ってたんだ。

でも、君は僕に優しすぎたんだ。

木の実を落とした時から僕の殺意はどんどん

薄れていった。自分から女の子に声をかけるなんて

生まれて此の方したことがなかったよ。


僕は、君に恋をしたんだ。


それからいままでのことをとても後悔したよ。

どうして、人を殺してしまったんだろう。

こんなに君が好きなのに僕には、この腕には

君を抱きしめる資格さえないって……。


こんな僕でごめんよ。

君と……もっと早く会っていたかった」


シャルロは哀しそうに語った。


ソフィーはなにをいっていいのかわからなかった。

だから、何も言わずにシャルロを抱きしめた。


そして、シャルロは耳元でこう言った。


「…………僕は明日の朝、自首するよ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――


六月××日 金曜日 曇り 8時13分


さっき、シャルロは自首をしてきた。

昨日の夜、私はどうしてもシャルロと離れるのが嫌で

何度も止めようとした。

けれど、だめだった。


今、町は大騒ぎになっている。

収まった殺人事件の犯人がいまさらでてきたのだ。

教会の神父はシャルロのことを悪魔や魔女だと叫んでいる。

私はもう頭が痛いよ。


ここで生まれ育ってきた私だからこそわかる。


シャルロは、確実に処刑されることになるだろう。


はたから見れば冷静かもしれないが

いま、私の心の中は嵐のように蠢いている。


私の感からすると処刑は午後だ。

あと、数時間でシャルロは死ぬ。


ああ、シャルロに会いたい。

ひとりは寂しい。ひとりは恐い。

いつもいた町が、いつも見ていた人が、

こんなにも冷たく思えたのは初めてだ。


シャルロ、あなたが死ぬのは嫌だ。

ひとりになるのは、嫌だ。



------------------------------------------------------------


9時52分


寒い、どうしてここはこんなに寒いのだろう。

外はきっと暑いんだろうな。外に出たい。


久しぶりに母さんの作ったスープが飲みたいな。

……ん?違うよ、母さんはとっくに死んだじゃないか。



今は何時だ?自分の犯したことについて話したのは

ついさっきな気もするし、何時間も前な気もするな。


なんだか調子が狂うなぁ。


きっと、この牢獄という場所は

なにもわからなくなってしまうんだな。


そうだ、あとで看守が来たら僕の刑についてきかなくちゃ。


今頃、ソフィーはなにをしているんだろうか。


------------------------------------------------------------


11時34分


掲示板に張り紙が貼られ、空から紙が落ちてくる。


すぐに人だかりができる。


地面に落ちたその紙を見ると

シャルロの処刑のことが書いてあった。


今日の14時、シャルロは処刑される。


まわりの野次馬はシャルロを哀れんだり

当然の報いだと怒ったり、と様々な反応を見せる。


私はシャルロが死ぬなんて信じられない。

たった数時間前には私の腕の中にいたのに、

木の十字架に手足を張り付けられて

火をつけられるなんてそんなの許せない。


シャルロは悪魔でも魔女でもない!私達と同じ人間だ。

喜んだり怒ったり、悲しんだりする人間だ。


本当の悪魔は、魔女は、シャルロを殺そうとする

お前達じゃないのか!?



ねぇ、シャルロ、おねがい、一度でいいから抱きしめて……。


------------------------------------------------------------

12時03分



体がだるい。

まぁ、どうせあと2時間で感覚なんてものは

必要のない世界へ行くんだろうけどな。


さんざん人の命や幸せを奪っておいて

それがいざ自分となるとこうも怖いものとは、

僕はただの自分勝手な坊やだったんだな。


怖いなぁ、死ぬってのは。

寂しいなぁ、世界から居なくなるのは。

悲しいなぁ、もうソフィーを見られなくなるなんて。


------------------------------------------------------------

13時28分


処刑所では人だかりができ、シャルロを殺す準備が

着々と行われている。


シャルロは牢獄でソフィーを想い

ソフィーは外でシャルロを想う。


それでも運命は決まっていて、あと三十分もすれば

シャルロは存在しないものとなる。


二人とも、まだ冷静だった。


自身の許容範囲をはるかに超えた定めの重みを

全身で受け止めながら二人は待っていた。


------------------------------------------------------------

14時00分



鐘が、鳴っている。


この鐘の音がこの町では処刑を始める合図だ。

小さな子供は母親に連れられ家へと戻り

暇を持て余した放浪者たちは処刑を見に

ぞろぞろと歩いてきた。


そして牢獄へ続く階段からシャルロが出てきた。

そして、二人の目が合った。


ソフィーは驚いた。

シャルロが、泣いていた。


あぁ、シャルロが泣いているわ。

どうしてこんなことになってしまったの……。

誰も、こんなこと望んでいないわ。


シャルロは処刑所にたどり着き

てあしを十字架に縛られているところだった。


そのとき、ソフィーはシャルロがなにかを一生懸命

伝えようとしていることに気がついた。


「……………………ぁ……あ…あ……ぁあっ!!」


シャルロが最期にソフィーに伝えた言葉。


『ソフィー、愛してる』


その瞬間、シャルロの足元に火が放たれた。


ソフィーは泣き崩れた。

涙がとめどなく溢れてくる。


どうして、どうして……シャルロ…。

こんなに愛しているのに、こんなに必要としてるのに

どうして神様は全てを奪っていくの?

ただ……私達は、二人でいられればよかったのに……。

……シャルロ………………私は……。


ソフィーは声にならない叫びをあげた。


辺りには人々の話し声とシャルロの焼ける音が聞こえ、

いつまでも、いつまでもソフィーの泣き声が響いていた。



------------------------------------------------------------





ソフィー、元気にしてますか?

僕は……元気、と答えたいところですが

この手紙を君が読む頃にはもうここにはいません。



僕は今でも人を殺してしまったことを

心から後悔しています。


そして、こんな僕を愛してしまった君に

とても申しわけないと思っています。



僕は、君に幸せになってもらいたいのです。

僕じゃない、もっときちんとした男の人と

もっと素敵な恋をして幸せになってもらいたい。


それが、僕の最後のお願いです。



あぁ、でも、どうしましょう。

僕は君に忘れ去られることがとても恐ろしいことに

思えているようなのです。


僕がいないことを当たり前として新しい人生を歩むことが

君にとっての幸せなのてしょう。

けれど、僕はそれを考えるだけで涙が出てくるのです。

所詮、僕はこういう情けない男なのです。


……だから、ソフィー。

どうか、どうか君の心の中の一番端っこ、

目立たないけど確かにある場所に、僕との思い出を

しまっておいてはもらえませんか?


僕は、僕と君と出会い恋をして

後悔も愛しさも苦しみも分かちあった

この時間が決して無駄ではなかった、

という証が、証拠が欲しいんだと思います。


誰にも愛されず、独りぼっちで生きてきた

孤独な男の最初で最後の恋の物語を……。



少し長くなってしまいましたね。ごめんなさい。

でも、最後の最後くらいいいでしょう?


それでは、ここら辺で。

どうか、お幸せに。ずっと君の幸せを祈ってる…。


シャルロ

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