牢獄からの脱出
「……あの、魔術や神聖術というのは私もちょっと知っています。『魔力矢』や『聖障壁』などと、それぞれ固有の名前がある筈ですよね」
「今の魔術はな」
一般には、あまり広まっていないが、現代の魔術は系統立っている。
例えば火の魔術なら、『火の矢』、『火の槍』、『火の杭』と一例ではあるが大雑把には小・中・大の威力で分類されており、呪文も定型文が存在する。
魔術を行使出来る魔力の持ち主は限られているが、呪文を憶え、充分な魔力を有していれば、皆ほぼ同じ魔術が使用出来るという訳だ。
それはつまり過去に誰かがそういう風に、使いやすくした訳で。
「俺が師匠から学んだ魔術は、それよりもずっと古いモノでな。今みたいに系統立てられるよりも以前の魔術で、使える者……というか、使おうって人もまずいない。だから知らない人間からすれば、これは異端の魔術と言っても間違いじゃない」
では何故異端審問官は、現代の魔術を異端と見なさないのかというと、答えは単純。
現代の魔術を系統立てたのが、500年前の大賢者、そして教会の司教でもあったレン・シーアンだったからである。
そして……と更に続けようとして、シエフは自重した。
奴隷紋は消したし、味方も手に入れたのだ。
後は細々とした用事だけ済ませて、脱出するべきだ。
「……詳しく講義している場合じゃないな。要するに俺は、不思議な術使いだ。詰め所では盗賊ってのは隠すんでよろしく」
「どうしてですか?」
「そりゃこれから身を潜める時、職業盗賊で通すんだから、そっちの線で追われちゃ困るだろ。三年間隠れ身してきた意味が、あっさりなくなっちまう」
再び通路に出て、突き当たりに無造作に転がっていた資材の中に鉄の棒があるのを認めた。
「鉄棒→武器→鉄の槍」
シエフが指を鳴らすと、鉄の棒が伸び、先端が刃と化した。
実は棍棒や剣などにも変質は出来るのだが、なるべく原型に近い方が魔力の消費はせずに済むのだ。
それに、テッサは槍使いだという事情もあった。
指で招いて手に納まったそれを、テッサに手渡す。
「ただの鉄の棒よりは多分マシな筈だ。使ってくれ」
「は、はい。でも、どうして私が槍を使えると分かったんですか?」
「手の独特のタコ。師匠に教わった事がある」
そして2人は通路を進み、階段を見上げた。
階段は踊り場から左に曲がっている。
シエフは手でテッサを制すると、その場で壁を2度ノックした。
「?」
不思議そうな顔をするテッサに構わず、意識を集中すると、階段の先にある様子が頭に流れ込んできた。
「……ったく、しけてやがんなぁ」
看守のザックは、下の牢獄に捨ててきた魔術師の荷物を改めていた。
が、重そうな小さな革袋の紐を解いてみれば、中には赤ん坊の拳ほどの石しか入っていなかった。
「石って何だよ、石って! せめて宝石とかよ!!」
軽くキレるザックを窘めたのは、同僚のチルロイだ。
こちらはまだ、比較的真面目な方だ。あくまでザックとの比較だが。
「おいザック、迂闊に触るなよ。魔術師の私物だぜ? 呪われるかもしれねえぞ?」
「だーいじょうぶだってチルロイ。俺は信心深いからよ」
ザックはヒラヒラと手を振って、笑い飛ばす。
「信心深いが聞いて呆れるぜ。小銭漁りが趣味の奴に、神の加護も何もあるかよ」
皮肉を言いながら、チルロイは酒精は含まれていないが入っているように錯覚させてくれる果実飲料……偽酒を呷った。
「そういうお前だって、武器防具の類になると目の色変えるじゃねえか」
「武器の類は呪われねえからな。それに俺は純粋にコレクション趣味であって、お前みたいに売ったりとかはしねーの」
「お前はお前でタチ悪いじゃねーか! ああったく退屈だな、おい。早く交代来ねーかね」
結局、魔術師の荷物にほとんど成果はなかった。
わずかな路銀だけポケットに入れるが、本当に金目の物がない。
魔術師なら普通、発動体を持っているはずだが、それすらないのだ。
……まあ、この石ころがもしかすると金になるかもな。
手の中にあるそれは、大きさの割に結構な重量があった。
「おいおいザックよ、まだ始まったばかりだろうが。大体こんな時間に交代したって、ロクな店が開いてねーぞ」
「歓楽街はまだ宵の口だろ、ヒヒヒ。そーいやここんとこ、女もロクに抱いてねーなぁ。下の森妖精とか手出しちゃ駄目かねえ」
「領主様に首刎ねられたくなかったら、控えとくんだな。あの方がガチでやる人だってのは知ってるだろ」
チルロイの言葉に、ザックはちょっとだけ身を引き締めた。
「お、おお、ありゃーいい見世物だった。斬首刑のライブなんて娯楽、そうそうねえもんな。あ、そーいや下の魔術師の師匠だろ? やっぱこの街に来たのって、伯爵への復讐なのかね」
「おい、不謹慎だろ」
「馬鹿だよなー。敵う訳ねーっつーの! あれの師匠からして異端審問官にはまるで歯が立たなかったんだろ? 弟子が勝てるはずねーじゃんははは」
手の中の石ころを弄びながら、ザックは笑い飛ばす。
「隕石→流星→疾風れ」
階段を駆け上がりながら、シエフは指を鳴らした。
踊り場に到着、階段の先にある扉越しに、肉を貫く音が響く。
「は……」
笑い声が途切れ、重い何かが床に倒れる音がする。
「おいザック!?」
もう一人の看守――チルロイといったか――が慌てた声を上げるのに構わず、シエフは扉を蹴破った。
その脇を獣となった椅子が滑り込み、看守に襲いかかる。
「な……っ!?」
四つ足の獣と化した椅子に襲われる。
非常識な状況に一瞬戸惑いながらも、何とかチルロイは脇に立て掛けていた槍に手を伸ばそうとした。
が、それよりも次に飛び込んだテッサが早かった。
輝く金髪を翻し、驚愕するチルロイの顔面を振り絞った鉄の槍で貫く。
否、砕いたと言うべきか。
威力が大きすぎ、頭部が炸裂していた。
肉片と返り血が、部屋に散らばってしまう。
森妖精は、弓か精霊術を得意とする者が多い……が、どうやらテッサはその範疇には納まらない類らしかった。
「その代わり……その2つはあまり、得意じゃないんですけど」
と、テッサは恥ずかしそうにしていた。
一方、大の字になってザックは、一応頭部の原形は留めている……が、後頭部が破裂していた。
彼が持っていたのは、シエフの魔術師としての武器――隕石を磨いたモノであり、これが流星のように口から後頭部へと貫いたのだ。
当然、即死である。
シエフが指を鳴らすと、隕石は革袋に戻った。
指で引き寄せると、革袋が浮かび上がり、彼の手に納まる。
革袋を懐に入れると、ザックの死体を手早く漁り、金目の物を奪っていく。
「テッサは自分の私物を」
「はい」
獣の椅子は既に大人しくなっている。
もはやただの家具だ。
もう一人の看守、チルロイの身体も漁り終えると、出発の準備はほぼ整った。
「……いいな、箒がある」
部屋の隅の、上蓋のない箱に無造作に掃除道具が詰められているのを確かめ、シエフはほくそ笑む。
「箒を何に使うんですか?」
「古来、魔術師というのは箒で空を飛んだという」
テッサの問いに、シエフは答える。
「飛べるんですか!?」
「まあ、2人乗りだからそれほどスピードは出せないだろうが、それでも陸路よりはばれにくい筈だ。夜が明けるまで、一気に行くぞ」
もちろん、現代の魔術師にはそんな術は使えない。
彼らが使うのは主に、攻撃魔術や支援魔術といった類の術だ。
移動用の術もあるが、それなりに修業を積んだ魔術師でなければ習得出来ない。
シエフが使う、大昔に滅んだという異端の魔術の恐ろしさはここにある。
……かつて滅んだ魔導王国では、誰もが魔術を使えた。
王族、貴族、知識階級だけでなく、平民や奴隷に到るまでだ。
彼らは指を鳴らすだけで料理を生み、指のノックで鍵の掛かった箱の中身を知り、箒で空を飛んだ。
そしてだからこそ、滅んだ。
国が栄えるほど、皆魔術を濫用し、やがてそれぞれが戦の為に魔術を使ったからだ。
教会がシエフ達の魔術を異端と呼び、危険視するのは何も自分達の威信の為だけではない。
実際に危険だからだ。
あらゆる民が魔術を使えるなんてそんなモノが広まれば、国すらあっさり引っ繰り返ってしまうではないか。
……まあ、実際にはそうなる為の準備というモノが存在するのだが、どちらにしろ魔術師になってしまえば同じ事だ。
異端の魔術師は、その場で新たな魔術を作り出す。
そこに、系統など存在しない。
1人1人魔術が違うのだ。
指を鳴らす。
ノック。
箒や絨毯も危険極まりない。
対策など立てようがない。あるとすれば、圧倒的な力量で叩き潰すのみ。
だからこそ、教会は異端の魔術を秘匿するのだ。
「そしてまあ、俺は前回、異端審問官に圧倒的な力量って奴でやられた訳だが」
2人は詰め所を出た。
どうやら牢獄は高い壁に囲まれており、その敷地内に建てられていたらしい。
出口は城門を潜り、正面の吊り橋を渡るしかなさそうだ。
が、箒で飛ぶなら、そんなモノは無関係だ。
「復讐、するんですか?」
「いずれ借りは返す。魔導書も取り戻す。……が、準備を整えてからだな」
シエフは答え、腰の高さに浮かぶ箒に腰かけた。
その後ろに同じようにテッサも乗り、シエフの腰に手を回した。
「じゃ、飛ぶぞ」
「はい」
ふわり、と2人を乗せた箒が夜空へと駆け上がる。
目指すは南西、犯罪都市ラーセイム。
この後の流れですが、主に犯罪都市ラーセイムでの冒険者生活となります。
シエフは盗賊、テッサは(黒)森妖精の剣士、他多額の借金を負った山妖精、上官殺しの元軍人草妖精、邪教の教祖を務めていたロリ悪妖精、四六時中仮面を被った半妖精等が仲間となります。ロクでもないですね。
それぞれの事情をおいおい片付けていき、最終的に伯爵との対決となる……というのが、本作となります。
ちなみにもう一作確定の候補は、異世界をトラック無双するお話です。
もうしばらくお待ち下さい。




