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脱獄準備

「何故……そこまで知っているんですか? 今の話だと、貴方は異端の弟子で、ロクに事情を伝えてくれる相手もいなかった筈。伯爵の醜聞なんて、分かるはずがありません」


 鋭いな、とシエフは思った。

 どうやらテッサはかなり頭が回るようだ。

 牢で、自分の頭を軽く小突いてみせる。


「魔導の奥義の一つでな。確かに異端と断ぜられてもおかしくない術がある。知識は人の頭に宿る。つまり、相手の頭があれば情報は得られるんだよ」


「…………」


 テッサはしばし考え込み、やがて顔を上げた。

 信じられない、という目でシエフを見る。やはり鋭い。


「まさか」


 少し脅かしすぎただろうか、とシエフは思った。

 どういう想像をしたのか検討はつくが、そこまで遺体を冒涜はしていない。

 正確には、する必要がなかったからで、あった場合は手段を得なかっただろうが。

 何にしても、師匠の頭部が残っていたお陰で、異端審問官と伯爵が繋がっている事や、その伯爵が魔導書を奪っていった事を知る事が出来た。

 魔導書を奪った理由も分かっている。

 伯爵は、不老不死の法を求めたのだろう。


「……師匠を火炙りじゃなくて斬首刑にしたのは、伯爵の失敗だったな。夜闇と豪雨に紛れて、何とか手に入れられた」


 実際、自分が牢に入れられたのには、正当な理由がないでもなかった。

 処刑され晒された首を盗めば、それは重罪だ。

 なお、必要な知識を手に入れた生首は、近くにあった墓地に埋めた。

 ミニマ村に埋められなかったのは残念だが、ゴミとして捨てられるよりはマシだ。

 もちろん、シエフは異端審問官に追われる事になった。


「もっともそこまでで俺も終わり。伯爵からどうやって魔導書を取り戻そうかって考えている間に、異端審問官に見つかってしまい、この通り。だから、君を助けたいってのは別に親切心からじゃない。いわゆる1つの意趣返しって奴だ。伯爵に一杯食わせたいって訳」


 手元で、短く金属の打ち合う音が響いた。


「――よし、解けた。今からそっちに行くぞ」


 音が鳴らないように、外した手枷を石床に置く。

 牢の鍵は単純そうだし、多分簡単に開けられるだろう。


「え……?」


「不思議か」


 自由になった両手を、ヒラヒラとさせる。


「ふ、不思議です。一体どうやって……?」


 しゃがみ込み、手につまんだ針金を牢の鍵穴に突っ込みながら、シエフはテッサに説明する。


「王都での修業ってのは、『隠れ身(カバー)』って言われるモノだった。師匠曰く、魔術師である事を知られぬよう、別種の技能を身につけるべしってのだったんだ。実際、森の家で暮らしていた時も、師匠は表向き薬師の爺様って扱いだったし」


 ちなみにこの針金は、口の奥に隠しておいたモノだ。

 魔術に関わる道具類は全て取り上げられたが、これは無事だったのだ。

 もちろん、魔術とは一切関わりのない、ただの針金である。


「で、俺は手に入れにくい薬草や鉱石を効率よく回してもらえるように……」


 カチャリ、と音が鳴り、牢が開いた。

 左右を見渡し、見張りがいない事を確かめると、テッサの方の牢の解錠を始める。

 どうやら同じ構造らしく、さっきよりも更に早く、牢は開いた。


「……冒険者、それも盗賊って職業についた訳。さあ、出ようか。逃げる算段ならいくつか手を思いついている。まずは服と武器の確保、それに逃走用の足だ」


 逃走用の足とは、馬や馬車の事を言う。

 徒歩で逃げた所で、異端審問官や王テッサの追っ手にはすぐに追いつかれてしまうだろう。


 牢から出たテッサの手枷も外す。

 構造こそ単純なモノの、シエフが嵌められた手枷よりずっと重い事にちょっと驚いた。


「でもどこに逃げれば……」


「ここから王都とは正反対、南に進むとラーセイムっていう都市がある。犯罪の温床っていわれてる物騒な場所だ」


「そ、そんな所に逃げ込むのですか?」


「そんな所だからこそだ。あそこなら冒険者登録も偽造出来るし、身を隠すにはうってつけだ。……もちろん、それなりのリスクはともなうがな」


「でも、私の姿は……」


 背丈はシエフより頭一つほど高い。

 これはシエフが小柄という事もあるが、森妖精は基本的にスマートな体格の者が多いのだ。

 そして、ただ立っているだけでも様になる。

 加えて、左の二の腕に押された奴隷紋だ。

 つまり、とても人目を惹いて目立つ。


「うん、美人過ぎて困るが。いや、単に事実を言っているだけだから顔を赤らめるな。一応、それについても考えてある」


「は、はい」


 嘘ではない。

 奴隷の焼き印に関しては微妙な所だが、テッサ次第で何とかなるだろう。

 とにかくまずは、この牢獄からの脱出が最優先だ。

 幸い、テッサのいた牢には使えるモノがそれなりにある。

 水差しは砕けば刃物になるし、ベッドのシーツや毛布に花瓶、花も役に立ちそうだ。

 よく見ると花は毒消し用のモノだった。


「……テッサって言ったか、別に途中で逃げてもいいぞ。俺だって男だ。いつ牙を剥くか分からないからな」


 シエフ自身はそのつもりはない。

 テッサは魅力的な少女だが、レベルが高すぎて手を出そうという気になれないのだ。

 それ以前に、失恋の傷がまだ癒えていない。

 甘えるとしても、テッサにそれを求めるのはどう考えても違うだろう。

 ……慰めてもらうなら、娼館に行くか。ラーセイムならいくらでもあるだろう。実際に行った事はないけど、興味がないといえば嘘になる。

 とまれ、シエフの内心などテッサの知る所ではないし、実際ここを出た後去ってもらっても構わない。

 一旦、ここからテッサを盗み出した時点で、伯爵に一泡吹かせるという目的は達せられるのだ。

 テッサはしばらくシエフを見下ろし、ぺこりと頭を下げた。


「ひとまず、お供させて頂きます。何分世間知らずなので」


「よし、ここの脱出と行くか」


「はい。何か策はありますか」


「仮になければ、どうする」


「それは、看守を殴り倒すしかないですね」


 見かけによらず、大胆だ。


「もっともだ。が、下準備を整える。幸い、味方はもう一人。それにその奴隷紋もあると厄介だから、まず消しておこう」


「え」


 テッサの目が丸くなる。


「こ、ここで消せるんですか、これ。こんな何もない場所で?」


「出来る。さっき、アンタが言った通り、俺は魔術師だ。それも、異端のな」


 材料なら、大量にある。

 牢を潜り、テッサの入っていた牢に足を踏み入れる。

 その後ろに、テッサもついてきた。


「先に味方を作ろうか」


 シエフは椅子を見ると、指を鳴らした。


「椅子→四つ足→獣」


 シエフが呪文を唱えると、椅子の脚がぐにゃりと曲がり、生き物のように動き始めた。


「っ!?」


 その様子に、テッサが怯えてシエフの背中に隠れる。

 構わず、シエフはベッドも見る。

 これも、四つ足だが……。


「ベッドはさすがに出せないから諦めよう。……ここに入れられたのは、組み立て式だったのか?」


「こ、この椅子、危険はないのですか?」


 椅子は人懐っこいらしく、シエフの足や腰に背もたれを擦りつけてくる。


「基本的に、俺の言う事を聞く。味方だ」


 シエフは椅子に大人しくしていろ、と指示を与えた。

 椅子は木製の足を曲げ、従順にその場に伏せた。


「そ、そうですか」


「次に本題の奴隷紋だな」


 部屋の隅に積もる埃を手に取り、再び指を鳴らす。


「埃→堆積→邪魔。……ちょっと強引だったか?」


 反省するが、埃は風もないのにシエフの手から滑り、テッサの奴隷紋を覆った。

 一方テッサは、自分の左腕を見て驚いていた。


「き、消えています! 奴隷紋が消えていますよ!?」


「そりゃ、消えるように術を作ったんだから、消えてなきゃ困る。ただし、これはあくまで一時凌ぎだ。水なんか掛けたら埃が取れて、再び奴隷紋が浮かびあがるから、場所を移して本格的に除去しなきゃ駄目だ」

次回は10時頃更新予定です。

もうしばらくお待ち下さい。

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