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「悪いことは言わない。その人、この町から出した方がいいよ。
アタシ、見たんだ。昨日の帰り、本屋の裏側で――あの人、幽霊を消していたのよ!」
この町は、霊の見える人が多い。ただ、時と場合によっては見えなかったりする。
彼は常に見え、聞こえているらしい。
その彼が霊を消したとなると、それは浄化――浄霊だ。
知らない人が見たら、きっと消したように見えるのだろう。霊が成仏する光景なんて、目にしたことがないから。
「別に、害はなかった訳なんだよね?」
「まあ……そうだけど」
「何が不満、って言うか不安なワケ?」
「……女には、いろいろあるのよ」
なんて、誤魔化すような言い方をするけど。少なくとも、彼に対して好印象を持っていないのは分かった。
それも多分、信用できていないからだと思う。
――と、言える立場でもなかったりする。
「ただ、みんなは晴夏を守りたいだけなのよ」
「いや、そんなこと、さらりと言われてもさ。害はないワケだし」
「あってからじゃ、遅いから」
友だちを守りたい気持ちは、『これでもか』と言うくらい分かっている。
だけど、何かがおかしい。ほんの僅かだけど、僅かに『あれ?』と引っかかるような。
「……もしかして」
もしかして彼女は、彼に宣戦布告をした友だち?
「ねぇ、この間」
言いかけた時、邪魔するかのようにチャイムが鳴った。
タイミングが良すぎる。
「ほ~ら、お前ら席に着け」
同時に入って来る担任。これがなかったら、答えがなくてもいい、質問だけでも投げかけたかった。
何故なら――
授業の内容が耳に入らない。
意識を黒板に向けても、ノートは白紙。考えは別の方向に行っていた。
彼がこの町に来た理由。浄霊の力で、この町全ての霊を成仏させるため――な、ワケがない。
お人好しにも見えない。
誰かに会いに来たとかだろうか。失ってしまった、とても大切な人……とか。
居るの、かな。
「(……って、何でこんなに気にしているんだろ)」
ああ見えてイケメン(かは、分からないけど)、三人に一人くらいは振り返りそう。料理もできるし、ちょっと……少し……優しい。
そう考えると、彼を好きな人はたくさん居るのかもしれない。好きな人が居なくて可哀想なんて、妙な心配は不要で無用だ。
知りたいのは、目的。ただそれだけ。
居候している以上、協力出来ることは協力してやろうという気持ちはある。
悲しげな表情をばかりのせいか、心苦しいって部分もあったりした。
なにより、
「(いつまでも、ダラダラと居候しているってのも、世間体に悪いのかも)」
町の人の反応を見る限りでは、噂は悪い方向だろうし。
その上、友だちに浄霊を見られている。
彼女が心配する気持ちが、分かった気がした。
多分、これが一番の不安の原因。
「(そろそろ、はっきりさせた方がいいのかも)」
彼から話してくれるように、会話を進めてみよう。
そして少しずつ、誤解や不安を解いていけば、きっと。
「よし! 決めた!」
「ほ~う。神城、この問題を解いてみるのか?」
「……へ?」
「決めたんだろう? この公式を解くことを」
「え、あー…………スミマセン、ワカリマセン」
瞬間、笑いが沸く。
先生も、クラス中も。みんなが笑う。
恥ずかしい気持ちも、笑いに溶けて行く。
ずっと考えていたことも、心のモヤモヤとした部分も、この時だけは消えてしまうほど。
声に出して笑い、思った。
この日常が、壊れないで欲しい。
何故か、そう――
――と言うのが、今日の夕方までの流れである。
意気込み、決心はしたものの……いざとなると、なかなか言えないものだ。
帰ってからも、ご飯を食べても、言葉が切り出せなかった。
弱い決心を急き立てても、仕方がなく。使い終わった食器を洗いながら、考える。
「はぁ~……」
深い、ため息。
同時に、何かが落ちた。
「――大皿、割ったら怪我をするぞ」
「へ? あ、あれ?」
「落ちる寸前で止めた」
彼の手には、わたしが持っていたはずの大皿。
それを何事もなかったかのように拭き、食器棚に戻したかれは、怒っているワケでも、呆れているワケでもなく。普通、だった。
「怪我をしたら、晴秋さんが悲しむ」
「…………アナタ、は?」
「心配はするさ」
それは、居候している身としてなのか。
それとも、もっと別のことなのか。
なんて、彼がどう思っていようが、関係なんてないんだ。
関係なんて……。
「キミの友だちに、何か言われたのか?」
「な、何で?!」
「……やっぱり、そうか」
はっ、と気づく。
彼の問いは、引っ掛けだった。
こんなに簡単に引っ掛かってしまうほど、思考回路に余裕がなかったということだろう。
普段は悩みたくなんて、ないのに。
「でも……まだ、全てを話せない。時間が、必要なんだ」
「誰、に?」
彼は、困ったような笑顔を見せるだけで、答えは返って来なかった。
はっきりさせたいけど、やっぱり待つしかない。
友だちが好きな人に告白をするまで、何週間、いや何ヶ月も時間をかけた気持ちが分かった。
足りないのはきっと、勇気。
彼にもまだ、確実な勇気がないのだろう。
居候をして、二週間。それでも『まだ』二週間なのだから。
「………………全ては、晴秋さんの心が……」
「え、何?」
「……いや、何でもない」