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 扉が開かれる。

 現れたのは、少し影のある女性だった。目は、後ろに居る陽太くんには向かない。

 見えないのだ。


「……ああ、神城さん所の。何か、御用ですか?」


 疲れきった声。

 説明に困り、とりあえず陽太くんに渡したひき肉を差し出す。


「えーっと、あの、突然こんなことで信じられないと思うけど……届けに」


「っ!」


 一瞬だった。

 パックが宙を舞っている。

 あの日、あの時。あの子が成し遂げようとした、おつかいの物。

 まるで、スローモーションのように。くるくる回って、地に、落ちた。

 何故そんなことをするのか。

 何故そんなに怒っているのか。

 瞬間の出来事と、驚きとで、声が出ない。 


「…………やっと……やっと、忘れていたのに!」


 叫び。

 それは、悲痛にも似ている。心が、別の意味で痛かった。


「ど、して……?」


 わたしの喉は、カラカラに渇いている。

 やっとで搾り出した声は、震えた。


「私の子は、夕太だけよ! たった一人の子供なのに何故!」


「――聞くな!」


「え?」


「        」


 彼の声と同時に、陽太くんの耳が塞がれる。

 だけど行動は間に合わず、声は聞こえてしまっていた。

 聞きたくない音。間違いなく、傷ついてしまう言葉。


「……あ」


 振り返る。

 陽太くんの声は聞こえない。けど、今、どんな声を出しているのか分かる。

 悲しくて、悲しくて。

 号泣、している。

 声の聞こえる彼を見る。表情は、悲痛な叫びと同じだった。

 その気持ちを、感じることが出来たら。


「……ねえ、アナタの力で癒すことは?」


 首を振られた。


「この子の傷を癒せるのは、残された人たちだけだ」


「でも! でも、陽太くんの母親は……」


「ああ……だから」


 泣き続ける陽太くんを抱きしめる彼の手から、『光』が零れた。

 悲しさを『紡ぐ』力。

 自然と、涙が零れた。

 痛くて、切なくて、怖くて近づけない。



「キミの悲しみは、オレの中で紡いでいく。いつまでも、ずっと――忘れない」



 陽太くんは泣いた顔のまま、光に溶けていくように消えて、逝った。

 はっきりと見えた、滲んだ視界。

 彼も……泣いていた。静かに、変わらない表情で。


「悲しさに慣れたなんて、ウソだよ。アナタは今、泣いている」


「オレが? 心は、何も感じないのだがな」


「でも、泣いているよ」


 指摘され、彼は自分の頬に触れる。


「………………そのようだな」


 指先が触れたのは雫。それが温かいのか、冷たいのかは分からない。けど、悲しさを感じて泣いたのだから、きっと温かなものだと思う。

 優しくなければ、温かい涙は出ないから。


「悲しみを紡ぐって、どういうこと?」


「具体的に知りたいのか?」


「まあ、気にはなるから」


 彼に受け入れられて、本当に救われたかどうか。

 浄霊能力を信じていないワケじゃない。あれで本当に良かったのか、後悔したくないから聞くのだ。


「――今から起こることは、全て現実であると信じることだ」


「え? あ、うん」


 浄霊が現実であるから、今更言われても。

 そう思っていると、彼は一度拒絶されたドアを鳴らした。

 きっと『しつこい』と怒鳴られるだろう。そしてまた、傷つくことを言われるだろう。

 そう予想していたのに、


「どちら様ですか?」


 反応は、全くの正反対だった。正反対と言うより、別物だ。


「突然すみません。陽太くんと言う子の家を探しているのですが、この辺で知りませんか?」


「いえ。うちの近くに、そんな名前の子は居ませんよ?」


「あーそうですか。もう一度住所を確認してみます。どうも、ありがとう御座いました」


 彼は、彼じゃない言葉使いで話す。

 それも信じられなかったが、一番はやっぱり母親の反応だった。

 名前を出されても、ピクリとも反応しない。

 演技じゃ、そこまで出来ないだろう。

 本当に知らないよう。

 閉じられた扉。


「これが、陽太くんの悲しみを紡いだ現実だ」


 全て現実だと、最初に言っていた意味が分かった。

 どうやっても信じられない。信じられるはずが、なかった。


「オレが受け入れる悲しみとは、霊から残された人たちへの『すまない』という念だけだ」


 悲しさは、そこに存在していた証。今も、これからも忘れないための、シルシ。

 彼は残された人の心に、悲しみを残す。それが、紡いでいくと言うこと。

 一つ。また一つ。

 あの時言った『オレの中で紡いでいく』の意味は、残された人に残さないこと。存在も全て彼が受け入れたことにより、真っ白になる。

 だから、陽太くんを忘れた。最初から、存在しないものにされたのだ。

 こんなことが、あるだろうか?

 それでも……これが、現実。


「全部を受け入れたから、何も残らないってこと……そう解釈していいんだね?」


「……ああ。拒絶された霊が悪霊にならないため、今のオレにできる方法は…………それだけだ」


「でも、それも一つの救いなんだよね?」


「………………救われていることを、願うさ」


 悲しそうに、空を見上げる。

 いつもと変わらない色なのに、何故か『泣いている』のだと思った。

 泣けない彼の代わりに、空が泣いている。

 きっと、あの子は救われたんだと思う。悲しんでくれる人が、ここに居るのだから。


「――お腹、空いたね」


「え?」


「いや、『え』じゃなくて。もう夕方だからさ」


「あ……そう、だな」


 差し出す手の代わりは買い物袋。受け取った彼はもう、いつもの彼に戻りかけていた。

 その方がいい。

 悲しむことも大切だけど、悲しむばかりじゃダメな時もある。乗り越えなければならない時だって、あるんだ。

 多分、今がその時。


「帰ろっか」


「……ああ」


 彼より先に振り返り、来た道を戻る。

 背には沈みかけた夕陽。

 前に伸びた影は、まだ一つ。

 その少し後ろに頭が、 




「それでも――それでも『ボク』は、お母さんが好きだよ」




 二つ見えたのは、きっと気のせいじゃない。

 振り返り見た彼の口は動いたけど、声が彼じゃなかったのも、錯覚じゃない。  

 今、彼は彼じゃない。

 あの子が、在る。


「紡」


「…………ああ。オレ、だ。大丈夫だ。少し、陽太くんの想いに引っ張られた」


「それって、意識を乗っ取られそうになったって言わない?」


「いや。紡いだ想いにシンクロしたと言えばよかったな」


 それでも、それを乗っ取られそうになったと言うと思う。

 完全に誰かの想いに重なることなんて、ほとんど有り得ないだろうから。


「――オレの名前……呼んでくれて、ありがとう」


 彼がここに居ることが嬉しい、なんて思ってしまった。





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