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疑問もいつの間にか消え去り、学校での楽しい一日は終わりを告げた。
日誌を提出して外に出ると、夕暮れ色だった。
一日が、何故かとても短く感じる。
季節がそうさせているわけじゃなく。自分か、町か。あるいは世界の時間の流れが、早く感じられた。
影は長いのに――
「夕陽って、こんなに悲しかったかな?」
オレンジ色の太陽。
朝にも負けず劣らず、鮮やかで綺麗で。
「……環へ還って行くから、悲しいのかもしれない」
振り返ると、母さん愛用のマイバッグを掲げた彼が居た。
袋からネギが顔を覗かせている。
「今頃買い出し?」
「いや。買い忘れがあって来ただけだ」
珍しい。
それとも、メニューを変えたからか。
「夕暮れは人が家路に着く時間。楽しかった時間が終わる。だから、悲しいのかもしれない」
「あ、そっか。だから、もっと遊びたいとか思うんだ」
子どもの頃を思い出す。
公園で兄さんと遊んでいて、母さんが呼びに来る。その度に、嫌だと言っていた。まだ遊ぶんだ、と。
「…………さっき、商店街を過ぎた辺りで、キミの友だちだと言う子から言われた」
「は? 友だちって……告白か何か?」
「いや、どちらかと言えば宣戦布告、だろうな」
「女?」
「女、だ」
それは、どう反応したらいいのだろう。
ライバル宣言と言うもの違う気がする。必ず落としてみせるという予告宣言も、当たらずとも遠からず。
「『絶対に、この想いは譲れない』とは、何だと思う?」
「何と言われても、アナタの言う通り、宣戦布告っぽい」
「……だろうな」
ふっと、空を見上げる。
陽が、沈んでいく。
もうすぐ、夜。
そう思ったら、宣戦布告をしたわたしの友だちが誰なのかなんて、どうでもいいと感じた。
明日また、考えよう。
なんて思っていたら、
「――譲れないのは、オレも同じだ」
ポツリと、聞こえた。
夕陽色に染まる、彼の表情は。
「ねぇ、夕飯って何?」
「肉料理を一品、作りたいとは思っているが……何にすべきか迷っている」
「じゃあ、ハンバーグ!」
リクエストをしてみると、更に困った顔をされた。
「………………ひき肉がない」
あ、そ。
――と言ったのは本音だけど。
困っているのはひき肉がないことではなく、別のこと。
彼が迎ヶ町で買い物をしないのは、彼が住人から歓迎されていないからだ。
最初は何の冗談かと思ったけど、実際に現場を目の当たりにし、本当だと知ってしまった。
向ける視線や態度『だけ』が、冷たくて、敵意も含まれていると。
彼から離れ、目的の肉屋さんへ行く。
おじさんはチラリと彼を見るが、来ないと分かると笑顔で出迎えてくれた。
本当に、嫌らしい。
記憶にあるおじさんは、こんなことをするような人じゃないのに……悲しくなった。
「ただいま。何か、避けたい気持ちも分かる気がする。嫌になってきた」
「気持ちを察してくれるのはありがたいが、そう思うな。アレはオレに対してだけだ」
「だけど………………って、その子は何?」
「陽太くんだ」
「いや、名前は聞いているんじゃなくて」
聞いているのは、何でアナタの足元に縋り付いているのか、だ。
小さな財布を首から提げ、紙切れをぎゅっと握って。
いつの間に、居たんだろう。
さっき来た時は居なかったし、おじさんがチラリと見た時も、居なかった。
「今は、見えるんだな」
「そりゃ、見えるよ……って、霊?」
「ああ。おつかいの途中で事故に遭ったらしい。ひき肉が欲しいとずっと言っている」
「ひき肉と陽太くん……あっ!」
一つ、思い出した。
五年前、肉屋さんの近くで男の子が事故に遭ったこと。その子は行く先々で、『今日はハンバーグだ』と嬉しそうに言っていたことを。
ここに居るということは、ひき肉を買うため。おつかいが出来なかった無念から。
強い心残りが、この子をここに存在させていた。
でも、何で最初から気づかなかったんだろう。
「――ちょっと待ってて。ひき肉、もう一パック買ってくるから」
返事も待たず、もう一度買いに行く。
おじさんは疑問に思いつつも、最終的には量を買い間違えたと解釈したらしい。
「はい、陽太くんにあげる」
小さい方のパックを差し出す。
中身を見た陽太くんは、満面の笑顔を浮かべ、
『――――――』
「え? 何て言ったの?」
動いた唇からは、何も聞こえなかった。
「……聞こえないんだな。彼は『ありがとう』と言っていた」
「そっか。でも、何で聞こえないんだろう?」
「キミは今まで霊に遭遇し、声を気にしたことはあるか?」
「え? あ、ないわね。普通に聞こえるものだと思っていたけど」
どうして聞こえないのか彼に尋ねると、一瞬の迷いを見せたが教えてくれた。
霊の視える彼との、大きな違い。
見えるけど、声の聞こえないタイプと。
見えて、声も聞こえてしまうタイプと。こちらは、かなり霊感の強い人間にあるらしい。
当たり前に見えるから、声も聞こえるものだと当たり前に思っていた。
だから初めて知る。
見えても声が聞こえなければ、何を望んでいるのか分からないこと。
この子が見えていたはずなのに、声が聞こえないために、誰も何も分からず。救うことさえ、できないまま。
救えるだろうか?