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 朝。

 涙が零れていた。

 わたしの胸にあるのは、悲しかったこと。何を夢見て泣いたのか思い出せないし、覚えていたとしても、思い出したくなかった。

 彼の光に似た、悲しさだから。


「――晴夏、起きていますか? 朝ご飯が出来ました」


「ん……今、起きていくから」


 返事を返し、ゆっくりと起き上がる。

 節々が痛いような、全体的に重いような。風邪を引いたような感じがする。

 けど、


「あれ?」


 起き上がると、その感じは消えた。

 やっぱり、夢の影響だろうか。泣き疲れたとか、なんだろう。

 階段を降りる足にも、重さはなく。


「おはよう」


「うひゃっ!」


 背後からの声に、驚いてしまう。


「…………いい加減、慣れてくれ」


「……ゴメン」


 降りたその先で、彼に遭遇した。

 彼がこの家に住むようになって、今日で一週間。居るのは分かっているけど、どうしても驚いてしまう。

 決して、嫌いなワケじゃない。

 信用は(少しだけど)出来るようになった。

 ただ、慣れないだけ。

 人は慣れる生き物だと言うけれど、慣れないものは本当に慣れないのだと思う。


「紡さん、こんな子ですみません」


「ちょっ、こんなとは何よ、こんなとは?!」


「いや、こればかりは仕方ないことだから。晴秋さんが気にすることじゃないさ」


「アナタも、仕方ない言わないで!」


 人を何だと思っているのか。


「――ほら、早く食べないと遅刻するぞ」


「誰のせいよ」


 少なくとも、わたしのせいではない。

 さっさとテーブルに着き、コップ一杯の水を飲んで食事を始める。

 食事は、何故か彼の当番になってしまっている。三食全部だ。

 自らやると申し出てくれたことに関して、断る理由はなかったため、お言葉に甘えさせてもらっている。朝、ゆっくり眠れるし。

 ――けど、料理が上手いってのはちょっと。

 ムカつくけど。

 食べ終わって片づけを済まし、身支度も済ませる。

 兄さんは仕事だと部屋に戻り、ゴミ出しする彼と一緒に家を出た。


「今日はオレが買い出しをしておく」


「……唐突だね。でも、やってくれるならアリガト」


「気にするな。出かけるついでだ」


「あ、ついでついでに、牛乳買って帰って欲しいな。兄さん、コーヒーに入れて飲むと思うから」


「分かった。行って来る。キミも気をつけて行って来い」


 と、駅の方を目指して行った。多分、駅横のコンビニへ向かったのだろう。

 彼は迎ヶ町では買い物をしない。できない理由がある。


「は~っるか」


「わっ!」


 いきなり圧し掛かられ、危うく倒れそうになる。こんなことをするのは、友だち以外に居ない。

 彼の去った方向から数人に、おはようと手を振ると、


「ね、さっきのカッコイイ人って誰?」


「晴夏の恋人?」


「この町の人じゃないよね?」


 一気に詰め寄られ、質問責めに遭う。とりあえず、おはようを返して欲しい。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな一気に言われても、順番が分かんなくなるって」


「じゃあ、順番に言うけど」


「あの人って晴夏の恋人?」


 それは順番の最初じゃない。


「恋人じゃないよ。兄さんの知り合い。多分、仕事関係だね」


 彼と恋人関係なんて、あり得ない。出会いが出会いだし、仲が良くなったとしても、そこまでには発展しないと思う。

 否定すると、つまらなそうな表情をされた。みんな、同じ答えを期待していたらしい。

 とても分かりやすかった。


「なーんだ。つまんないの」


「あ、でも……本当はちょっと安心したかも」


「何で?」


「何でって…………すれ違ったとき、あの人、晴夏を連れて行きそうな感じがしたんだもん」


「つ、連れて行くってどこに?」


「分からないけど、手の届かない所かも」


 などと言う友だちの目に、彼は一体どういう風に映ったのだろう。

 手の届かない所――父が娘を嫁に出す時のように聞こえる。多分、そんな感じなのだろう。

 それほどまでに思ってくれている友だちは嬉しい。

 ここに居るのは、同じ町で生まれ育って来た、ある意味では家族のようなものだから。

 みんなで、誰かが生まれたことに喜び、誰かが亡くなったことに悲しみ。

 知らない人は、ほとんど居ない。

 小さな町の、大きな家族。


「ね、絶対にどこにも行かないでよ?」


「いや、あの……そう言われても、行かないよ~なんて断言は無理」


 卒業したら、大学へ行きたいと思っているし、行くとすれば町の外。

 だから、どこにも行かないなんて言えなかった。


「でも、今は行かないよね?」


「行かないよ。引っ越す予定も何もないし。それに、この町が好きだし」




 離れられない。




「え?」


「晴夏、どうしたの?」


「え? あ……えーっと、何でもない」


 今、何を思った?

 確かに、何かが頭を過ぎったはずなのに。

 その一瞬、何が起こったのか分からなかった。



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