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「おはよう」
「うひゃっ!」
背後からかけられた知らない声に、不覚にもマヌケな声を響かせてしまった。
「何で驚くんだ?」
「……居ること、忘れていたよ」
昨日の今日なのに、忘れているわたしも自業自得だけど。
「兄さんは起きて来た?」
「ああ。だが、急な仕事が入ったそうで、パンと牛乳を持って部屋に戻って行った」
「ふーん、そうなんだ」
「朝食は簡単な物だが用意してあるが、食べる食べないはキミに任せる」
「…………勿体無いし、食べるけど」
などと、別に気に入らないからこんな言い方をしているワケじゃない。彼が信用できる人間か、まだ分からないからだ。
知ろうとすれば、笑って誤魔化す。だから、どうやってもまだ信用できなかった。
名前以外、知らない彼。
「ありがとう」
テーブルに着くわたしを見て、彼は嬉しそうに(少しだけ)笑う。
――わたしってば、何であんな言い方しかできないんだろ。
後になって後悔する。
最初の怖さ。次の悲しさ。今の、嬉しそうな笑い。
色んな表情を見せる彼は、どれが本当なのだろう――と、知りたいとは思わないけど、気にはなった。
「ねえ、昨日は聞かなかったけど、何の目的でこの町に来たの?」
聞いた途端、悲しげな表情に切り替わる。
会いたい幽霊でも、居るのだろうか。
「……それは……いつか、話す時が来た時に話すさ」
「何でも秘密なワケ?」
「そうではない。ただ……今はまだ、言えない。一つずつしか、言えないんだ」
やっぱり、会いたい幽霊が居るんだと思った。
そうでなければ、この町に観光以外で来る理由はない。
面白半分、冷やかし半分な人も居るけど、中には本気の人だって居る。本気の人は大抵、笑っていても悲しげだ。
しかし、と疑問が一つ。
浮かんだけど、今の所は興味がないので聞かないことにした。
プライバシーの侵害にもなりかねないし。
とりあえず、食事を進める。悔しいが、サラダのドレッシングが美味しすぎる。
忙しい母の代わりに料理をすることがあるけど、わたしの腕前は普通。手の込んだものは作れないし、魚は焼き魚しかレパートリーはない。
それでも、みんな『美味しい』と言ってくれるから、嬉しかったりする。
――何か、だんだん腹が立ってきた。
単なる八つ当たりだけど。
「……そうだ。晴秋さんから、米が切れそうだからオレを荷物持ちに連れて、買出しに行ってくれと言われている」
「荷物持ちにって……」
「オレは居候だからな。できる限りは協力する」
「まあ、そーゆーのは助かるけど…………居候を条件に、いろいろやらされていたら割に合わないんじゃ……」
「いや、食費や光熱費等を考慮すれば、まだまだ足りないくらいだ。キミも遠慮せず言ってくれれば、できる限りのことはする」
自ら言ってくれるのなら、遠慮する必要はないとは感じるけど。
わたし自身が直接世話をしているワケでもないし、多少なりとも気が引けるような感じがある。
この朝食だって、食材は家にある物だとしても、彼が気を使って作ってくれた物で。後片付けだって、頼んでもいないのに彼がやっている。
そんな状態で、彼は自分の目的を果たすことができるのだろうか?
…………無理だと思う。
「この町での滞在期間は?」
「は?」
「いいから、答えて」
「……状況によりけりだが、一月は確実だと思う」
「ふーん。長くなる可能性もあるんだ。じゃあ、教えておいても損はないか」
「先程から、キミの意図が飲み込めないのだが」
眉間にシワを寄せて、食器を拭きながらわたしを見る。
わたしの意図は、
「――暇な時間に町を回れるよう、買い物ついでに案内してあげる」
自分一人で買い物に行って欲しいことが大半だ。