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「あ、あの……それ、返してもらえますか?……」
私は震える声で、ステラに歩み寄った。
必死だった。そのドレスがなければ、私はどんな厄介な事態になるか予想できない。偽物だって、怖い騎士達に学園から蹴り出されるかも。何より「平民の服」という低解像度のアセットは、私のバグ耐性が低そうで怖かったのだ。
だが、周囲から見れば、それは「みすぼらしい格好をした公爵令嬢が、なぜか豪華な服を着ている平民の少女を脅している」という地獄のような構図だった。
「ひっ、ご、ごめんなさい……! 私、何もしてないのに、急に服が……! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「悪いのは私の方で……」
ステラが泣き出しそうになった、その時。
「そこまでだ、リゼッテ!」
地響きのような声とともに、白馬……ではなく、恐らく、第一王子レヴィアンが登場した。
彼は金髪を逆立て、怒りに燃える瞳で私を睨みつける。
「また貴様か! 懲りもせず、弱い者いじめばかり。ステラに自分のドレスを無理やり着せ、羞恥を与えただけでなく……自分は平民の服を纏い、彼女が盗んだとでも言いたいのか! なんと卑劣な……!」
(いや、ちょっと待って!! 私は自分のバグへの対処でいっぱい、いっぱいなのよ。そんな次から次へと、どんどん持ってこられたら、頭がパンクしちゃうわよ……でもかっこいい王子♡)
私は必死に弁明しようと口を開いた。
「ち、違います、レヴィアン殿下! これは、その、不慮の事故というか、物理的なバグでして……!だから……!」
その瞬間。
私の目の前に、半透明の大きな巨大なウィンドウが出現した。
それも、レヴィアン王子からもはっきりと見える位置に。
『【リゼッテの本音:字幕表示モード】』
嫌な予感がした。止めようとしたが、私の思考は既に言語化されていた。
『(うわ、記憶より、間近で見るとレヴィアン王子、めちゃくちゃ顔がいい……。流石は攻略対象、彫刻みたいな美形だわ。ちょっと、かっこよすぎて、ときめきそう……)』
時間が、止まった。
『溶岩』の噴き出す、非日常音だけが、虚しく響く。
レヴィアン王子は、怒りで拳を作っていた手を開き、目を見開いて硬直した。
彼の顔が、耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。
「き、貴様……何を……何を言っているんだ……!? 衆人環視の中で、そのような破廉恥な告白を……!」
「ち、違うんです! 今のは私の本音なんですけど、いえ、そうじゃなくって! これはシステムの勝手な解釈というか……!」
『(あ、照れてる。可愛い。怒ってる顔もいいけど、赤くなってる王子も最高に目の保養だわ……)』
無情にも更新される本音字幕。
泡を吹いて今にも倒れそう。
私はリゼッテ、猛烈に死にたい。今すぐこの世界のマップから消滅してしまいたい。
焦れば焦るほど、私の心拍数は上がり、それに応じて字幕の更新速度も上がっていく。
「ふ、ふん!……そんなことを言っても、虐めは許されんぞ!……だが、その……君が……君が、私をそこまで高く評価しているというのなら……少しは温情を、かけないこともない……」
王子はあからさまに動揺し、視線を泳がせながら喋る。
さっきまでの殺気はどこへやら、彼は「変なやつだと思われた」と焦る私を見て、なぜか「照れ隠しで必死な乙女」だと勘違いしたらしい。
「あ、あの……!」
そこで、おずおずとステラが声を上げた。彼女は豪華なドレスの裾をぎゅっと握りしめ、レヴィアン王子を見上げる。
「レヴィアン様、リゼッテ様は私をいじめてなんていません。突然、光に包まれて……その、服が入れ替わってしまっただけでして……」
聖女の無垢な証言。
レヴィアン王子は一つ咳払いをし、冷静さを取り戻そうと努めた。
「……ふむ。ステラがそう言うのなら、ひとまずは信じよう。だがリゼッテ、その頭上の不気味な文字と、心の中を垂れ流す術をどうにかしろ。……その……心臓に悪い」
「……善処します」
私は力なく答えた。
誤解は(別の方向に拡大しつつも)解け、一先ず一段落……なのだろうか。
私は平民の制服のまま、ぐったりと肩を落とした。
ふと見ると、噴水の溶岩が、今度は「チェリーピンクのゼリー」に変化していた。
どうやら私の感情が「ときめき」に反応して、また余計な書き換えを発動させたらしい。
学園生活、まだ一日目なのに……もう耐久値がゼロになりそうだわ……。
私の遠い目の先では、見つめた雲だけが高速回転を始めていた。




