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学園の正門。それは本来、貴族の子弟たちが華やかに未来を語り合う社交の場だ。
だが、私がその一歩を踏み出した瞬間、そこは「未完成のホラーゲーム」へと変貌を遂げた。
(私は石。私は無機物。私は、背景の一部……。私は、テクスチャが貼られる前のドットの塊……。)
脳内で般若心経じみた自己暗示を繰り返しながら、私は極限まで表情を殺して歩く。
瞬き一つせず、視線は一点を凝視。中身は「いつ地面が消えてもいいように」と心臓がバクバクしている挙動不審者だが、外側からは「周囲を塵芥とも思わない傲慢な公爵令嬢」に見えているはずだ。
――カラン、カラン。
一歩踏み出すたびに、妙に澄んだ鈴の音が響く。
見れば、私が踏みしめた石畳が、その足跡の形に「空」のテクスチャへ書き換えられていた。地面に穴が開いているのではない。石畳の模様があるべき場所に、どこまでも深い青空と白い雲が映り込んでいるのを。
なにやら聞こえてくる。
「ひっ……見ろよ、リゼッテ様が歩く場所から『次元』が削り取られているぞ……!」
「あの方、地面を消滅させながら歩いておられるのか? なんという魔力だ……」
「しかも変な物体を頭に乗せて歩いているわ。おぞましい」
周囲の生徒たちが、まるでモーゼの十戒のように、言いたい放題言ってから左右へ割れていく。
違うの。ただの意味不明なエラーなの。私が歩く速度に、この世界の描画が追いついていないだけなのよ、きっと……そう……たぶん。
私は叫びたい衝動を鉄の意志で抑え込み、さらに「無」を深めた。ここで動揺して感情を爆発させれば、今度は学園全体が持ち上がったり、剥がれ落ちる予感がしたからだ。
現在の自分の状態を確認すべく、私は広場の中央にある噴水へと向かった。
水面を鏡代わりにしようとしたのだが――。
「……はっ!?」
絶句した。
噴水の水面に映る私の頭上。そこには燦然と輝く【災害(歩くシステムエラー)】の文字。
そしてその直下、電光掲示板のような透過ウィンドウが、私の感情をリアルタイムで翻訳(デバッグ出力)していた。
『【現在の状態:極度の困惑・および生存本能による強制フリーズ中】』
筒抜けじゃない!
プライバシーもへったくれもないわ。私はあまりのショックに、よろけて噴水の縁に手を置いた。
――ジュワッ!!!
「熱っ!?……って、えええええ!?」
凄まじい熱風で圧倒される。
あろうことか、私の手が触れた瞬間、清らかな水がドロドロとした赤黒い「溶岩」に変色したのだ。噴水から火柱が上がり、周囲に硫黄の臭いが立ち込める。
噴水の概念が、私の「動揺」という異常な異質を処理しきれず、適当な攻撃オブジェクトに置き換わってしまったらしい。
「火山だ! 公爵……いや、悪役令嬢が学園を噴火させたぞ!!」
「逃げろ! 焼き殺される!」
(違う! 私、今ちょっとびっくりしただけなの!)
パニックになり、私は慌てて後ずさった。かなり後ずさった。熱いから。
だが、足元の座標計算が狂っていた。振り返りざま、誰かに激突する。
「きゃっ……!?」
ぶつかったのは、桃色の髪をなびかせた可憐な少女。恐らく、この物語の本来のヒロイン、平民聖女のステラだ。なぜなら、私が昔の記憶が戻ってない間、徹底的に虐めてやろうと画策していた相手だったからだ。
本来なら、恐らく、ここで私が彼女を突き飛ばして「不浄な平民が触れるな!」と罵るのが悪役令嬢のお決まりだ。しかし、私にはそんなお決まりを回避しようかな〜♪ なんて呑気な事を考える暇すらない状況。
現実は私の予想よりも遥かに「非論理的」だった。
――ビ、ビビビッ!!
凄まじい電子ノイズが脳内を駆け巡る。
ステラと接触した箇所から、虹色のノイズが私達の体を包み込んだ。
一瞬、視界が真っ白に染まった。
次に目を開けた時。
「……え!?」
「……へっ!?」
私とステラは、同時にお互いの姿を見て固まった。
私の体には、ついさっきまでステラが着ていた、使い古された質素な平民用の制服が。
そしてステラの体には、私が今朝アンに必死の思いで着せてもらった、時価、高過ぎ最高級シルクの公爵令嬢ドレスが、寸分の狂いもなく着用されていた。
よりにもよって、ヒロインと服のデータが入れ替わってしまったのだ。
しかし、別に元一般人の私にとって、普通の着心地だ。




