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「これじゃ、まともにドレスも着られないじゃない……」
私は震える手で、とりあえず「何にも触れない」ように細心の注意を払いながら、クローゼットの前で立ち尽くした。
鏡の中の【悪役令嬢】は、相変わらず無慈悲に点滅を繰り返している。
「お嬢様、このままでは遅刻確定です。……致し方ありません」
アンが悲壮な覚悟を決めた顔で、ハンガーにかかったドレスを両手で掲げた。
「私がドレスを保持します。お嬢様は、一切の魔法干渉を遮断するイメージで、シュッと、その、ドレスの中に『概念』として滑り込んでください」
「無茶言わないでよ! 体がある限り無理に決まってるでしょ!」
叫びながらも、私はヤケクソでドレスの輪の中に飛び込んだ。
――ガガッ。
一瞬、不穏な電子音が鳴り、視界がピンク色に染まる。
終わった。今度はドレスが私の体と融合して、異形のクリーチャーになるんだわ……。
「……あれ?」
恐る恐る目を開けると、そこには鏡の前で完璧にドレスを着こなした私の姿があった。
どこもめり込んでいない。貫通もしていない。完璧な着付けだ。
「着……れた?」
「着れましたね。お嬢様が『無理』だと諦めた瞬間、魔法が正常に作動したようです」
よく分からないけど、とにかくこれで外に出られる。私は安堵の溜息をつき、自らの美しいドレス姿に笑みを浮かべた。
「よかった……。これで見栄えは完璧な悪役令――」
――ピコンッ!
喜びを感じたその瞬間、軽快な音と共に、純白だった私のドレスが突如として『毒々しいネオンピンクと漆黒の毒々しい市松模様』にパッと切り替わった。
「ふ、服の色が変化したわ!?」
「お嬢様! 目が、目がチカチカします!」
どうやら、私の感情が動くとバグが誘発されるらしい。特に『喜び』や『安心』といったポジティブな感情は、この世界にとって「予期せぬ挙動」として処理されるようだ。なんてことなの!
「もういいわ! アン、上着! 何か上着を持ってきて!」
私は市松模様のドレスを隠すべく、慌てて部屋のドアへ向かった。
ドアノブを掴み、勢いよく開ける――はずだった。
スゥッ。
「……え?」
手応えがなかった。
気づけば、私は閉じたままのドアをすり抜け、廊下に立っていた。
「……お嬢様? ドアを開けずに外に出られるとは、新しい魔術ですか?」
「違うわよ! 今度は『衝突判定』が消えたのよ!」
でも、これは使えるかもしれない。ドアノブに触れずに部屋を出入りできるなら、家具を天井にめり込ませる心配もない。
「面白いわね、このバグ。ちょっとコツが掴めてきたかも」
私は調子に乗って、もう一度部屋に戻ろうと、閉じたドアに向かって颯爽と歩き出した。
今度はすり抜けるイメージを完璧に作り上げて――。
――ゴンッ!!!
「痛アアアアアッ!!」
鼻に強烈な衝撃が走り、私はその場にへたり込んだ。
ドアは無情にも、鉄壁の物理障壁としてそこに存在していた。
「な、なんで!? さっきはすり抜けたのに……」
「お嬢様、お可哀想に……」
鼻を押さえ、涙目でアンを見上げる。この世界の神様は、相当なドSに違いない。
その後、氷で鼻を冷やし(氷が手に癒着して離れなくなるバグがあったが割愛する)、何とか市松模様の上から長めのコートを羽織って、一階の食堂へと向かった。
だが、階段に差し掛かったところで、新たな試練が訪れる。
「……あ」
一段目を踏み出した瞬間、私の視界の隅で、エレガントに揺れるはずのドレスの裾がガサガサと音を立てた。
見ると、ドレスの布地の一部が、粗い四角形の集合体――いわゆる『低ポリゴン』の状態に変貌していた。
「お嬢様、ドレスの裾が……その、非常に粗末になっております」
「見ないで! 処理落ちよ、きっと私の存在感がおかしくて処理落ちしてるのよ!」
私はポリゴン化した裾を引きずりながら、これ以上バグを増やさないよう、慎重に階段の手すりに手を添えた。
それが間違いだった。
――ギュイイイイイイイイインッ!!!
「えっ!?」
手に触れた瞬間、木製の手すりが、まるで超高速のベルトコンベアかのように猛烈な速度で下階へと駆動し始めたのだ。
手を離そうにも、なぜか磁石のように吸い付いて離れない。
「お嬢様ぁぁぁ!!」
「止めて! 誰かこの手すりを止めてぇぇぇ!!」
私は手すりに引きずられる形で、階段を高速で滑り降りた。足をバタバタと追いつかせようとしたが、人間の限界を超えた速度に対処できるはずもない。
――ドンッ!!!
階段の突き当たりにある壁に、私は凄まじい速度で激突した。
アンの悲鳴が響く。




