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またこの丘で会いましょう~王子と私、焼き菓子が結んだ再会~

掲載日:2026/03/18

 私の名前はサンクタ・マリア・マドレーヌ。

 ロレーヌ地方の男爵家の長女として生まれた。


 幼馴染のロレーヌ・スタニスラオ・ペクチンスキは、ロレーヌ家の王子様だった。

 本来なら、身分の違う私たちが仲良くできるはずもない。


 そんなことは、子供だった私は知る由もなかった。


 ***


 父はロレーヌ家へ謁見に訪れていた。


「この丘で、少し待っていなさい」


 そう言われた私は、不安な気持ちを抱えながら父を待っていた。


 すると、ひとりの少年が丘に立っているのが見えた。

 どこか寂しそうに、お祭りを眺めている。


「お祭りに参加しないの?」


 私が声をかけると、少年は少しだけ微笑んだ。


「うん。

 僕はここから眺めているだけでいいんだ。

 父上が許すわけもないしね」


 そうして私たちは、この丘から遠くのお祭りを眺めていた。


 賑やかな音楽も。

 楽しそうな舞踏会も。


 どこか遠い、夢の世界のようだった。


 私たちは庭に作られている石造りの休憩所に並んで座った。


 そのとき、執事のような格好をしたおじさんが近づいて来る。

 綺麗にお皿に並べられた焼き菓子を持ってきてくれた。


「え!? これは……」


 口に人差し指を当て、おじさんは言葉を遮った。

 甘い香りが、ふわりと辺りに広がる。


「……おいしい。

 この形、可愛いね」


 少年の目が輝いていた。


「父上と母上、みんなで海に来たことを思い出すよ。

 また行きたいなあ」


 私はその顔を見るだけで、幸せな気分になった。


「それじゃあ、いつか私と海へ行きましょう」


「……そうだね」


 また少年の顔が曇った。


 静かな丘の上から、二人で祭りを眺める。


「ドーン……パン、パン、パン」


 夜空に魔法の火の花が咲き乱れる。

 花火の光が、少年の横顔を照らした。


 育ちの良さを感じさせる、凛々しい顔立ち。

 けれど、その瞳にはどこか寂しさが映っている。


 そう私には見えた。


 遅れて届く音も。

 漂う火薬の匂いも。


 すべてが、私には忘れられない思い出となった。


 これが王子ペクチーと、私マドレーヌの出会いだった。


 別れ際。


 私は、もう一度会いたいという願いを込めて言った。


「またこの丘で会いましょう」


 少しかしこまって、スカートをつまみ、軽くお辞儀をする。

 ほんの少しだけ、大人の女性の真似をしてみた。


「うん。約束だ」


 それが、私の運命を大きく変える言葉になるとは――


 その時の私は、まだ知らなかった。

 

 ***


 それから毎年のように、この丘でお祭りを眺めた。


 この時期になると、父がこの国の王に謁見に訪れるからだ。


 昔は、この国までの旅が好きだった。

 でも今は――


 この丘で、あの少年に会えることを心待ちにしていた。


 けれど学園に通うようになり、私は貴族社会の恐ろしさを知ることになる。


 学園の中にも、はっきりとした身分の序列があった。


 高い身分の者には逆らえない。

 それは、子供の社会でも同じだった。


 私は、そんな学園が嫌いだった。


「学校は、身分社会なんて関係ないでしょう?」


 そうは言った私だったが――


 ある日、私は知ってしまう。


 あの少年が、ロレーヌ家の第一王子。

 ペクチンスキだということを。


 第一王子。

 つまり未来の王。


 私とは、釣り合うはずもない存在だった。


 まるで、自分の言葉がブーメランのように返ってきた気分だった。


 けれど。


 身分社会の話をしたとき、彼はこう言った。


「私も、学校で身分を振りかざすのは良くないと思う」


 男子生徒は、彼の言葉に歯を食いしばり俯く。


「偉いのは私たちじゃない。

 ただ生まれが違うだけだ」


 女子生徒が、彼の言葉に目を潤ませている。


「大人の世界を、子供まで真似する必要はないさ」


 そして彼は、さっそうと行ってしまった。


 でも、あるとき。

 

 彼が少し照れながら私に言ってきた。


「私のことはペクチーと呼んでほしい。

 嫌かな?」


 王子をあだ名で呼ぶことより、

 男の子をあだ名で呼ぶことの方が恥ずかしかった。


「……ペクチー」


 私がそう呼ぶと、彼は嬉しそうに笑った。


「マドレーヌ。

 君のことは、マドレーヌと呼んで良いかな?」


「王子さまをあだ名で呼ぶのに、

 私はそのままの名前だなんて……」


「いいじゃないか」


 彼の笑顔が眩しい。


「幼馴染なんだし。

 それに……マドレーヌという響きが好きなんだ」


 そして私たちは、そう呼び合うようになった。


 けれど。


 学園生活が続くにつれ、あの丘で会う日が少なくなっていった。


 ペクチーは忙しくなり、周りでは婚約話が増えていった。


 そして――


 ペクチーの婚約の噂が広まっていた。

 

 王子であるペクチンスキに婚約候補として、名前が挙がっていた。


 ブルターニュ・ガレット・ブルトンヌ。

 ボルドー・ラム・カヌレ。

 エクレア・フォンダン・カトリーヌ。


 伯爵令嬢のリッチモンド・タルト・フレーズは、その筆頭だった。


 王の命令に背けず、国のために王子は婚約を断れなかった。


 それでも――


 

「またあの丘で会いましょう」



 ペクチー王子は、私がしてみせたようにお辞儀をした。


「こんどは、私がお土産を作ってまいりますわ」


「お土産を作る?」


「はい。楽しみにしていてください」


 そう言って別れた。


「丘で会う」


 その言葉だけが、私たちを繋いでいた。


 約束を胸に、私は自分で焼き菓子を作り始めた。


 焼き菓子に、ペクチーの好きなフルーツを載せる。


 甘い香りに誘われて、ひとくち口に運んだ。


 出来立てのそれを、そっと味見する。


「美味しい!」


 うまく出来たうれしさから、心が躍る。


 早く会いたい。


 そう思いながら、さっぱりとしたフルーツを頬張った。


 口直しのアールグレイは、柑橘系の風味と香りが、味わいを引き立てる。


 その焼き菓子を携えて、私は王子の元へと出かけた。


 今回の焼き菓子は特別だった。


 焼き菓子にクリームとフルーツを飾り付けた。


 フルーツには、ゼリー状の透き通った甘い艶をまとわせている。

 ペクチー王子の好きな、少し酸味のある味だ。


 私たちは、あの丘で祭りを楽しむはずだった。


 それなのに……。


「急な用事が出来たんだ」


 その視線は、もう私を見ていなかった。


 私を置き去りにするように、背を向けて去っていく。


 せっかく作った焼き菓子を、私は持ったまま立ち尽くした。


 執事のおじさんが、私に話しかけてきた。


「王子への贈り物ですか?」


「は、はい……」


「必ず、お渡しいたします」


 丁寧に、お辞儀して大事そうに持っていった。


 そしてしばらくして――


 王子の婚約が発表された。


 ***


 私は悲しみに暮れ、新たな決意を抱いた。


 数日は何も手につかなかった。

 けれど、このまま何もせず、悲しみに沈んでいる自分が嫌になった。


 ――このケーキを作って、売ろう。


 そして私は、実家でお店を開き、焼き菓子を売り始めた。


 母から教えてもらった、甘い香りの焼き菓子を。


 この国は海に面していたので、母は焼き菓子の形を貝殻の形にしていた。


 最初は一日に数個しか売れなかった。


 それでも徐々に評判となった。


 今ではお店の前に、人が絶えないほどになっていた。


 人から人へ評判が伝わり、


 今では国の名物と言われるようになっていた。


 ***


 ペクチー王子と会わなくなってから数年が経ち。


 私の焼き菓子の評判が、王のもとまで届いた。


 そして、国を代表するお菓子となるのだった。


 この功績を評して、私の家は爵位を頂いた。


 それは、ペクチー王子と結婚できるほどのものだった。


「いまさら……」


 私にはこんな爵位など不要に思えた。


 しかし――


 ペクチー王子は、婚約を納得しておらず、ずっと保留にしていたのだった。


 私の爵位を得たことを知り、王子は駆けつけてきた。


「すまない。

 あのときは、マドレーヌをかばうため、ああするしかなかったんだ」


 真剣な表情で王子は語った。


「あのとき、側近が君の家を調べていたんだ。

 これ以上関われば、君に危険が及ぶ。

 そう思ったんだ」


 ペクチー王子が、私をじっと見つめている。


「もう、父が反対する理由はなくなった。

 マドレーヌ。

 君が作ってくれた焼き菓子を食べたよ」


 私が執事のおじさんに渡した焼き菓子を、王子は食べてくれていたのだ。


「あの味は、僕の好みに合わせてくれていたね。

 とても美味しかったよ。

 そして、懐かしかった」


 冷たく突き放されたと思っていたのに。

 ペクチー王子は、私が作った特別製の焼き菓子を食べてくれていた。


「甘くて楽しい気分にさせてくれた……

 思い出の味。

 あの味は忘れられないよ」


 あのときの、幼い頃の思い出だ。

 

「だから僕は、父上に願ったんだ」


 その言葉で、すべてを悟った。


「僕は結婚式を、あの丘で挙げようと思っていたんだ。

 マドレーヌ。

 君に伝えたい」


 またあのときと同じようにお辞儀する。


「またこの丘で会いましょう」


「え!?」


 だけど……


 私には、その言葉の意味が分からなかった。


「私は、結婚式に参列するのはお断りします。

 他の人と結婚する姿を見るのは辛いので……」


 私の言葉に、王子が笑った。


「何を言ってるんだ。

 君が僕の横に立つんだよ」


「……」


「マドレーヌ。

 結婚してほしい」


 悲しい涙は、喜びの涙へと変わった。


「はい!

 喜んで!」


 こうして、あの丘でお祭りが行われた。


 花火を眺めながら、私たちは結婚式を挙げた。


 丘の向こうには、遠く青い海が見える。

 街の灯りは海へと続き、祭りは夜遅くまで続いた。


 焼き菓子を食べながら、王子がつぶやく。


「貝殻の形が可愛いね」


 その表情は、まるで子供の頃の王子のようだった。


 そのとき王が尋ねた。


「その焼き菓子、名は何というのだ?」


 王子は私を見て微笑んだ。


「名前はまだありません」


「ならば私が決めよう」

 

 王がゆっくりと言った。


「この国の名物菓子!


 名をマドレーヌとする」


 それは、私の名前だった。


 あの丘で過ごしながら食べた焼き菓子が、

 思い出からお菓子という形になった気がした。


 ***


 そして数年が過ぎた。


「またこの丘で会いましょう」


 その言葉を思い出す。


 海風が私の帽子を揺らした。


 帽子を押さえながら、私はこの幸せを噛みしめていた。


 私たちは子供と一緒に、あの丘から見えた海岸を歩いている。


「ドーン……パン、パン、パン」


 あの日のように、夜空に火の花が咲き乱れる。


 あの日と違うのは――


 隣にいる人が、幼馴染ではなく、私の旦那さまだということ。


 新しい家族と見るお祭り。


 私はあの日と同じように、空を見上げた。

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