表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第四章 シュトレン

ロイ=ウェル第四章です。

名前のない女王と出会ったリリーは、名前のない女王の力によって、自分のことや姉弟のことを話してしまいます。それを聞いた名前のない女王は、リリーを利用して、姉弟たちを捕えること、そして外の世界への介入を企て…。

 「お前の弟も来ているだと!」と名前のない女王は言った。「お前たちは人間の姉弟か?」

 リリーは何も言えずに、立ち尽くしていた。頭が混乱し、恐怖で口が上手く動かなかった。

「お前は私をイラつかせる天才だな」と名前のない女王は言った。「さっさと答えよ。返事をしなければ殺すぞ。私を待たせるな。お前達は人間か?」

「そうです、女王陛下」とリリーは答えた。

「どのようにして、ここに来たんだ?」

「私は、あのぅ…鍋の中を開けて、そこに出来ていた道を通ってまいりました」

「鍋だと?…どういうことだ?」

「ふ、蓋を開けたら、ここへの扉へ繋がっていたんです、女王陛下」とリリーは答えた。

「なるほどな」と名前のない女王は、独り言のように言った。

「開けたらか。ロイ=ウェルが、人間界に繋がる条件や手段は気になっていたが、向こうの奴が何かを開けることで繋がっていたのか。過去にここで選ばれた人間が死んでるのに、今更ロイ=ウェルが人間を呼ぶ理由はよく分からんが…。まぁ、生かしておくメリットは何もない。とりあえず、死んでおけ、お前」

 そう呟きながら名前のない女王は立ち上がる馬車から降りて、瞳をさらに怒りで赤くしてリリーの顔をじっと見つめ、杖を振りかざした。リリーは何とか逃げようとしたが足がすくんで動かずに転んでしまった。もう無理だと諦めた時、名前のない女王は考えを改めたのか、優しい声で話し始めた。

「かわいそうに、痛かろう」女王はリリーを抱き上げた。「さぁ、馬車にお乗り。傷を手当してあげるから、少し話そうではないか」

 リリーは話したいことなんか何も無かったが、従わないわけにはいかなかった。名前のない女王は、リリーを自分の席の隣に座らせて、傷をじっくりと見た。

「かわいい足に傷がついてしまったな」と名前のない女王は言った。「今、綺麗に治してやろうな」

「ありがとうございます、女王陛下」と、リリーは怯えながら必死に答えた。

 すると名前のない女王は、自分が持っていた杖を、リリーの足の上に掲げ、軽く振ってみせた。すると杖から、呪文の文字が現れた。呪文の文字は、まるで風になびかれているように馬車の中を広がっていたが、やがてリリーの足にまとわりつき、やがては覆い隠した。全ての傷を覆った後、呪文は強く輝き、それが終わるとゆっくりと剥がれ、消えていった。あらわになった足には、傷は一つもついていなかった。

 それを見たリリーは、だいぶ気分が落ちついてきた。もしかしたら、この人は私を気に入ってくれたのかもしれない。そうじゃないなら傷なんか、ほっとくはずだわ。

「怪我をした後はお腹が空くだろう。」しばらくして、名前のない女王は言った。「何か好きな食べ物はあるか?」

「シュトレンが好きです、女王陛下」とリリーは答えた。

 名前のない女王が杖を軽く振ると、何もない空間から、赤いリボンの綺麗な箱が現れた。開けると、もう熟成された、薄くスライスされたシュトレンが数枚入っていた。甘い香りに誘われてリリーがかじりつくと、さらに甘い香りが鼻を通り、噛み続けるとバターの風味や小麦の味、ドライフルーツやお酒の味が口に広がった。リリーはこんなに美味しいシュトレンを食べるのは初めてで、貪るように食べ進めて完食した。

 リリーが食べ終わると、名前のない女王はいくつも質問をしてきた。リリーは名前のない女王に感じていた恐ろしさを忘れてしまったかのように、答え続けた。シュトレンを食べ終わったリリーは、なぜか名前のない女王の役に立ちたいという気持ちしか持てなくなってしまっており、名前のない女王がどうしてそんなに質問をしたがるのか、答えを知った名前のない女王がこれから何をするのか考えもしなかった。

 名前のない女王はリリーから、姉が二人と義理の弟がいること、弟が最初にロイ=ウェルに来たことがあり、その時エルフに会ったこと、自分たち四人以外にはロイ=ウェルのことを知らないことを聞き出した。

とりわけ名前のない女王は姉弟が四人だということに執拗にこだわっているようで、何度も確認をしてきた。「お前達が四人姉弟なのは間違いないな?それ以上誰もいないな?」するとリリーは唇を舐めながら答えた。「ええ、確かに四人です」

 ついに聞きたいことが終わったようで、名前のない女王は黙りこんだ。それに対してリリーは、もっと聞いてもらえたらもっとお話しするのに、と思った。もっとお話ししたら、もっと私は女王陛下のお役に立てるわ。そのことに名前のない女王は気づいていた。リリーは気づいていなかったが,シュトレンには食べた者が名前のない女王に対して忠誠を誓い、生涯魂が奴隷になるという魔法がかけられていたからだ。名前のない女王はリリーの気持ちを刺激するように、こう話しかけた。

「なぁ、リリーよ。お前の姉や弟を私に紹介してくれないか?私のところまで連れてきてくれないか?」

「もちろんです、女王陛下」と、リリーは目を輝かせて言った。

「もしお前が姉と弟を連れて、またロイ=ウェルに戻ってきたら、もっと美味しいシュトレンをごちそうしよう。今はもうないから、準備してお前達を待っているよ。我が城で歓迎のパーティを開こうぞ」

「そんな、恐れ多いです、女王陛下」とリリーは言った。名前のない女王に抱き上げられた時は、名前のない女王に何をされるか分からず、誰も知らないところで殺されるかもしれないと思って怖がっていたのに、今は何の恐怖心も無くなっていた。

「なに、私がやりたいのだ。実に美しいところなんだ、我が城は。お前達もきっと気にいる。たくさんの部屋もあるし…。私には子供がいなくてな。我が国は女が王になるのが習わしで、王女として女の子が欲しいのだよ。お前は私が会った女の子の中で、一番良い子で私を思ってくれている。お前を是非王女にしたい」

「私一人で十分ではありませんか?」とリリーは尋ねた。自分以外の子がいたら、女王陛下は私のこと以外も見るじゃない!

「私が何と言ったか忘れたのか。私はお前の姉や弟に会いたいのだ。お前はいずれこの国の女王となる。その時に臣下がいなければならんだろう。気心が知れた家族の方が、お前も信頼できるだろう」

「私の姉や弟は、私には劣るかとは思いますが」とリリーは言った。「女王陛下がお望みなら、また連れて参ります」

「約束だぞ。さぁ、おかえり。来た扉を開ければ、元の世界に戻れる。ロイ=ウェルから外の世界に繋がる扉はここだけだからな」

「ありがとうございます。次は必ず姉と弟を連れて参ります。女王陛下のお城はどこにあるのですか?」

「そうさな。暗いとよく場所が分かるまいな」と名前のない女王は言った。「よし、今日より私の城に常に灯りを灯し続けよう。この国のあらゆる光を私は奪い取って持っているからな。光っているのが我が城だ。久しぶりの光で、この国のやつらの目を焼くのも一興として楽しめそうだ。さらばだ、リリー。忘れずに姉と弟を連れて参れよ」

「はい、女王陛下」とリリーは答えた。「それから」と名前のない女王は言った。「お前の姉や弟に、私のことは話さなくて良い。私とお前だけの秘密だ。一緒に驚かせてやろうぞ。ここに来たら、『あの眩しいお城に行ってみよう!』と無邪気に誘えば良いんだ。お前の弟はーエルフに会ったそうだがー私について奇妙で恐ろしい話を聞いているかも知れない。だが、エルフは長生きしてる分、刺激を求めて嘘をつきがちだ。弟が私を怖がるようだったら私は優しい女王であると、お前の方で説明してくれまいか?」

「もちろんです、女王陛下」リリーは答えた。「必ずや、女王のもとへ全員連れていきます」それを聞いた名前のない女王は満足げに笑い、馬車を降りるリリーをエスコートし、再び馬車に乗ると微笑んで言った。

「ああ、それとなリリー。お前が帰ったら、鍋の蓋を閉めずにいてくれまいか。そうしておけば、ここへの道が塞がることなく、またすぐ鍋から来られるだろうから」

「かしこまりました、女王陛下」リリーは屋敷のルールを忘れて答えた。その返事に名前のない女王は笑みを深め、馬車を走らせるよう命じ、リリーに手を振って言った。「良い子だ。また会おう!」

 リリーが馬車の方向をじっと目で追っていると、どこからか、誰かがリリーを呼ぶ静かな声が聞こえた。あたりを見渡すと、暗闇の中からマーシャルが近づいてきていた。

「リリー」とまたマーシャルは静かな声で言った。「君も選ばれたんだね。ね、作り話なんかじゃ無かったろう?」

「わかったわよ」とリリーは言った。「あんたは嘘なんかついてなかったし、ペテン師でもないわ。謝ってほしいなら謝るわよ」

「しぃ!」マーシャルはリリーが来られた嬉しさや、まわりに誰もいないかへの思いが強くなり、リリーの目つきなど、どこか普段と違う様子なのに気づけなかった。

「あまり、大きな声でここじゃ話さない方が良いよ。前に話したエルフに会いに行ったんだよ。エルフェルさんっていって、とても親切なんだ。すごい元気そうで、僕を帰らせてから名前のない女王に酷い目に遭わされることもなかったんだって。でも用心にこしたことないから、早く帰ろうと思って一人で扉まで来たんだ。もう道は覚えたし、また二人だと名前のない女王の仲間に見つかるかも知れないしね」

「名前のない女王?」とリリーは尋ねた。「この国の女王陛下?」

「本当にひどい女王なんだよ」とマーシャルは言った。「その人は自分をこの国の女王だと名乗ってるんだけど、そんな器じゃ全然ないんだよ。この国の生き物たちはみんな女王を嫌ってる。人間をすごく怖がってて、殺す必要ないのにずっと殺したがってるんだ。魔法が使えて、ロイ=ウェルからすべての光を奪い取って暗闇にしてしまったんだって。いつも馬車で移動して、手には杖を持ってて紫水晶の縄を頭に巻いてるらしいよ」

 リリーは急に吐き気がしてきた。親しくなった女王陛下が危険な女王だと知り、気分が悪くなったのだ。しかし、甘い香りが口からせり上がってきてまたリリーを支配し、女王陛下への忠誠心が現れた。

「あんた、それ誰に聞いたって?」

「エルフのエルフェルさん」とマーシャルは答えた。

「エルフなんて長生きのしすぎで、暇つぶしに嘘をつくような奴らよ」とリリーはまるでエルフの専門家のように言った。

「そんなことないよ。少なくともエルフェルさんは違うよ」とマーシャルは否定した。

「あんた、エルフと知り合ったの最近じゃない」とリリーは答えた。「そんなんで、分かったような口をきくもんじゃないわ。ここでずっと話していても何にもならないし、さっさと帰りましょう」

「そうだね、そうしようか」とマーシャルは答えた。

「ああ、リリーもロイ=ウェルに選ばれて嬉しい。二人もロイ=ウェルに来られたんだ、きっとエリーやマリーも信じてくれるよ!お互いが証人だから守り合おうね。絶対に守るから安心してね」

 しかしリリーはちっとも安心なんか出来なかった。帰ってマーシャルがロイ=ウェルについて話すとき、自分も行ったことを話さなければおかしいし、マーシャルが正しかったことも認めなければならない。きっと話を聞いたエリーやマリーはエルフ達の味方をするだろうし、女王陛下のことを嫌うだろう。でも、私は女王陛下の元へみんなを連れて行かないといけない。リリーは、もう自分が何を話せば良いか、何を話さないでおくべきか訳が分からなくなっていた。

 この頃までにマーシャルとリリーはもう、長い距離を歩ききり、とうとう鍋の蓋のところまで辿り着いた。

「ねぇ、リリー。顔色が悪いよ。具合わるいの?」

「大丈夫よ」とリリーは言ったが、何も大丈夫なんかじゃなかった。けれど、私はやり通さなきゃならない。

「じゃあ、僕先に行ってエリー達を探してくるよ」

マーシャルが倉庫を出て行ったのを見送った後、リリーは少し時間を置いてから後を追った。

 蓋をしめずに…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ