第十七章 絶望は勝利の形をしている
ロイ=ウェル第十七章です。
ラススヴェートは取り引きに従い、名前のない女王の元に行きます。マーシャルとエリーは後をついていき…。
ロイ=ウェル完結まであと数話です!最後までお楽しみ頂ければ幸いです。
名前のない女王の姿が見えなくなるや否や、ラススヴェートは「ここを離れよう。この場所は、違う目的で使用する。今夜はリュフナの浅瀬で野営をしよう」と言った。
もちろん、誰もが皆、どんな取り引きを名前のない女王と交わしたのかを訊きたくてたまらなかったが、ラススヴェートの表情は険しく、しかも名前のない女王の持つ力に、ラススヴェートが勝てなかったのを見たせいで不安な気持ちも強まっていたので、あえて尋ねようとする者はいなかった。
丘の上で食事を終えると、一同はテントを片付けて、荷物をまとめた。すべての用意が済むと、一同は一列になってリュフナに向かって出発したが、歩みはゆっくりとしたものだった。リュフナの浅瀬はそれほど遠くなかったし、ラススヴェートに背負われているリリーの身体に、振動が響くのを防ぐためでもあった。
歩き始めてしばらくすると、ラススヴェートは戦士であるスーや、最高戦力でもあるマーシャル達に対して、戦いの計画を話し出した。「名前のない女王は、おそらく国にいる全味方を集めながら自分の城に引き返し、立て籠って戦争の準備をするにちがいない。そうなると厄介だ。名前のない女王が城に戻る前に、引き止められたら一番良いのだが、それが出来るかどうか…」
それからラススヴェートは、二つの作戦について語り始めた。一つは、森の中で名前のない女王軍と戦うというもの。もう一つは名前のない女王の城に総攻撃をするというものだった。「名前のない女王が何をするか情報を得る為に偵察兵を送るといい」「前衛には接近戦が得意な者を配置し、後衛にはそれをサポートできる弓使いなどを置くように」など、戦争において必要な忠告をしていたラススヴェートに、マリーは尋ねた。「でも、あなたも戦場にはいますよね?」
しかし、その答えは聞けなかった。リリーが目を覚ましたのだ。それに気づいたエリーとマリーは喜んだ。ラススヴェートは立ち止まり、しばらく一同は歓喜の叫びをあげた。「リリー!」「無事で良かった!」と、エリーとマリーは言った。歓声に包まれる中で二人の顔を見たリリーは、困惑した。私は確かお城で…名前のない女王の命令に背けなくて身体をナイフで刺し続けて…そのまんま死んだんじゃ?
「…大丈夫、君は助かったんだよ。君を背負ってくれている、ラススヴェートが治してくれたんだよ」と、マーシャルは言った。それを聞いたリリーは、自分を背負っている者を見た。ラススヴェートは、少しだけリリーの方を振り返り、微笑んだ。「痛く、辛く、怖かったろう。もう終わったから安心しなさい。さぁ、私に何か言うより前に、姉弟に言わなくちゃいけないことがあるだろう?」
リリーは頷き、マーシャル達の方を見て言った。「…ごめんなさい、マーシャル。エリーに、マリーも…。私、たくさん酷いことを…本当にごめんな…」後悔の涙を流し嗚咽をあげながら、リリーは懸命に謝った。「もういいよ、姉さん」「私こそ、あなたを追い詰めたわ、ごめんなさい」「四人でまた会えて嬉しいわ」と、マーシャル、エリー、マリーも泣きながらリリーに答えた。ラススヴェートに降ろしてもらったリリーは、三人に飛びつき、四人は隙間なく抱き合ってキスをした。やっと四人は仲直りが出来たのである。その様子を、ラススヴェートは微笑みながら見つめていた。やはり、自分の選択は間違ってない。ラススヴェートはそう思い、そう思えることに感謝した。
リュフナに向かう道のりの後半で、主にラススヴェートを見ていたのは、マーシャルとエリーだった。自分も戦いたいと言ってくれたリリーに血の剣を渡したラススヴェートは、それ以降話すことなく、悲しそうに見えた。
渓谷が開け、川が広く浅くなっているところに一同が辿り着いたのは、日没前だった。そこがリュフナの浅瀬だった。スーは、ラススヴェートに言った。
「渡るのは少し大変ですが、川の向こうに野営を張りましょうか?名前のない女王連中が夜に我々を襲いに来る可能性もあります。川があれば、敵が渡ってきても音で気づけますし」
ラススヴェートは、何か別の事を考え込んでいるのか、何も返事をしなかった。スーがもう一度聞こうとすると、聞こえてはいたようで、「いや、いい」と、まるでそんなことはどうでもよいというように、低い声で言った。「今夜は、もう何もしてこないだろう」そして、深いため息をつき、テントを張ってみんなに食事をとり、休むように命じた。
その晩は、ラススヴェートの気分に全員が取り込まれていた。スーやマーシャル達は、自分達だけで戦う可能性があることが不安でたまらなかった。ラススヴェートが戦いの場にいないかもしれないというのは大きな衝撃だった。また、ラススヴェートが及ばない力を名前のない女王が持っていたのも、不安に繋がった。また、もしも、そのような力を名前のない女王が使い出したらどうすればいいのか…。その晩の夕ご飯は、沈黙に包まれたものだった。誰もが、初勝利やリリーが解放されて目覚めたことを喜んでいた時とは、すっかり雰囲気が変わってしまったと感じていた。始まったばかりの楽しい時間が、急に終わりに近づいていっているようかのようだった。
エリーはこの雰囲気に飲み込まれ、寝床に入っても中々寝付けなかった。横になって、不安を頭から追い出せないかと思いながら寝返りを繰り返していると、暗闇の中、すぐ隣でマーシャルが、長いため息をついて寝返りを打つのが聞こえた。
「寝られないの、マーシャル?」とエリーが尋ねた。
「うん」とマーシャルは答えた。「ねぇ、エリー」
「なぁに?」
「すごく嫌な予感がするんだ。とても良くないことが、もうすぐ起きる気がするんだ」
「…実は私もそうなの」
「ラススヴェートに、何か恐ろしいことが起きようとしていると思うんだ。それをラススヴェートも知っているんじゃないかな」とマーシャルは言った。
「名前のない女王と取り引きをしてから、ラススヴェートはずっと様子がおかしかったわよね」とエリー。「ねぇ、マーシャル。戦いの時にいられるかはっきり答えられないってラススヴェートは言ってたけれど、あれってどういう意味だと思う?もしかしたら、今夜私達を置いて、何かをするつもりなんじゃないかしら?」
「確かめに行こう。僕もそんな気がする。エリー、ラススヴェートを探しにいこう」
「そうね」とエリーは言った。「ここでじっと眠れずに過ごすよりも何倍もいいわ」
聡い二人は音を立てないように、血の剣を持ち、静まり返った他の子達の間を通りながら、テントの外に出た。月が明るく光っていて、川のせせらぎを除けば、辺りは静寂に包まれていた。突然、エリーがマーシャルの腕を掴んだ。「見て!」二人がいる野営地の反対側にある木立の辺りを、ラススヴェートが歩いて進んでいく姿が見えたのだ。二人は、黙ってその後をついて行った。
ラススヴェートは、一同が丘の上からリュフナの浅瀬までやって来たのと同じ道を歩いていた。ラススヴェートは暗い木陰の中に入ったり、淡い月明かりに照らされたりしながら進んでいった。歩くラススヴェートは、二人が知っているラススヴェートとは違って見えた。俯き、背を曲げて、ひどく疲れているような足取りでゆっくりと歩いていた。ふと、隠れる木陰がない開けた場所で、月に照らされたラススヴェートが立ち止まり、振り向いた。身を隠すものがなく、マーシャルとエリーは今更逃げてもしょうがないと、自分達の方からラススヴェートに近づいた。ラススヴェートは言った。
「誰かと思えば。寝ないと大きくなれないぞ」
「眠れなかったんです」と、マーシャルは答えた。それ以上何も言わなくても、自分達がここにいる理由なんてラススヴェートにはお見通しなのだろうと、マーシャルは思った。
「お願いです、私達も連れて行ってください。あなたが向かう場所へ」と、エリーが言った。
「そうだな」とラススヴェートは言って、少し考えているようだった。「誰か一緒にいてくれた方が今夜は確かにいいかもしれない。ただ、約束してほしい。ここにいろと私が言ったら、そこからは何があっても動かずにいること。それが守れるなら、ついておいで」
「ありがとうございます、約束します」と、二人は言った。
こうして三人はまた進み始めた。マーシャルとエリーは、それぞれラススヴェートの両脇を歩いた。ラススヴェートは、次第にたまに立ち止まり、また歩き出すといった進み方になった。やがて立ち止まったラススヴェートはよろめき、座り込んだ。
「ラススヴェート!」と、マーシャルが言った。「どうしたんですか?気分がすぐれませんか?」
「戻って休みませんか?」とエリーが言った。
「いや」ラススヴェートは答えた。「私は行かないとダメなのだよ。なに、どこも悪くはないんだ。ただちょっと、勇気をうまく引き出せなくてな。すまないがお前達、手を繋いでくれないか?そのまま歩いて行こう。そうすれば、私は勇敢でいられると思うのだ」
それを聞いたマーシャルとエリーは、ラススヴェートと初めて出会った時からずっとしたかったが、恐れ多くてとても出来なかったことをしたーラススヴェートの手に触れて握り、手を繋いで三人は歩き進めた。
やがて一行は、石の祭壇がある空き地へ続く丘の斜面を上りはじめた。背の高い木々の間を通り抜け、最後の木に差し掛かると、ラススヴェートは歩みを止めて言った。「ここで止まりなさい。何があっても、姿を見せてはならないよ。ありがとう」
そう言って、マーシャルとエリーが握っていた手を離したラススヴェートに、二人は抱きついた。抱き返す為にしゃがみ込んでくれたラススヴェートの髪や頬に、二人は泣きながらキスをした。自分達がなぜ泣いているのか分からなかったが、止めることが出来なかった。涙の中から送る二人のキスに、ラススヴェートは一つ一つキスで返した。ラススヴェートは二人を離すと、丘の頂上を目指して歩いて行った。マーシャルとエリーは茂みの中でしゃがみ込んだまま、ラススヴェートを目で追いかけた。すると、こんな光景が目に映った。
数え切れないほどの生き物が、石の祭壇を取り囲むようにして立っていた。月が光っているのにも関わらず、その多くが手に松明を持ち、そこから邪悪な赤い炎と黒い煙が立ち上がっていた。その生き物達といったら!恐ろしい牙を生やした食人種、狼、牛の頭をした男。毒草や毒きのこの精霊、その他にも書き記すことが出来ないような生き物がいた。
丘の上には、悪鬼、夢魔、生霊、魔神、小鬼、巨人といった、魑魅魍魎ばかりがいた。それらは名前のない女王が作り出した者達で、ヒダリが名前のない女王の命令で呼び出したのだった。そして、それらに囲まれた祭壇の上に、名前のない女王が立っていた。
絶対王が自分達の方に向かって歩いてくるのを目にした生き物達からは、遠吠えや怯えたような声が上がり、一瞬名前のない女王でさえ恐怖に襲われているように見えた。でも女王は何かを思い出しかのように我に帰り、凄まじい笑い声を立てた。
「本当に来たな!」と名前のない女王は叫んだ。「そいつの両足と両腕を切り落とせ」
マーシャルとエリーは息を潜めて、ラススヴェートが敵陣を倒すのを、もしくは加護の力を自分に使うのを待っていた。しかし、そうはならなかった。いやらしい目つきをした四匹のカマキリ男達が、にやにやしながらー最初は尻込みして恐れていたがーラススヴェートに突進し、ラススヴェートが全く何もする様子がないと分かると、彼の両足と両腕を切り落とした。
それを見ていた他の者達も駆けつけて、地面にうつ伏せになっているラススヴェートを仰向けにし、両足と両腕から出血しているのを確認すると、まるで勇敢なことを成し遂げたように叫んだり喜びの声をあげたりした。「まて!」と、名前のない女王は言った。「そいつの顔を踏み潰してぐちゃぐちゃにしろ。特に口周りをな。呪文などを使う可能性もある」
名前のない女王の従者達から、意地悪な笑い声が巻き起こった。そして、悪鬼が進み出てきて、ラススヴェートの顔を思い切りに踏んづけた。それに、従者達全員が続いた。その度にラススヴェートの顔は潰れていき、鼻が折れ、眼球が潰れる音がした。ラススヴェートの美しい顔は血に塗れ、原型を留めていなかった。敵陣は、それをみて嘲笑った。
「なんだ、これじゃただのブスなだるまだな!」と誰かが叫んだ。「こんな者を俺達は恐れてたのか?」と別の誰かが言った。化け物達は、ラススヴェートを取り囲み、蹴り、叩き、唾を吐き、野次を飛ばした。そして、満足した一同はラススヴェートを名前のない女王がいる祭壇の上に放り投げた。
マーシャルは、涙を頬に滴らせながら「なんてひどいことを!」と言った。「臆病者!卑怯者!」と、エリーは咽び泣いた。「ラススヴェートが何もしないからって!なんでラススヴェートは何もしないの?」
ラススヴェートが祭壇に落ちると、群衆は静まり返った。名前のない女王は、持っていた杖を振り、剣を作り、それを手にした。松明の明かりに照らされた剣は美しく、純粋な悪で出来ていた。
ついに、名前のない女王はラススヴェートの方に近づいて行った。そして、ラススヴェートの頭の方に立った。ラススヴェートは仰向けになっていた。名前のない女王は、興奮で顔を引き攣らせていたが、ラススヴェートがどんな顔をしているのかは、もう分からなかった。それでも一撃を与える前に名前のない女王はラススヴェートの顔を覗きこみ、歓喜で打ち震えたような声で言った。
「お前は愚かだな、ラススヴェートよ。あんな小娘、見殺しにすれば良かったものを。これから、リリーを解放した代わりに私はお前を殺す。取り引き通りにな。取り引きとは神聖なものだ。裏切りは、災いをもたらす。だからお前は約束を守って来たんだろうが…お前が死んだら、誰か私があいつらを殺すのを止められる者はいるのか?誰か代わりに加護の力を持つ者がいるのか?お前の存在無しに、条件を満たしていない伝説どもと、私に勝てなかった連中が勝てるとでも思ったのか?分かるか、お前が小娘を見捨てられなかったから、結局お前含めて全員がこの戦いで死ぬんだよ。それを思って惨めに死ぬがいい。さぁ、皆のもの、目に焼き付けろ!これより、伝説が死ぬのだ!」
マーシャルとエリーは、ラススヴェートが殺される瞬間を見なかった。とても見ていられず、目をつぶっていたからだ。




