第十六章 取り引き
お久しぶりです。ロイ=ウェル第十六章です。
とうとう、名前のない女王とマーシャル達、ラススヴェートが出会います。物語はクライマックスに向けて加速していきます。お楽しみ頂ければ幸いです☆
女の声が聞こえた方を向くと、そこには馬車があった。もっとも、車を引いていたのは馬でなく狼ーヒダリであったが。
マーシャル達三人は、突然聞こえた声に驚くだけではなく、周囲の反応にも驚いた。女の声が聞こえた瞬間、ロイ=ウェルの住民達は、マーシャル達の姿を隠す者と前に出て臨戦体制をとる者に別れた。彼らの背中や瞳には、恐怖や憎しみがありありと現れており、それらに包まれたマーシャル達は名を聞くまでもなく、女が誰なのかを理解した。
「会うのは初めてだな、ラススヴェートよ」声の主は姿を現した。ダイヤモンドを散りばめた紫色のドレスを身に纏い、右手には長く真っ直ぐな黄金の杖を持ち、金髪の長い髪に紫水晶の縄を巻いた、美しい女だった。しかし、美しさの後ろに、何か背筋が凍るものがあるのを、マーシャル達は感じ取った。その女が、愛だとか良心だとかが少しも混じっていない純粋な悪の者だと、戦いの後の研ぎ澄まされた心で、三人は感じ取った。あまりにも純粋な悪とは美しくもあるのかと、三人は呆然としながら守られていた。
「雑魚どもがずいぶんと威勢が良いな?」と、女は言った。冷たく、怒りに満ちた声だった。女は、ロイ=ウェルの住民達に向かってそう言った後に、マーシャル達三人を忌々しそうに見つめた。「お前らがロイ=ウェルが選んだ人間か?」
「そうだ!手を出さない方が身の為ですよ、名前のない女王陛下。この方々は、あなたよりも何倍も強いし我々という盾もあるのだから!」と、弓を引きながらスーが言った。名前のない女王は、スーを視界に捉えた。
「あぁ…。私を謀った裏切り者じゃないか?私は、エルフを拷問するよう命令したはずだがな。そんなに、お前が死にたがりとは知らなかったよ。だが、安心なさい。今からでも殺してやるから」
そう、名前のない女王が言って杖を振り上げたと同時に、斬撃が名前のない女王の体を上下半分に切り裂いた。斬られた断面は、骨も血管も神経も、全てが美しく、そこから名前のない女王の血が流れていた。
「女王陛下!」と、ヒダリが叫ぶ声だけが響いた。名前のない女王の胴体は、自分の身体が落ちていくのを感じながら、驚愕していた。今、何がどうなって…?「…血は綺麗なんだな?」と、マーシャル達の後ろで、低い声がした。振り向くと、そこには全身を怒りで包んだラススヴェートがいた。その姿は名前のない女王のように、美しかった。しかし、彼を名前のない女王のように、純粋な善の者、純粋な正義の者とは言えなかった。彼は、支配され、犠牲の血を流して来た者達全ての代弁者として立っていた。それを感じ、マーシャル達は、誰一人動くことも声を発することも出来なかった。
名前のない女王は、下半身を繋ぎながら、圧倒的な力を前にいっそ笑いが込み上げて来た。加護しかしてなかった男が、攻撃に出た途端にこれか?まだ本気ではないようだが、何も見切れなかった。普通に戦ったら、間違いなく死んでいただろう。だが、残念。お前は、もっと早く。本当に早く来るべきだったのだ。
身体を繋げた名前のない女王は、ヒダリの方を向いて頷いた。それを見たヒダリは、馬車の車に入って行き、何かを加えて引き摺り落とした。それが何か分かると、マーシャル達は叫んだ。「リリー!」
地面に落とされたのは、ロイ=ウェルの扉の前で別れた時とは別人となったリリーだった。肩や腕、足に数箇所ずつ刺し傷があり、それによる出血の多さゆえに、顔は白くなっていた。顔には涙の跡がこべりつき、恐怖や痛みで身体はずっと震えていた。
「なぜ…!ラススヴェートの加護の対象外になるなんて、あり得ない…!」と、スーは叫んだ。それを聞いた名前のない女王は、愉快そうに笑った。「世界は広く、歴史は長いのだよ。時にラススヴェート…」
名前のない女王は、ラススヴェートの方を向いた。楽しくて仕方がないような様子だった。ラススヴェートは、名前のない女王ではなく、リリーをひたすらに見つめていた。「お前は、ロイ=ウェルより前の者か?後の者か?」と、名前のない女王は聞いた。ラススヴェートは、「…後の者だ」と、答えた。それを聞いた名前のない女王は、「では、魂を奴隷にする魔法は知らないな?」と、楽しげに言い、リリーに向かって命令した。「おい、リリー。次は自分を殴りなさい」
それを聞いたリリーは、拳を握って自分の顔を殴ろうとした。それに気づいたラススヴェートは、リリーを守ろうと加護の結界を張ろうとしたが、加護の力は現れず、リリーは弱々しいながらも、自分の顔を殴り続けた。ラススヴェートの目が、悲痛に満ちるのに、マーシャルは気づいた。…ラススヴェートにも知らない力があるの?…止められない力があるの?じゃあ、リリーは…
「お願い、やめて!」と、エリーとマリーは叫んだ。このままでは妹が死ぬと思ったからだ。「はっ、ならそれ相応の態度に出よ。この魔法は、ラススヴェートも知らぬ力だ。知らぬ力は止めようがなかろう」
リリーが自分を殴り続ける音が続き、止められない行為とラススヴェートも及ばない力にみんなが絶望する中、深い声が聞こえた。「もう、やめてくれ」それは、ラススヴェートのものだった。ラススヴェートは、名前のない女王を見つめて言った。「その子を解放してくれ。なんだって条件を呑む」
それは、ラススヴェートが敗北を認めるものだった。名前のない女王は歓喜し、リリーに止めるよう命令すると、ラススヴェートの方を向いた。「取り引きをしよう。そうすれば、命令は止める」
ラススヴェートはそれに応じて、解放されたリリーの体の上から手を翳した。すると、光が手に集まり、集まった光がリリーを包み込んだ。光が無くなると、リリーは傷一つない身体になっていた。マーシャル達はリリーに駆け寄り、三人でリリーを抱きしめた。意識はないものの、リリーの顔色は戻り、身体はとても温かくて、自分の鼓動で身体が震えていた。リリーは助かったのだ!
しかし、その代償にラススヴェートは名前のない女王と取り引きをしなければならない。少し離れた先で、たった二人で話し合う美しい王達を、マーシャル達や、ロイ=ウェルの住民は見守った。やがて、長い時を経て、取り引きが成立した。ラススヴェートは、みんなに言った。「話はついた。名前のない女王は、もうリリーを含め、お前達姉弟達に手を出さない」それは、ロイ=ウェル側にとって大変良い話であった。しかし、ならばなぜ、去ろうとしている名前のない女王は、あれほど喜びを顔に浮かべている?名前のない女王は、ヒダリの馬車に乗り込みながら言った。
「いいか、これは約束だぞ。私は約束を守ってリリーを解放した。今度はお前の番だぞ」
ラススヴェートは、無言で腕を上げた。それを見た名前のない女王は去って行った。空き地に、不安に包まれた者達と、勝てなかった王を残してー。




