第十四章 救われない
ロイ=ウェル第十四章です。名前のない女王の元に行ったリリーについて書いた章です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
さて、読者の皆さんは、リリーがどうなったのかを知りたいことでしょう。それをお伝えするには、時間を少し遡る必要がある。
名前のない女王の味方だとバレてしまったリリーは混乱し、姉弟から逃げて崇拝する名前のない女王の光る城へ向かおうとした。しかし途中で、みんなを連れずに行けば、女王陛下を失望させてしまうと思い至った。どうしたら、私は女王陛下の役に立てる?
そこで、マーシャル達をつれて行けない代わりに、何か女王陛下に有益な情報を持っていくことにした。リリーは、スーやマーシャル達の後を追い、外でみんなの話を聞いていた。
話が進むにつれ、リリーはだんだん嫌な気持ちになっていった。リリーの心の中は、自分の女王陛下が悪だと認める気持ちと、認めない気持ちの間が常に戦い、その戦いにリリーは苦しめられた。この苦しみから解放されたいとリリーは思った。その為には、自分はどちらかを選ばないといけない…。
ここまでこの物語をお読みいただいている読者の中には、リリーが嫌いだという方もいるかもしれません。ただ、リリーは心底駄目な悪い子ではないことは知って欲しい。彼女には良心も、家族や誰かを思う気持ちもあるのだから。現に、話を聞いている内に、リリーはスー達の家に入り、名前のない女王を悪と認め、そんな彼女に仕えてきた自分の行いを、姉弟ー特にマーシャルに謝ろうと思ったのだ。
しかし、名前のない女王のシュトレンによる魔法はあまりにも強力だった。リリーが中に入ろうと決意した瞬間に、名前のない女王への忠誠心が強まった。リリーの、名前のない女王の奴隷となった魂が中に入ろうとするのを止めた。そして、そのまま心を塗りつぶしてしまった。再び奴隷となったリリーは、マーシャルの声を合図に、再び女王陛下の城へ走った。
暗闇の中、何度も転びながらもリリーは城を目指して走り続けた。危ない道を教えてくれる者も、正しい道を導く者も無く、たった一人で。リリーは、苔で滑り、倒れた木の幹に躓き、土手を滑り落ち、脛を岩で擦りむきながら、懸命に走り続けた。早くしないとラススヴェートが来ちゃう…!
やがて、リリーは光る城に辿り着いた。ロイ=ウェルから奪った光を灯した城は、近くて見ると余計に眩しかった。長い塔が真ん中にあり、それを短い塔が左右から挟んでいるような造りで、光り輝いているのにも関わらず、禍々しいまでの闇を感じさせた。リリーは名前のない女王の城が、急に恐ろしくて堪らなくなった。
だが、引き返すにはもう遅かった。来訪者が来たと分かったからか、城の扉が一人でに開いた。すると、名前のない女王の「お入り」という声が響き渡った。リリーは、城の中に入った。
中に入ったリリーは、あらゆる点で、心臓が止まりそうになった。扉の先は広場で、床や壁などに血の跡あり、あらゆる種族の骨や標本が並べられていた。それらは誰かの手によって一から作られた物ではなく、生きていた者が死んでから作られた物だということは明白だった。この広場で何が起きたのかをリリーは考えて吐き気がした。すると、再び名前のない女王の声がした。リリーは涙を浮かべながら、名前のない女王の声がする方へまた歩き出した。
進んだ先に大きな扉があった。扉の左右には石像の狼があった。リリーが近くに来ると、狼達は急に動き出して、背中の毛を逆撫でながら、リリーを間に挟んで言った。「お前がリリーか?」と、左が言った。「女王陛下がお待ちかねだ」と、右が言った。二匹は中に入るようリリーを脅した。リリーはそれに従って入り、後から二匹も入った。そこは、沢山の柱が並んだ奥行きのある空間だった。その空間の最奥で、杖を持った名前のない女王が座っていた。
「お久しぶりでございます、女王陛下」と、リリーは後ろから狼達に押されながら言った。
「なぜ、お前は一人なのだ?」と、名前のない女王は恐ろしい声で言った。「私は姉弟も連れてこいと言ったが?」
「出来る限りのことはしました、女王陛下」と、リリーは言った。「姉弟は今、ロイ=ウェルにいます。私達姉弟四人全員が今ロイ=ウェルにいるのです。姉弟は、今は滝の裏に住むギリー・ドゥの夫婦と一緒にいます」
「…ギリー・ドゥだと?」と、名前のない女王は言った。「聞くが、そいつは燃える弓の使い手か?」と名前のない女王は聞いて来た。それに対し、リリーはそうだと認め、スーの家の前で聞いた、名前のない女王達にとって有益な情報だけを全て洗いざらい話した。口を止めようとしても、どうしても無理だった。全てを聞いた名前のない女王は、怒り狂って叫んだ。
「ラススヴェートが来るだと!それではロイ=ウェルに、言い伝えの人間が四人と、ラススヴェートが集結することになるではないか!」リリーは、言葉に詰まりながら「そうなりますね…陛下…」と答えた。
名前のない女王は、すぐにミギに部下を集めて人間達や裏切り者のギリー・ドゥ達を捕まえにいくよう命じ、その後に爪を噛みながら考えた。ラススヴェートに、五人ではないにしろ四人も集まった人間達。もしも奴らが出会って共闘したら、自分に勝ち目はないだろう。しかし、本当にラススヴェートは近づいているのか?名前のない女王は、それを確かめようとした。
「ヒダリ。拷問部屋にいるエルフを呼んでこい」と名前のない女王は命令した。「連れて来たら、ここで噛み殺せ」すぐに、ヒダリはエルフェルを連れて来た。拷問された形跡のないエルフェルを見た名前のない女王は更に怒りを募らせた。その怒りのままに、名前のない女王はヒダリに言った。「殺れ!」
ヒダリは、エルフェルに襲いかかった。すると、エルフェルの体を光が包み込み、ミギはその光に弾かれた。紛れもなく、ラススヴェートの加護だった。それを見た名前のない女王は苦悩した。ラススヴェートとは、ただ戦うのでは勝てないだろう、一体どうすれば良いのか?
すると、ヒダリが名前のない女王に言った。「…人質はどうでしょうか?」名案を思いついたように言うヒダリに対し、名前のない女王は返した。「…リリーを人質にとれば、リリーが殺されるのを恐れたラススヴェートや人間達が、向かってこないと考えたのか?ハッ、お前は今のを見ていなかったのか!ラススヴェートの加護は、絶対にエルフやリリーを守るだろうよ。我々が手も足も出ない人質など、なんの交渉にも使えん」
呆れたように話す名前のない女王に対し、ヒダリは言った。「…女王陛下、リリーだけならば、あなたは殺せます」リリーの顔をニヤニヤと笑って見ながら、ヒダリは続けた。「ラススヴェートが救えるのは、ラススヴェートが生まれてから今日までに知った力によって苦しめられている者だけです。知らない力は、無くしようがありませんからね。あの生き物が、いつどこで生まれたのは知りませんが…おそらくロイ=ウェルよりも前からは居ないでしょう。ロイ=ウェルができてから、こっち側の世界の国々や、生き物は生まれたのですから。ずいぶん長く生きているとは思いますが…しかし、それよりも女王陛下はロイ=ウェルが出来る前から生きていて、ラススヴェートも知らない力を持っていますー魂を奴隷にする、というね…」
それを聞いた名前のない女王は、しばらく黙って考えた後に、高らかに笑いだした。しばらくは笑いが止まらないようだったが、落ちつくと名前のない女王はヒダリに言った。「ああ、さすがはヒダリだ!では、さっそくやってみようか」そう言うと、名前のない女王は、リリーの足元に向かって、杖を振って出したナイフを投げて、命令した。「そのナイフで、お前の肩を刺せ。そうすれば私は嬉しい」
それを聞いたリリーは、嫌だと思いながらもナイフを拾い上げた。そして、ナイフを右手に持ち、刺しやすいように向きを変えた。嫌だ!嫌だ!嫌だ!涙を流してそう思っても、刺せば女王陛下が喜ぶという思いも止まらなかった。とうとう、リリーはナイフを左肩に刺した。
「アアアアァァァ!」肩の激痛に、リリーは身悶えて叫び、座り込んだ。額を地面にすりつけ激痛に耐えようとしたが、名前のない女王は更に笑いながら命令を続けた。「それ、また刺せ刺せ!次は…」
リリーは、何度も自分の身体を刺し続けた。その度にリリーは叫んだ。刺すたびに血が出て、血が床を濡らした。「やめてくれ!お願いだ!」と、エルフェルは何度も叫んだ。
リリーとエルフェルの叫びを、名前のない女王とヒダリは笑いながら見ていたが、やがて名前のない女王は言った。「お前に人質としての価値が生まれたぞ!ラススヴェートや人間達に、私がお前に命令するのを見せれば、あいつらは大きな態度に出れまい。ヒダリ、我々も出発してラススヴェート達を探しに行こうではないか!しかし、迷うな…」名前のない女王は、困ったように言った。
「ヒダリ。もう少し刺させといた方が良いかな?」




