記録8 目的
人間ーそれは矮小な存在。
知能は他の生物に比べても非常に高く、唯一言語を解する。が、魔力を扱うことの出来ない種族であり、古より淘汰されてきた存在。
魔法も科学も存在しない時代、人間は最も弱い生物であり人間が魔獣に敵うなど、夢幻のこととされていた。
数千年の時を経ても尚、人間は魔獣を恐れる
自らが生み出した存在の英霊・式神を恐れる
人間とは、それほどに脆弱な存在なのだ
「貴方は、本当に人間ですか?」
そう尋ねられた時、ゼノフレアの脳内に古い記憶が過ぎった。だが、それも束の間。すぐさま意識を切り替え、ギルノドゥアに答えを示す。
「…人間さ。しがない、一人の旅人だ。今やそうも言ってられないが、少なくとも英霊等ではない」
「………そうですか。疑って申し訳ありません」
「そう思われでも仕方がない。だからこそ、俺は魔力を抑えてきたんだ。…だが、これから先の戦いはそうもいかない。セカイと対峙した時感じた、絶対的な差。あいつが黒幕かは定かじゃないが、少なからず、あいつは倒さなきゃいけない存在だ。俺も、あいつからしてみたら弱者でしかない」
実際にあの時、セカイが退いたことで命拾いしたのはゼノフレアだ。あの場で挑んでいれば間違いなく命を落としていた。戦う気のないセカイの圧だけで気圧されていた。奴が本気になれば、指先だけで充分に殺せる。それが冗談や比喩ではなく、実際に起こりうる事柄だというのが、あの時、ゼノフレアは瞬間的に分からされた。
「それより、今の答えであんたは納得したのか?」
「…貴方は私の命の恩人。今はそれだけで十分です。それに、貴方が人間ではなかったとしても実際、何の問題もありませんから。貴方は世界の為に戦っている。それだけで信用に足りうる」
「…そうか」
ゼノフレアにその実感は無かった。確かにゼノフレア達は、世界の敵であるイノベーターと戦っている。しかし、未だ定まらぬ脅威と少し刃を交えただけでは、それは単なる戦いに過ぎない。セカイという強大な敵を目の当たりにしても、それが世界の危機だと実感するには足りない。何故なら、ゼノフレア達は今まで'平和'な世界で生きてきたからだ。
人、魔獣、時には式神などと対峙したことがあるがそれはこの世界においておかしいことでは無い。いつも通りの世界、つまり'平和'だ。
そんな日常に居たからこそ、未だ実感が湧かない。守護神という存在が本当にいるのか、それも定かではない。カタストロフィ再発の手段も未だ確かでは無い。そして、今まで一切存在を認識したことのなかった"イノベーター"。ディアの言葉を嘘だと思う気もさらさらないが、信じるかどうかは別問題である。
だが、だからといって見ぬふりをする訳では無い。でなければ、こんな戦いに身を投じたりなどしない。世界の脅威がないなら、それに越したことはない。イノベーターは実在しており、セカイという明確な敵も現れた。…それで十分だ。
「…ん」
「…っ……」
ゼノフレアとギルノドゥアがそんな話題を話していた時、未だ眠っていたカイリとディアが目を覚ました。
「起きたか」
「…済まぬ、少し眠りすぎた」
「いや、そんな時間も経ってない。気にするな」
「ん…、あんた…寝なかったの?」
「目が覚めて周りに知らない人間が寝てたらギルノドゥアだって混乱するだろ。それより、本命はこっちだろ」
「ああそうじゃな」
カイリは未だ眠そうに瞼を擦っているが、ディアの意識は既に覚醒したようで、まっすぐどギルノドゥアに向かっていた。
「久しぶりじゃの、ギルノドゥア。色々と災難じゃったな」
「お久しぶりです、ディア殿。寧ろ、災難に巻き込まれたのは貴方方でしょう」
「はは、間違いないのう。体に支障はないか?」
「ええ。彼が手加減してくれましたから」
「元よりあんたを誘う為に来たんだ。それで重傷を負わせて戦えなくなってもらっては元も子もない。まぁ、結局はギルノドゥア次第だがな。無理強いするつもりは毛頭ないよ」
「…はっ!貴女、意識や思考には問題ない!?」
ようやく目が覚めたようで、カイリが突如としてギルノドゥアに食い気味に尋ねる。
「え、えぇ。…貴女が私を洗脳から解放してくれたのですよね。ありがとう」
「良かったわ、久しぶりの解呪だったから対象に変な影響が出ないか心配だったのよ」
解呪の根本は、発動している魔法の魔力を打ち消すこと。だがそれは決して特定の魔力に反応するものではなく、術者の加減次第である。故に、未熟な者が解呪に手を出すと対象に悪影響を及ぼす可能性がある。特に式神や英霊などといった、魔力を媒体とする存在なら尚更の事だ。カイリは魔法の扱いに長けており特段問題は無いのだが、解呪は使用する機会も少ない故、懸念はあったのだろう。
「今のところは大丈夫みたいだけど、何か違和感を感じたら言ってね。魔力に関することは、些細なことでも大事になりかねないから。特に英霊は」
「ええ、分かりました。…それにしても、質の高い魔法ですね。見るからに、魔力効率が非常に良いのでしょう」
「カイリのオリジナル魔法だ。世間に出回ってる魔法の多くは、魔法についてある程度知っている者なら誰でも使えるよう、術式に安全性と確実性を持たせている。だが、それ故に必要とする魔力量や詠唱時間、最終的には詠唱破棄の難易度も上がってしまっている。カイリは魔法だけは得意だからな。その余計な部分を極力削いだ、効率と効果を重視した魔法なのさ」
「だけってなによ、だけって」
「逆にそれ以外得意なことあるのか?」
「う…」
「さりげなく言っておるが魔法を改造するなど、そうそう簡単なことでは無いぞ。一から造る方が簡単とまで言われておるのじゃからな」
「そう?私にとっては組み立てられたモノを1回バラバラにして組み直すだけだけど」
「それはお前が天才的な感覚を持ってるからだ。本来、魔法の術式とは後に手を加えることを想定しておらず、それ一つで存在を成している。だから下手にに弄ろうとすると、術式が乱れて魔法として成立しなくなる。辛うじて魔法として残っても、大体は劣化する」
「知ってるわよそんなこと。私はあんたと違って常識外れじゃないの」
「いや、お主も人間としては充分に外れてると思うぞ。特に魔法の威力に関しては完全に人間の域を出ておる」
「英霊や俺みたいな奴に囲まれてたら誤認するのも仕方ないことだな。まぁ、そんなところで……本題に入ろうか。ギルノドゥア。あんた、セカイと何があった?」
ギルノドゥアを操っていたのはセカイで間違いない。それは既に彼女からも確認済みだ。だがしかし、彼女とセカイが出会ったきっかけやその後の出来事については、ディアやカイリが目覚めてから訊くことにしていた。何度も説明させるのは効率が悪い。
「…数日前、この地体の吹雪が急激に悪化したのです。元々そういう場所でしたが、かつて私と仲間が開拓したことで緩和された筈。それ以降、吹雪が勢いを増したことは無かった。その原因を探るべく、地体全体を調査することにしたのです。ここは、それほど広くないので全体を調べるのもそれ程時間を要しませんでした。その調査の果て、イノベーターにたどり着いたわけです。ですが、その時はセカイなどという男はおらず、数人の人間がいただけでした。恐らく、魔道具か何かで地体の気候に干渉したのでしょう。そんな規模の魔道具があるとは考えていませんでしたが、貴方方の話を聞く限り、有り得なくはなさそうですから」
「…セカイと会ったのは?」
「イノベーターを襲撃して半日程度経過したあとです」
『何やら強い英霊がいると聞いて来てみたが、成程。奴の遺作か』
「その後、奴は私に襲いかかって来ました。当然抵抗しましたが、ゼノフレア殿も感じた様に、奴は普通では無い。あっという間に意識を奪われました」
「殺しはしなかったのだな。障害となる存在なら普通は排除するべきじゃが…」
「ええ。ですが洗脳をかけられたのはそれより後です。私の朧げな記憶が正しければ、恐らく2日前―」
その発言を聞き、ゼノフレアは何かに気付いたような身振りをした。
「……2日前。それは、俺達がイノベーターと対峙した日だ。元より、俺が謎の声に守護神と呼ばれた日でもある」
「「!」」
「…セカイは、俺を試す為にギルノドゥアを利用したんだろう。奴は、恐らく守護神に何かしら関係のある者。守護神としての俺を図るために、わざわざギルノドゥアを使った。殺すだけなら、奴自身が手を下した方が確実だった筈。ギルノドゥアを殺さなかったのもおかしな話だ」
「ですが、何故そんな真似を…」
「あいつは、俺が何かに目覚めることを望んでいるような事を言っていた。それが何なのかはさっぱりだが、その条件として何かが必要なのかもしれない。例えば…死線を超えるとか」
「…守護神については分からないことが多すぎる。そもそも守護神には一体どんな力があるのかも分かっておらぬ。じゃが、もし本当に、守護神が世界に干渉しうる存在だとするならば何かしら条件があったとしてもおかしくは無いの。膨大な力とは何かと代償を要求するものじゃ」
「ま、結局はセカイを倒せばはっきりするでしょ。私達の目的は変わらないわよ」
「お前は相変わらず雑だな。まぁ、間違いでもないが。…それで、次に行く地体は?」
「ディア殿の地体に行くのであれば、道中に私がかつて訪れた地体がある筈。そこは式神が多くいる地体です。上手くいけば仲間に誘えるかも知れません」
「うむ、そうするかの。仲間は多い方が良い」
「そうとも限らない。確かに奴らと全面的に戦うとなれば数は多い方が良いが、今の俺達みたいに地体を渡り歩くともなれば人数は控えた方が良いだろう。正直、あと1人で十分だ」
「あんたが敵わない様な奴らを相手にするのよ?流石に5人は少なすぎるでしょ」
「いや…確かにそれでも良いかもしれません。ディア殿、貴方の故郷に帰れば協力は仰げるのですよね?」
「ああ。妾らは長い間、イノベーターを追ってきた。事情を説明すれば必ず協力してくれる」
「なら、最終的に人数に問題は無いかと。それに、生半可な者では簡単に命をおとしてしまう。それは、貴女も望んでいないでしょう?」
「そ、そうだけど…」
「質より量とは言うが、セカイの実力が計れない以上、無駄な犠牲は避けたい。どれだけ人数を増やしても、最悪魔法で全滅だ。だったら、あまり目立たず、かつお互いの状況も確認しやすい少数の方が今の俺達には向いている。それに、今のところイノベーターは物量で押してくるような組織じゃない。奴らも恐らく少数精鋭。俺達が遭遇したような雑魚であればそもそも俺達で十分に対処できるし、問題ないだろ?」
「…分かったわよ。確かに人数多いと、旅費も嵩むしね」
…………
…………
そうしてゼノフレア達が訪れたのが、火山の多いこの地体だ。世界における火山とは、地中に蓄積された魔力が爆発したことによって出来るものであり、その魔力は膨大な熱によって溶岩を生み出す。つまり、火山の多い地体とは魔力の多い地体であり、故に魔獣の数も非常に多い。しかしだからこそ、それに対抗するべく式神の数も多いのだ。
「あっつ…。吹雪の次は火山って、差が凄いわね」
「まぁ確かに熱いが、人間が住めない様な場所じゃない。これだけ魔力も多ければ、人間にも利益があるしな」
「じゃが、それと同時に危険も多い。気をつけて行くぞ」
「そうですね。一先ず、城下町に向かいましょうか」
「城下町?城があるの?」
「ええ。小国が一つ、この地体にあるので」
「式神は、その国の軍事力ってとこか。相手は魔獣だろうな」
「ここは上位魔獣も棲みついています。とは言っても、人々が暮らしているような地域からは大分離れた場所ですが…。それでも、用心しておくに越したことはないでしょう」
式神とは―人間に改良を施し、人間以上の力を手に入れた存在。人間を元としている以上、限界値は低く基本的に英霊より劣るとされているが、その一方で式神は生み出すのが容易であり、英霊では実現出来ないほどの数による力を可能とする。
また、式神には英霊の様な魔法などとは違う特殊な力を持たない。平均的な魔力量や肉体の性能は人間を凌駕するものの、それでも英霊には及ばない。…だが、式神には一つ、特筆した"何か"をもっている。
それは魔力量や身体能力だけでなく、魔法の威力や得物の扱い・五感など、様々なものが対象だ。その特筆したモノは、他の追随を許さず、その一点に関しては英霊をも凌ぐ。たった一つだけであり、モノによっては戦闘に有効活用出来ない場合もある。しかし、その力は絶大であり、式神と英霊の均衡を保つ程に影響を与えている。
ギルノドゥアの案内により、城下町に辿り着いたゼノフレア一行。先の地体とは規模の違う街並みであり、行き交う人々の数も桁が違う。
「やたら物々しいな。普段からこんな感じなのか?」
「いえ…、魔獣が多い地体と言えど流石にこれ程では…」
「となると―」
「ああ。奴らが絡んでおる可能性が高い」
街中には、一般人の中にかなりの数の兵士がいた。魔獣が多い地域と言えど、ギルノドゥアの言う通り付近にそこまでの魔獣の気配は感じない。しかし、この警備体制。何か起ころうとしている、若しくは起こっているのは確かだろう。イノベーターではない可能性も捨てきれないが、地体の異変に絡んでいることの多い奴らだ。今回もその類だろうと、全員が予想していた。
そして、それは間違いではなかった―




