記録6 異端な者
「魔力を使わない…じゃと?」
ゼノフレアがギルノドゥアと邂逅するよりも少し前。彼と分かれてギルノドゥアを探していたカイリとディアは、情報を集めつつ親睦を深めていた。既に共に行動している仲であるが、実際のところ、お互い知らないことが多い。無論、ゼノフレアにとって不都合な情報を安易に流すつもりはカイリにも無いが、彼の異常さは知っておいた方が良いだろう。いちいち驚かれていても面倒というのが本音だが。
「正確には、滅多に使わない―だけどね。貴女も薄々感じてると思うけど、ゼノフレアは何をとっても人間離れしてるのよ。身体能力、五感、魔力量―戦いにおける重要な要素は全て、ね。そうもなると、そもそも魔力を使うまでもないのよ」
「…待て、魔力量もじゃと?あやつから感じる魔力は、そこまで多いわけじゃないが…」
「普段は抑えてるのよ。馬鹿げた魔力を持つ人間がそこら辺を歩いてたら、絶対に目立つでしょ?それに周りにも影響が出る。ディアだって知ってるでしょう?魔力が齎す、人間にとって最悪の結末を」
「…成程な。それで、あやつの魔力はどれ程のものなのじゃ?」
「私も、実際に目の当たりにしたことは無いのよね。ただ、昔聞いた話だと…英霊と同じかそれ以上、とか言ってたかしら」
「……驚きを超えて笑えてくるな」
「まぁ、そうなるわよね。…それで、話を戻すけど。ゼノフレアが魔力を使うのは、相当の相手よ。英霊でも、場合によっては使わないんじゃないかしら。……だから、もしディアの予想通り、ギルノドゥアが操られてたりして、彼女がそれ程の相手だった場合、ゼノフレアは恐らく魔力を解放すると思う。もしかしたら全部。そうなればすぐに場所が分かると思うわ」
「成程な。時間も場所も決めずに分かれたのは、そういった理由からか」
「ええ。私達が出会った場合なら、私が強めの魔法を空撃ちすればあいつは気付くだろうしね」
戦いにおける魔力の使い道は、魔法以外にもある。魔力とは、力の奔流。そのままでも十分な力を秘めている。得物に込めれば威力が増し、一時的に肉体に込めれば硬度も増す。術式に流さず、魔力を凝縮させることで、それだけで攻撃手段としても役立つ。
「…そういえば、英霊には能力があるのよね。まだ私達は、ちゃんとディアの戦いぶりを見たことないけど、貴女の能力は何なの?」
「……気になるのは当然、か」
一瞬、ディアの顔が暗くなる。彼女の踏み込んでは行けない話題に振ってしまたかと思い、別に答えなくても良いと言おうとしたがそれより先に、少しの間を置いてディアが口を開いた。
「妾の能力は―」
だが―
「!?」
「!!」
強大な魔力を感じる2人。一瞬の事が故に驚くが、すぐさまそれがゼノフレアの魔力であることを理解する。
「っと、どうやらディアの予想的中ね。多分相手はギルノドゥアだわ」
「ああ。僅かじゃが、あやつの魔力も感じる。急ぐぞ」
「ええ」
(恐らくカイリ達も気付いただろうな。後は―)
目の前のギルノドゥアを止める。それが第一目標だ。
魔力を解放したゼノフレアは、その溢れ出る魔力により一層身体能力が向上する。また、刀身に魔力を纏わせることで攻撃力も上がる。今回はあくまで彼女を止めることが目的な為、敢えてそれはしない。
ゼノフレアの変化を感じ取ったようで、ギルノドゥアも一度動きを止め、こちらを窺っている。
「…行くぞ」
そう言うものの、彼女にはゼノフレアはそのまま止まって見えた。少しも動いていない。…が、
「!?」
突如として、背後からゼノフレアが襲いかかる。
「どうした?俺の残像でも見えたか?」
先程までとは比にならない速度。直前まで互角だった彼女も、この奇襲には対応出来なかった。ゼノフレアの一撃を受け、後方に吹っ飛ぶ。
本来、肉体にそのまま魔力を流すのは危険とされている。魔力によって強制的に活性化した細胞達が、自身の負荷に耐えられず自壊する可能性があるからだ。故に、一般的には身体強化魔法などの、術式を挟むことで上限を定める。肉体の一部に咄嗟に魔力を流すことで致命傷を避ける、などといったことはあるもののゼノフレアの様に常に、魔力をそのまま肉体に流すというのは最早自殺行為でもある。
だが、異常なまでの肉体強度を誇るゼノフレアには関係ない問題だ。無論、多少の負荷はかかるものの死に至ることは無い。これもまた、彼が人間離れしている所以だ。
攻撃を受け、怯んだギルノドゥアに更なる追撃を狙う。正面から向かってくるゼノフレアに対して、彼女も能力で応じようとするが、それは既に残像だ。その力は何も無い空間を凍結させたのみで、彼女の魔力は確実に減っていく。
「死ぬなよ」
再び背後に現れたゼノフレア。魔力が急激に練り上げられる。何かを感じ取ったギルノドゥアは魔力で自身を守る。
"烈火"
激しい火柱がギルノドゥアを襲う。降り積った雪は瞬く間に溶けてゆき、本来の地面が姿を現す。
「…流石、頑丈だな」
大量の蒸気の中から姿を現したギルノドゥアは、両腕に火傷を負っているものの、未だ倒れる気配は無い。それに―
「使えるんだろ、治癒魔法」
治癒魔法が使える彼女にとって、この程度の傷は意味を成さない。が、既に"凍結"によって魔力を大量消費している為、治癒魔法もそう簡単に使えない。確実に削っている。
ギルノドゥアが魔法を発動すると共に彼女の傷は瞬く間に癒え、再び剣を握り直す。やはり、彼女を止めるには一度眠らせる必要があるようだ。
(話には聞いていたが、想像以上の精度だな)
治癒魔法は、魔法学において最も扱いの難しいものの一つ。そして、その効果も決して高いものではない。治癒魔法はあくまで人間の治癒能力の延長線に過ぎず、千切れた四肢を繋げることは出来ても新たに再生することは出来ない。そして臓器に対する治癒も、現代においては不可能とされている。無論、科学技術を用いた医療であれば可能であるが、それは戦の最中に行えるようなものではないことも明確だ。
そして、その治癒速度も決して早くは無い。本来であれば先程の火傷レベルの傷は、数分間治癒魔法をかけ続けることでようやく完治する程のものだ。詠唱破棄及び効果発動速度上昇は可能なものの、それをすれば治癒魔法関係なく効果が落ちる。
詠唱は魔力をより洗練させ、術式の構築をより確実なものにする、魔法において重要な事柄である。現代では、詠唱破棄を前提とした魔法も普及しており、普段から戦いに身を投じているような者であればそちらが基本となっている。が、それでも詠唱ありとなしでは天地の差がある。当たり前だが、治癒魔法も例外ではない。
効果発動速度上昇は、術者の力量に応じたものであり、理論上その短縮時間に上限はない。魔力を流す術式の構築時間を短縮するだけである為、ある意味簡単ではある。…が、構築する術式が複雑かつ膨大、そして発動にも技量と繊細さを要求される治癒魔法の発動速度上昇は、治癒魔法習得よりも更に難しいとされている。
その2つの難題があってもなお、それをあっさりとやってのけた存在が目の前にいる。いくら上位魔獣に勝てる英霊と言えど、このレベルまで治癒魔法を使いこなしているのは世界的に見ても―いや、歴史的に見ても稀だろう。
だが、今はそれも関係の無いことだ。いくら精度が高かろうと、必要とする魔力量を減らすことは叶わない。使い続ければいずれ魔力が枯渇する。それまでひたすらに追い詰める。魔力が枯渇した者は、肉体の動きが格段に落ちる。それは英霊も例外ではなく、それどころか、魔力を生命源としてる式神や英霊にとっては死活問題だ。体内の魔力が零になれば、生物は仮死状態になり、式神や英霊はそのまま死に至る。
(カイリ達が着くまでもたせる。俺じゃなく…ギルノドゥアを)
削りつつ、削り過ぎず。その加減をしながら、この化け物と相対する必要がある。
「普通に相手する方が何倍も楽だな」
命は、奪うより守る方が難しい。それをゼノフレアは体感していた。
………
………
「あれが、奴の魔力か。洗練されてる―とは言えないが、人間にしちゃ上出来だな」
ゼノフレアにギルノドゥアをぶつけた後、姿を消したセカイ。だが撤退した訳ではなく、彼は、2人の戦いを遠くから観察していた。本来であればゼノフレアの索敵範囲だろうが、セカイは、ゼノフレアの探知を掻い潜る。それだけ気配を消すのが上手いのか、それとも別の理由があるのかは知る由もない。
(それより…、あっちの英霊だな。まさかとは思ったが、守護神と合流してるとは。これも、奴の計画通りか?)
何やら思考を巡らすセカイ。だが、その真意を知る者はこの場に誰もおらず、不穏な魔力が渦巻いているだけであった。
「……さっさと目覚めろよ、ゼノフレア。俺が"時"を迎えるまでに」




