記録1 胎動
(…目を、覚ましなさい。貴方は、世界の命運を握る███―)
朦朧とした意識が、そんな声をきっかけに覚醒する。
どことも分からぬ大地で横たわっていた青年―ゼノフレアは不思議な声とともに目を覚ました。
「あ、起きたわね。全く…、いらない心配させるんじゃないわよ」
キツくあたりながらも彼を心配する彼女は、ゼノフレアの幼馴染―カイリだ。
「カイリ…。……俺達、何をしてた?というか、ここ…どこだ?」
「あんた、覚えてないの?…いつも通り旅をしてたら、いきなりあんたが倒れたのよ。この地体に入っていきなり、ね」
コスモスは、いくつかの地体に分かれている。地体は1つの国のようなものであり、それぞれ気候や生態系が大きく違っている。地体と地体との間には時空の歪みがあり、それを渡るには人工的に作られた転送機を使うか、自然に生じた亀裂に入る他ない。
1つの地体の大きさはそれぞれ異なっており、非常に小さいものもあれば、1つの地体に国家がいくつもあるような、巨大なものも存在する。
ゼノフレア達は、そういった地体を巡る旅をしている。何か目的や理由がある訳ではないのだが。
「妙なこともあったもんだな」
「調子は大丈夫なの?」
「あぁ、特に問題は無い。…目覚める時に謎の声が聞こえた気もしたが、気のせいか?」
「さぁ…。私以外に誰もいないし」
「…そうか」
体勢を整え、立ち上がる。改めて体を動かしてみても、これといった異常はない。背負っていた剣を振るってみても、いつも通りの感覚だ。
「ちょっとした出来事はあったが、問題ないんだ。この地体の散策、するだろ」
「まぁ…、あんたが問題ないなら良いけど。無理しないようにね」
………
………
「にしても、何もないところだな」
「そうね。これだけ歩いて、街1つ見つからないなんて」
「緑は豊富にあるし、土地が荒れてる訳でもない。人が住むには快適な環境の筈だが…」
「それに対して、魔獣の数と言ったら全く―」
先程から何度も魔獣の襲撃に遭っている。1匹辺りの強さはそれ程では無いものの、人がいない地体にしては数が多い。魔獣は、人や生物が多いほど、それに比例して増える。
剣を抜き、迫り来る魔獣を斬り捨てる。カイリは武器を持たないが、魔法の威力を底上げする触媒の杖を持ち、魔法をメインにゼノフレアの支援をする。
「あんまり魔力を使うなよ。この様子じゃ、暫くはまともに休めない」
「そんな事言ったって、私にはこれしかないし」
「俺が相手にすれば問題ないだろ。カイリの魔法は良くも悪くも威力が高い。それ故に魔力効率が良くない」
「はいはい、最低限にするわ。その代わり、あんたも怪我するんじゃないわよ。治癒魔法は私もあんたも使えないんだから」
「あぁ」
魔法には幾つかの種類がある。その中でも構築魔法の1つである治癒魔法は非常に扱いが難しく、扱えるものは世界中の人間の2割にも満たない。長年の歴史によって、その習得難易度は劇的に下がったと言わているが、未だ詳細の不明な人体を、同じく不明瞭なことの多い魔法で治すのは相当のものだ。科学技術によって、日常において怪我や病による脅威は少ないものの、この世界は争いの絶えない。魔法による治癒は未来永劫、重宝されるものだ。
「…待て」
「…なにかいた?」
「明確ではないがな。尋常じゃない魔力量と気配がする。魔獣…ではない。式神、いや英霊か?」
「魔力量で言えば、あんたもでしょ。それにしても相変わらずの敏感さね」
ゼノフレアは生まれつき、人とは比べ物にならない魔力量を持つ。普段は周りに影響を及ぼさないように抑えている為、彼の魔力量を知るものは少ない。
そして、同じく人間離れした五感と身体能力。その力は遠く離れた者の気配も感じ取り、僅かな変化も見逃さない。そして、それを活かした身体能力と卓越した戦闘技術により、彼は人間でありながら魔法を使うことなく魔獣と渡り合える。
式神は人間に手を加えた、人間以上の存在。凄まじい戦闘能力を持ち、魔獣を軽々凌駕する。かつて戦争において利用された存在であるが、それは強制的に生み出されたものではなく、世界的にも認められている存在だ。
そして英霊は、人間が生み出した、完全なる人工生命体。式神と違い人間を媒体としていないため、式神を軽く超える力と"特別な力"を持ち、英霊1人で国家を覆せる程の影響力を持つ。だが、英霊もまた式神と同じく認められた存在であり、かつ、英霊に関しては世界法で厳重かつ丁重な管理が約束されている。人工とは言え彼らも生物であり、それに万が一、暴走や反逆でもすれば世界中に影響を及ぼす可能性があるからだ。
「人のいない地体で英霊…?妙なこともあったものね」
「あぁ。こちらに迫っている感じではないが、この地体に関しては違和感だらけだ。英霊の方へ向かってみよう」
「…あまり気は進まないのだけれど、仕方ないわね。運が良ければ休める場所もあるかもだし。こんなに魔獣が活発な地体で野宿なんて御免だわ」
「英霊が人に牙を剥くことは滅多にない。多分大丈夫だ」
「多分て…」
「どの道このままじゃ、無駄に消耗するだけだ。協力してもらえる可能性もある。良いだろ?」
「分かってるわよ」
この選択が、幸か不幸か、ゼノフレアの運命を大きく動かす。だが…戦いの火蓋は、まだ落とされていない―




