記録10 名憑き
式神ヨルの助力を得られた後。ゼノフレア達は今後の方針を話し合っていた。探りを入れると言ったものの、相手はこの国の国王。そう易々と接触出来るような存在ではない。既にイノベーターについてはヨルにも説明している。信じているようではないが、それでも協力する姿勢は変えていない。いきなり世界の滅亡について語られたところで信じるのも難しい。どの道、今回の件について調べていけば自ずと知る事になるだろう。
「イノベーターがいるとするならば、ギルノドゥアの時と同様に何処かに潜んでいる可能性が高い。が、この地体はそこまで小さくない。全地域を調べるのは現実的じゃないな」
「でも、街から離れた場所は灼熱の火山よ?いくらイノベーターと言えど、そこまで行くかしら?」
「それは問題ないのじゃろう。ギルノドゥアの件の時とて、奴らは吹雪の中に潜んでいたのじゃ。…が、この地体は上位魔獣が彷徨いている。一概には言えぬ」
「一先ず、私の家に帰って良い?一応訓練後だから、疲れてるのよ」
「そうですね。ここで話していては先程の者達が戻ってくる可能性もありますし、カイリ殿の怪我も治さなくては」
「さっき治してもらったわよ」
「それは先程出来た傷だけです。気付いていないかもしれませんが…貴女、相当数骨も折れてますよ。それ程の数は流石にすぐには治せません」
「道理で、最近体の動きが鈍いわけだわ。…分かったわよ、後で頼むわ」
「ええ」
「じゃあ、とりあえず行くか」
そして辿り着いたのは、凡そ家とは呼べぬ、町外れにある壊れかけの小屋だった。
(奴隷とは言え、ここまでとはな…)
その様を見ても、誰も何も発しない。先の彼女の扱いから、相当の待遇をされていたのは予想していた。それに、この様に触れることは彼女を不快にさせる可能性もある。
「入って。と言っても、座るような場所もないけど」
立て付けの悪い扉を力ずくで開けるヨル。鈍い音を立てながら徐々に開く扉の先に見えた景色は、瓦礫に埋もれた部屋だった。確かに、誰かが座れるような場所はなく、ヨルは慣れた仕草で瓦礫の山に座り込んだ。ゼノフレア達もそれに続き、各々場所を見つけては座り込む。
「悪いわね、招待しておいて何も出せない」
「はなからそのつもりは無いさ。それより、治せるか?」
「横になれる場所があれば良かったのですが、仕方ありませんから。少し時間はかかりますが、治してみせます」
「頼むぞ。妾らはその間に話を進める。お主も、耳は傾けておいてくれ」
「分かりました」
ヨルの近くに寄り添い、治癒魔法を発動するギルノドゥア。安静にしておかなければいけない以上、暫くここから動けない。が、今後について話し合うことは可能だ。
「ヨル、この地体で、国王の様子が変わったこと以外に何か変化はなかったか?魔獣が大量に発生したり、気候が変化したり」
「特に無いわね。強いて言うなら、今年は地震が多かったけど、如何せん火山の多い場所だから」
「そうなると、奴らは国王に洗脳を掛けただけってこと?今までの事に比べたら、随分規模が小さいわね」
「…いや。確かに、やっておる事そのも自体は大したことでは無いが、しかし国王を操っておるのじゃぞ。ヨルの話の通りであれば、国が滅ぶのも時間の問題じゃろう。今のやり方を続けていれば、いずれ民達による反逆も起こりかねぬ」
「理由や規模の話は、とりあえずは良いさ。イノベーターのことについて考えたところで埒が明かない。今は、この問題についてどうするか考えるべきだ」
イノベーターについては、最早考えることは止めている。どんな理由があろうと、奴らは世界に仇なす存在。加えて、守護神であるゼノフレアにとってセカイは避けることの出来ない敵。奴と戦えば、自ずと全て分かる。
「初めに言っておくけど、国王に会おうと思ってるのなら無理よ。今、城は厳重過ぎる警戒態勢を敷いているし、あらゆる訪問者を受け付けてない。加えて、私がいるともなれば絶対に無理ね」
「そのつもりは毛頭ないさ。国王に会って洗脳を解いたところで、根本的な解決にはなってない。この地体にいるイノベーターを止めなければ、また同じ事が繰り返されるだけだ」
「でも、その目処が付いてないから困ってるんでしょ。私は、今は奴隷で自由に街を出ることも出来ないから何も知らないわ」
「ゼノフレア、気配で分からないの?」
「さっきから探ってるが、如何せん式神が多すぎる。気配がデカくて邪魔になってる」
「街の外にいる可能性もあるからの。流石に無謀じゃろう」
「あぁ、流石にそこまでは俺も探れない……待て」
背中の剣に手を掛けるゼノフレア。その様子から、何かを感じ取ったのはヨルを除いた全員が理解した。
「多数の気配がこっちに迫ってる。この感じ…人―いや…」
「……さっきからよく分からないんだけど、あいつは何を言ってるの?」
「ああ、ヨル殿にはまだ話してませんでしたね。彼は…」
ゼノフレアについて軽く説明し、ギルノドゥアも又周囲を警戒する。ゼノフレアと違い、明確に感じ取っているわけではないが、大きな魔力が迫っているのはカイリ達も感じていた。
「ヨル殿、一応治癒は終わりましたが、貴女の体は相当衰弱しています。無理はなさらぬよう」
「…分かった」
戦いになる可能性を考え、ヨルの現状を伝える。数々の傷に加えて、この小屋の有様だ。恐らく、まともに食事や睡眠も取れていないのだろう。筋肉が衰弱し、手足は非常に細い。顔色も良くない。今、彼女を前線に立たせるのは得策ではない。
「…違う!この気配は―」
瞬間、激しい爆発音と共に小屋が吹き飛ぶ。咄嗟の出来事に驚き、事前に察知していたゼノフレアを除いた全員が受け身をとり損ねる。
「ま、魔獣じゃと…!?」
目の前にいたのは、狼の様な見た目をした魔獣だった。しかし、その背丈は人間を優に超え、体の全てが炎に包まれている。異常なまでに発達した犬歯は、それだけで人間に等しい大きさをしている。
異様な魔力。重く伸し掛る殺気。それらから導き出される答えは―
「上位魔獣…しかも名憑き」
「"陽狼"。こいつは…」
瞬間、ゼノフレアの目の前に鋭い爪が迫る。紙一重で躱し、素早く抜剣する。…が、炎に包まれたその肉体に近付くことは容易ではなく、寸でのところで身を退いた。
「構えろ。逃げられる相手じゃない」
「ヨル、下がっておれ。今のお主には重すぎる」
「カイリもだ。名憑きの恐ろしさは知ってるだろ」
「…わかった、死ぬんじゃないわよ」
「……」
2人を下がらせ、ゼノフレア、ディア、ギルノドゥアの3人は臨戦態勢に入る。
上位魔獣―魔獣の中でも強力な力を持つ個体。魔力量も一般的な魔獣とは比にならず、並大抵の者であれば、遭遇することは即ち死を意味する。英霊ですら苦戦を強いられる存在であり、存在が確認された場合は国が動く程だ。
その中でも更に強力な個体を持つ存在は、その識別として名を与えられる。それが"名憑き"だ。討伐困難と認定された上位魔獣であり、故に発見された際は戦闘を回避するのが常識だ。
そして、ゼノフレア達が遭遇した名憑きは"陽狼"。炎に身を包んだ狼型の魔獣であり、忽然と姿を消しては突如として発見される。その生態と炎の様に揺らぐ戦い様から、その名を与えられた。
「来るぞ…!」
陽狼の姿が揺らぎ、その次の瞬間には姿が消える。
(噂通りの戦い方だな…)
背後に現れた気配。迫る爪を往なし、その脚を切り払う。しかし炎に包まれたその強靭な肉体は、その刃を軽々と跳ねた。剣を伝い、その熱が掌に伝播する。
「ちっ」
素早く後退し、燃え盛る陽狼から距離を取る。長く接触すれば、その炎で全身を燃やされる。近距離で戦うのは得策ではない。
陽狼の背後から2つの魔法が襲いかかる。地面より現れた土の鎖と、凍てつく嵐。が、それを察知した陽狼はその身のこなしで、掠る事なく3人の攻撃を躱す。歯を剥き出し、威嚇する陽狼。伝わる殺気が、ゼノフレア達に重く伸し掛る。
「お主、大丈夫か?」
「問題ない、軽く火傷しただけだ」
「近付くのは危険です。ですが、あの速度を魔法で捉えられるかどうか…」
「下手な魔法じゃそもそも通じない。魔力が多いってことはそれだけ、魔獣にとっては肉体が強いってことだからな」
「まずはあの炎をどうにかしなくてはならぬな。ギルノドゥア、お主の力なら行けるか?」
「試してみます。しかし、奴の隙を突く必要があります。頼めますか?」
「名憑きに2人がかりで行けるかどうか…。まぁ、行くしかないな」
「あぁ。行くぞゼノフレア」
「了解」
距離を詰める2人。魔法を放ちながら正面に立つディアと、それと同時に背後に回るゼノフレア。魔力塊と斬撃が陽狼に迫る。2人の攻撃の隙間、そこへ的確に避け、その巨大な尾を振り回す。巨大かつ燃え上がるそれは、ただの尾であれど当たれば致命的だ。紙一重で躱すゼノフレアと、展開した魔法障壁により攻撃を防ぐディア。しかし、その威力は馬鹿げており、障壁をも軽く砕く。
「く…、一撃で破壊されるか」
障壁を砕かれた反動により、一瞬動きが止まる。その隙を見逃さず、陽狼が的確にディアを狙う。しかし、その隙を見逃していないのは陽狼だけでは無い。
「やらせねぇよ」
魔力の解放により、陽狼より速くディアの前に回り込むゼノフレア。眼前に迫る巨大な牙を剣で受け止め、顎に蹴りを叩き込む。
「無駄に硬ぇな」
魔力で保護しても尚、その反動が全身に伝わる。奴の体に触れた脚は既に焼け、剣を握っていた右腕も既に焼き焦げている。
「すまぬ、もう遅れはとらん」
「頼むぞ、これ以上は俺が火だるまになる」
魔法陣を展開し、大量の落雷を呼び起こすディア。しかし動きの素早い陽狼を捉えることは出来ない。が、それは問題では無い。
「避けるのが分かっておるなら、それに合わせれば良い」
避けた先に追撃の魔法を放つ。強力な魔力の奔流が陽狼を襲う。
(重複詠唱か。…やれやれ、人のことを散々常識外れしておいて)
重複詠唱―その名の通り、魔法等を複数同時に発動する技術。しかし、その難易度は極めて高い。魔法は本来、繊細なものであり、僅かでも術式が乱れればそれだけで効力を発揮しない。それを複数同時に寸分狂いなく構築・展開し、魔力を流す必要がある。言葉を発しながら、別の言葉を書く。正にそのような業を要求される。
重複詠唱に上限は無く、術者の魔力と技量によって、その数は理論上無限に増加する。が、あくまで理論値であり、一般的に2つ、指折りの実力者でも3つが限界とされている。しかもそれは、訓練や魔法を詠唱するために集中している状態であっての話であり、今のディアの様に自らも前線に立ちながら重複詠唱を可能とするなど、それこそ常識外れのことだ。
しかし、そんなディアの案も陽狼の前には無意味だ。避けることは叶わず、陽狼に直撃するも傷は負っていない。
「今のでも効かぬか…!」
攻撃を諸共せず、ディアに迫る陽狼。攻撃を当てられたことが原因か、その牙や爪は更に苛烈になる。
(いくらなんでもおかしい…。今のは、効いていないというより―)
再びディアが魔法を放つ。標的は今、ディアに向いている。ゼノフレアは陽狼のその肉体を観察していた。
陽狼の隙を突いた魔法が直撃すると共に、一瞬、魔力が乱れるのを確認する。魔法は陽狼を傷つけることなく消えていく。
(やっぱりな)
魔法が効いていないのでは無い。魔力の乱れ、それは魔法が効力を失う原因だ。つまり奴は―
「ディア!奴の肉体は魔法をかき消す!無駄打ちするな!!」
「!?」
背後から強力な斬撃を見舞いする。無論、陽狼はその攻撃を避けるが、距離を取らされた2人が合流する。
「どういうことじゃ?魔法をかき消すじゃと…?」
「ああ。お前の魔法が奴の肉体に直撃した瞬間、魔力が乱れていた。どういう仕組みか知らんが、奴の肉体は魔法を無効化するらしい」
「…泣きっ面に蜂じゃな」
「そうでもないさ。その効果が、奴の肉体によるものであれば…」
陽狼の意識は完全に2人に向いている。であれば、最大級に強めた彼女の力が届く。
"風霜"
ギルノドゥアの"凍結"の力を魔力に乗せ、絶対零度の風を呼ぶその技は、たちまち陽狼の肉体を凍り付かせた。
「凍れば、機能を失う」
そこに、ゼノフレア渾身の魔法が炸裂する。
"霹靂"
空が暗雲に包まれ、先のディアのものとは比にならない巨大な雷が陽狼を襲う。
「魔術のお披露目だ」
爆音と共に、土煙が激しく舞う。先程までとは違い、魔力は乱れていない。加えて、自身の魔力を最大限に凝縮した一撃だ。上位魔獣ですら、灰すら残さない。…しかし―
「まだ倒れませんか…!」
煙の中から姿を現した陽狼は、傷を負ってはいるもののまだ死には至っていない。怒りの咆哮が、辺りに響く。
「流石は名憑き。だが、確実に削れてる。このまま追い込むぞ」
「ああ」
「ええ」
そんな中―式神は着実に機会を窺っていた。




