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「……追手は、きてないか」
ビルの影に身を潜めながら、俺は長く息を吐いた。
さっきまで張り詰めていた空気がゆっくりと解けていき、肩から力が抜けていく。
「なんでフリートに会うかな……。紐付きの中で、二番目くらいに会いたくない相手なのに」
額に滲んだ汗を乱暴に拭って、背中を冷たい壁に預けた。
別に恐怖してるわけじゃない。ただ、面倒なんだ。圧倒的に。
あれは“勇者”の名を持つ化け物だ。
正面からやり合えば、体力任せの野良でしかない俺なんて、一瞬で詰む。
「……それに、覚えてたか」
自分でも意外なくらい、胸の奥がざわついていた。
フリートの口にしたことは、大体あっている。
魔法少女が長期間力を維持できないことも──
昔から街にいた“誰か”の噂も。
違うところがあるとすれば。
「国を守ってたかどうか、くらいだな」
そんな大層なことじゃない。
俺はただ、火の粉を払っていただけだ。
奴ら──アバラントは、魔力の高いやつを好んで寄ってくる。
だから狙われて、だから倒していただけだ。
守りたかったわけじゃない。
ただ、来るから倒していただけ。
倒さないと死ぬから、やっていただけ。
英雄なんて柄じゃない。
そんな風に言われても困る。
「……はぁ。今日は最悪だ」
空を見上げる。
さっきまで騒がしかった街は、今は妙に静かだ。
幻影を張って姿を消しているせいか、俺自身の気配も極端に薄くなっている。
逃げ切れたのはいい。
でも──フリートの目は誤魔化せない。
あいつはもう、俺が“噂の魔法少女”だと確信している。
「ん、やられたな」
遠くで、フリートから注意を逸らすために放った獣型の幻影が、光の粒となって霧散した。
張り替えの時間が来たわけじゃない。斬られたんだ。
「にしても聖剣か……すごいな。あれでも、ある程度硬くしてたのに」
幻影が最後に見た光景を、脳裏に引き戻す。
光をまとった剣が、一瞬で獣の全身を断ち切ったあの光景。
「……あんなに、小さかったのにな」
ぽつりと言葉が漏れた。
胸のどこかが、きゅっと痛む。
「………………………やめよう」
感傷に浸るのはやめだ。
昔を思い出すな。せっかく切り離せたのに。
もう、巻き込むわけにはいかない。
「……姿、見られたな」
小さく呟き、幻影をもう一度張り直した。
静かなビル街に、足音だけが淡く溶けていった。




