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やあ、初めまして。俺の名前は白崎ユナ。
今世では一応女として生まれたけれど、前世の「男としての記憶」と「男としての意識」がガッツリ残っていて、正直、けっこう悩んでいる。
この世界には“魔法少女”ってものがいる。
よくある、幼い少女が怪物と戦うあのイメージで大体合ってる。
俺も一応魔法少女に分類されるんだけど……正直、自分が本当に人間なのかどうかすら怪しい時がある。
鏡に映る自分の顔を見ても、どこか他人のような気がする瞬間があるんだ。
――暗い話はここまでにしよう。
魔法少女には、大きく分けて二種類いる。
ひとつは政府に所属している魔法少女。
もうひとつは、俺みたいな“野良”の魔法少女だ。
政府所属の魔法少女は……長いから“紐付き”とでも呼ぶ。
紐付きは政府から給料や手当が出て、住居や通学のサポートも受けられるらしい。
基本的には、ほとんどの魔法少女がこの紐付きだ。
制服の色や装備も統一されていて、街で見かければ一目で「紐付きだ」と分かる。
じゃあ、なんで俺みたいな野良が存在するのか?
理由は簡単だ。
政府に――いや、“誰かに”縛られたくないからだ。
魔法少女になるには、それ相応の“想い”が必要だ。
誰かを助けたい。
死にたくない。
死なせたくない。
――あるいは、殺したい。
とにかく、魔法少女になるには、並大抵じゃない感情が必要になる。
常人じゃ抱えきれないほどの、どうしようもない“想い”が。
その感情がなければ、魔法は力を発揮しない。
強い魔法は、必ず強烈な想いと結びついているのだ。
何故、いま俺がこんなことを考えているのかって?
理由は簡単だ。
目の前に“紐付き”がいるからだ。
しかも、ただの紐付きじゃない。
世間じゃヒーロー扱いされている、あの超有名な魔法少女が――よりにもよって俺の目の前に立っている。
――――――
「……有名人に会えて光栄だよ」
その声は、照れ隠しか、それとも皮肉か。
俺自身、どちらでもないと感じた。
「そうですか。では大人しく私についてきてください。
そうすれば手荒な真似はしません」
「嫌だと言ったら?」
「手足を切り落としてでも連れて行きます」
…困ったな。
紐付き――それも、“勇者”か。
この世界の魔法少女には、それぞれ固有の魔法がある。
俺の固有魔法は“幻影”。
その力は、本物そっくりの幻影を作り出せるが、攻撃力はほとんどない。
幻影で人を騙すことはできるが、実際に戦うなら肉体が必要だ。
そして目の前の紐付き――いや、日本魔法少女ランキング第5位の魔法少女『フリート』。
彼女の固有魔法は“勇者”。
回復、攻撃、魔法、剣技――すべてをこなす万能型だ。
普通なら器用貧乏に陥るところを、フリートは生まれ持った才能と、血の滲むような努力で極めている。
魔法特化の少女ですら、彼女の前では霞んで見えるほどだ。
「……返答は如何に?
正直に言えば、私は貴方とは戦いたくないのです」
淡々とした声が、冷たく静かに降りかかる。
その声色だけで、戦闘経験が長いことが分かる。
「貴方は野良とはいえ有名な方。
そして私より――いえ、日本中の魔法少女の誰よりも古くから、市民を、この国を守ってきた」
フリートの銀色の髪が風に揺れる。
青い瞳には光が宿り、見るだけで全身に戦闘モードが染み渡るのが分かる。
その戦闘服は白と青を基調とし、鋭角なデザインが精鋭の騎士を思わせる。
少女らしい柔らかさと、戦士としての威圧感――両方を兼ね備えた姿だった。
「……勘違いだよ。
魔法少女がその力を保てるのはせいぜい十年で、その半分以上は全盛期の残り滓に過ぎない。
いくら魔力が強くても、あり得ないことだ。
その噂は俺も聞いたことがある。
少なくとも、異形獣――アバラント――が初めて姿を現した時から動いていたそうじゃないか」
「……あいつらが姿を現したのは、もう三十年以上も前だ。
その魔法少女が生きているのなら、少なくとも四十歳は超えているはずだ」
「何をもって、俺がその魔法少女だと思ったんだ?」
――沈黙が流れる。
その空気は、ユナとフリートの間を張り詰めさせた。
「……私は、」
その瞬間――――
GYaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!
「「!」」
「アバラント!」
声を出すよりも早く、フリートは既に動いていた。
「チッ」
フリートの剣は、アバラントの首筋を確実に捉えたが、弾かれる。
「獣型……私の剣を弾いたことから、少なくともA級ですね」
フリートは眼前のアバラントを見据える。
四足歩行で、どこか機械のような生物モドキ。
その巨体は、ビルの半分を超える。
(少し違和感がありますね)
「まあ、倒してから考えましょうか」
「聖剣」
フリートがそれを掴んだ瞬間、アバラントは細切れになる。
「……あっけない」
(おかしい、いくら聖剣といえども斬った感触がなさすぎる。
それに、獣型がこれほどおとなしいはずが……)
「まさか!」
フリートは先ほどまでユナがいた場所を見る。
「逃げられましたか……早いですね。
しかし、こんなにも彼女に都合よくアバラントが現れるとは」
フリートがアバラントの死骸に目を向ける。
「なっ……」
消えていた。
綺麗さっぱり。まるで最初からいなかったかのようだ。
(あり得ない。
確かにアバラントを討伐した後の死骸は消える。
だが、あの巨体がこんな短時間で消えるはずがない……)
「……彼女は一体」




