>>1 Encounter
以前Sing with friendsという同作品を投稿していました。しかし文章が個人的に納得出来る物でなかったため、一から書き直しました。以前楽しみにしてくださっていた方、全てを消してしまい本当に申し訳ございませんでした。個人のペースで、またのんびり投稿していきます。ご興味ある方、是非またよろしくお願い致します
チャイムが鳴り終わったばかりの教室に、鉛筆を走らせる小さな音が響く。教科書を読んでいる生徒たちの中で、日向ゆかりの視線は机上の紙に落ちていた。
(主人公はここでどう動くべきなんだろう……この展開じゃ薄っぺらいよな)
鉛筆を走らせては止め、消してはまた書く。頭の中では物語の断片が次々と生まれるのに、形にすると直ぐに色褪せて見える。
最近よく思う。自分には才能が無いのだと。進路について考えなければならない高校3年生にもなったというのに、ゆかりの心は未だ揺れていた。
「日向さんっ! 」
突然、鋭い声が教室に響いた。前に立つ教師が、眉をひそめてこちらを睨んでいる。
「授業中ですよっ」
教室にくすくすと笑い声が広がる。ゆかりは顔を赤くし、慌てて教科書を開いた。胸の奥がちくりと痛む。夢を笑われているようで、唇を噛んだ。
(何も知らない癖にっ! )
授業の終わり、ゆかりはぐしゃぐしゃに丸めた紙をゴミ箱に投げ込んだ。まるで、自分の夢ごと捨てるかのように。
―――――
「こっちに来なさい」
放課後、教師に呼び止められたゆかりは職員室に足を運んだ。
「小説家になりたいという気持ちは、悪いことじゃないですよ」
柔らかな声に思わず顔を上げる。
教師はくしゃくしゃの紙を広げ、机に置いた。
「何でそれを……さっき捨てた筈なのに」
そこには確かに、文字が一面に書かれては消され、何度もやり直した跡が残っていた。それは間違いなく、先程までゆかりが葛藤していた証だった。
「でも……真っ白じゃないですか。才能が無ければ夢なんて時間の無駄ですよ」
一言一言発する度に目の奥が熱くなってくる。自分で自分を否定するような感覚だった。
「真っ白じゃないですよ」
そんなゆかりを更に否定するように教師は顔面に紙を押し当てる。
「日向さんが本気で悩んで、考えた証拠じゃないですか。進路に迷うのは当然です。でも今勉強をちゃんとしていれば、将来の選択肢はいくらでも広がります。勿論、小説家だってその中に含まれるんですよ」
その言葉に、ゆかりの胸の奥がじんわりと温かくなる。けれど同時に、どうしても拭えない不安が渦巻いていた。
――――――
職員室を出たゆかりは、ため息をひとつ落とした。教師の言葉は胸に響いていた筈なのに、心の奥に残るのはやはり迷いだった。
(小説家にはなりたい。でも私には才能が無い……)
教室に戻る気にもなれず、そのままカバンを肩にかけて校門を出る。いつもなら右へ曲がり、まっすぐ家へ帰る。けれど今日は、足が自然と反対方向へと動いていた。
「……たまには、遠回りしてみようかな」
風が頬を撫でる。沈み込んだ気持ちを紛らわすように、ゆかりは見慣れない住宅街を歩きはじめた。道端の花壇に咲く可愛い花、子ども達の笑い声、どこか懐かしい夕焼け。ほんの少しだけ、気持ちが軽くなる。
そんな時だった。
ふいに、風に乗って歌声が届いた。透き通るような、けれど力強さを秘めた声。
「……え?」
ゆかりは思わず足を止め、耳を澄ませた。
決してプロのように上手い歌ではない。けれど確かにそれは誰かを励ますように、寄り添うように響いてくる歌声だった。
♪
あきらめないで
どんな時も
ひとりじゃないよ
そばに居るから
♪
胸の奥に、じんわりと熱いものが広がっていく。
涙が出そうになるのを堪えながら、声のする方へゆっくりと歩みを進める。
そして角を曲がったその先の小さな公園で、ギターを抱えた少女が歌っていた。
――――――――
夕暮れの公園。風が木々の葉を揺らす中、彼女の歌声が空気を満たした。柔らかくも力強いその声は、まるで小さな光の粒が空を漂うように、ゆかりの心にそっと触れた。
彼女が歌い終えた瞬間、ゆかりは思わず手を叩く。
「凄いですね!」
ゆかりよりも年下だろうか。彼女は少し照れたように笑い、頬を触った。
「ふふっ。ありがとうございます。実はあたし……両親がいなくて、おばあちゃんに育ててもらったんです」
言葉には静かな強さがあり、同時に深い優しさが滲んでいた。
「勿論、最初は凄く寂しかったですよ。でもおばあちゃん凄く優しくて。特におばあちゃんのあの歌声は……あたし、本当に沢山元気を貰ったんです。だからあたし、同じように誰かの心を歌で動かしたいんです。悲しい気持ちを少しでも和らげたり、笑顔を届けれたら、それだけで意味があると思うから」
「……」
その言葉に、ゆかりは胸が熱くなるのを感じた。
ゆかりよりも幼そうな少女が、明確に夢を持って行動している。
(それに対して私は……)
心の中で自分の無力さを痛感する。しかし、同時に何か背中を押されるような感覚もあった。彼女の声や瞳に宿る熱意が、ゆかりの心に小さな光を灯していく。