お金さえあれば愛は買える
お金さえあれば、やな事あっても気分転換できるな!と思って書いてみました
「ゴールディ、何をやってるの。マナーがなってないわね。どうしてあなたは何をやらせても上手くできないの?お金がかかるばかりで、可愛げもないし、産むんじゃなかったわ」
母の声は、冷たい霜のように私の胸を突いた。
あの頃、私は十歳だった。
食卓でナプキンを落としただけで叱られ、妹のメアリが転んだときには、私のせいだと怒鳴られた。
どうして私だけ?と何度も思った。でも、言い返せばもっと怒鳴られる。 だから、私は黙っていた。
父は屋敷にはあまりいなかった。
貴族の顔を保つために、社交や視察や式典に精を出し、外聞を何より大切にしていた。
「スターリング男爵家は常に安泰である」と吹聴して回っていたが、実際には屋敷の修繕費すら出せないほど財政はひっ迫していた。
母はそれを誰かのせいにしたかったのだろう。
手近な“使えない長女”である私を叱責することで、自分の苛立ちを発散していた。
貴族の気品を装いながら、冷え切った家の中で誰も心を寄せることなく、私はただの“居ても居なくても変わらない存在”だった。
ある年の冬、暖炉に火が入らなかった夜があった。
薪を買う余裕がなかったのだ。寒さで震えながら、私は母に毛布をねだった。
「甘えないで。貴族なのだから、気品で我慢なさい」
そのとき、私ははっきり悟った。
この家では、気品も誇りも――寒さも空腹も――すべて、お金には敵わない。
お金がないと、愛されない。
お金がないと、守られない。
お金がないと、私は――人として扱われない。
私は書庫に籠もった。何か“売れるもの”はないかと、古びた帳簿や地図を漁る。
祖父の代で放棄された鉱山の記録に目を留めたとき、心がざわついた。
鉱石の分布と記録された採掘率――素人目にも、まだ価値があるように思えた。
けれど私は十歳。誰も相手にしてくれない。
だから、知っていた名前を思い出した。
元家令のプライス。父の側で長年財政を任されていたが、数年前に退職して街の書店に勤めているという。
私は夜中にこっそり手紙を書いた。祖父の残した記録と、私なりの見立てを書き添えて。
「もしお時間があれば、この資料を見ていただけませんか」
数日後、プライスから返事が届いた。
「興味深い。お嬢様の目は間違っていない。私が話をつけましょう」
彼は、商人との交渉を一手に引き受けてくれた。
だが、利権を正式に貸し出すには“名義”が必要だった。私は父の存在を思い出した。
父は、私の言葉を真剣に聞かない人だった。
私が「鉱山の整理のために印章が必要です」と言ったときも、「ふん、勝手にやれ」と鼻で笑って書類を受け取った。
中身を読まずに、父は貴族家の金の印章を押した。それだけで充分だった。
父にとって重要なのは“外聞”だけ。
屋敷の中で誰が何をしていようと、名誉に傷さえつかなければ無関心。
私は、彼の“見栄”と“怠慢”を見事に利用したのだ。
契約は「スターリング男爵家」として交わされ、利権の一部貸与が正式に成立した。
代金は、プライスの協力で私個人の名前で管理される別口座へ。母にも父にも知られないまま。
その冬、私は薪を買った。
新しい毛布も、妹の靴も、屋敷の修繕も、すべて“遠縁の資産家からの贈り物”という名目で通した。
それが、私の始まり。
誰にも期待しない、誰にも頼らない。
お金だけが、私を裏切らなかった。
エイダン・ネイサンと出会ったのは、十三のとき。貴族学園の入学式だった。
整った金茶の髪、凛とした眼差し。周囲の女子がざわめくのも当然だった。
彼は優しく、分け隔てなく接してくれた。
私が階段で本を落としたとき、黙って拾ってくれたのも彼だった。
その優しさに、私は勝手に希望を見た。
「お金がなくても、私を見てくれる人がいる」と。
けれど、現実は甘くない。
彼が好意を寄せたのは、侯爵令嬢セリーヌだった。完璧で、優雅で、何より――愛されて育った人。
私は、その笑顔の隣に立てなかった。
“優しさ”とは、上から与えられるものだ。私は対等な関係でさえいられないと、痛感した。
ああ、やっぱり違う。私は“買わなければ得られない側”なのだ。
その想いが、私をさらに冷たく、静かに変えていった。
エイダンの家が没落しかけていると知ったとき、私は動いた。
彼の父が隠していた借金――利息だけで三年後には領地を失う規模だった。
私は自分の所有する事業の一部を、彼の家に差し出した。もちろん見返りを求めて。
エイダンは何度も拒んだ。でも最後には受け入れた。
「君のことを、利用しているようで……心が痛む」
そう言って、彼は私の手を取った。あの優しさで。
私は微笑んで応えた。
心なんて痛くしなくていい。だってこれは取引でしょう? 私が望んだことだもの。
ドレスも、地位も、名前も、恋も―― お金さえあれば、どうにかなる。買えるの。
たとえそれが、空っぽの抱擁でも。
でもね。ときどき、ふと思うの。
もし、何も持っていなかったとしても、あなたは私を抱きしめてくれたかしらって。
……答えは、もう必要ない。
私は今日も帳簿を眺めながら、愛に値段をつけて微笑むのだから。