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灰色の猫と、不思議な靴《くつ》

 昔々。王都の片隅にある小さなくつの工房に、ユーリという見習いの少年がいました。

 ユーリは親方から一生懸命に仕事を学び、いつかは自分だけの素晴らしい靴を作りたいと夢見ていました。

 彼の話し相手は、工房の隅でいつも丸まっている、気まぐれで少し生意気な灰色の猫です。

 この猫は名前を「ミスト」といい、実は人間の言葉を話すことができました。

 いつも遅くまで靴作りの練習をしているユーリを見て、ミストが。

「ユーリ、また同じ釘を曲げたのか? 君の腕はいつになったら上達するんだい?」

 そう言いながら、しっぽをゆらゆらと揺らしました。

 ミストが話せることは、二人の秘密です。

「うるさいな、もう」

 プンプンと横をむいたユーリは、窓の外がすっかり暗くなっていることに気づきました。

 高台にあるお城は、夜でも真昼のように明るくて。

 賑やかなダンスの音楽が、ユーリの耳にも聞こえてくるようでした。



 そのお城に、リリアというお姫様が住んでいました。

 リリア姫は賢くて心の優しいお姫様でしたが、お母さんである王妃様を早くに亡くしていました。

 それからは、厳格だけどリリア姫には優しいお父さんの国王に、愛情を持って大切に育てられました。

 そんな姫には、クラウスとディーターという双子の兄がいました。

 二人はいつもリリア姫に意地悪をして、彼女を困らせてばかりいました。



 ある日の午後。

 お城の庭でお花に水をやっていたリリア姫のところに、クラウスとディーターがやってきて言いました。

「リリア、父上がお前に新しい靴を作ってくれたそうだよ」

 クラウスのあとでディーターが笑って続けます。

「城を出て街の外れにある靴工房に、直接靴を取りに行けって言ってたよ」

 リリア姫は戸惑いました。

 父王がそんなことを命じるはずがありません。

 クラウスとディーターが仕組んだ意地悪だと知りながら、リリアは兄達の言葉には逆らえませんでした。

「はい、わかりました」

 おとなしい姫は、素直に二人にしたがって。

 工房を探しに、一人で城下街へと出かけていきました。

 リリア姫が不安そうに、薄暗い王都の裏道を過ぎると。

 古びた靴工房の前にたどり着きました。



 コンコン。

 工房のドアが、控えめにノックされました。

 ユーリはミストと顔を見合わせました。

 お店はお休みの日で、ドアにはCLOSEのプレートがかかっているはずです。

 工房には、ユーリとミストしかいませんでした。

「はーい、どちら様ですか?」

 ユーリがドアを開けると。

 そこには美しい水色のドレスを着たリリア姫が、少し恥ずかしそうにうつむいて立っていました。

 工房の前に立つ小さなリリア姫を見て、ユーリは驚きました。

「あの、何か御用ですか?」

 リリア姫は恐る恐る、王様に頼まれたので舞踏会で履く靴を取りに来たことを説明しました。

 ユーリも、きっと親方も。そんな重要な話は聞いていません。

 なにしろここは、街の片隅にある無名の小さな靴屋ですから。

 でもユーリは、これはチャンスだと思いました。

 お城で腕を認められれば一人前の靴職人として、親方にも恩返しができます。

「お姫様。最高の靴をお作りしますので、少しだけ待ってもらえますか?」

 ユーリの言葉に。

 リリア姫は「はい」とうなずきました。

 彼が用意した窓辺の椅子にちょこんとかけて、リリア姫は靴が出来上がるのを待つことにしました。

 その様子を天井から見ていたミストが、音もたてずに飛び乗りると。

 工房の隅に隠された古びた革の切れ端と、見たこともない道具を取り出してきました。

 ユーリはそれを手にして、張り切って靴作りにとりかかりました。

「どんな靴がほしいのですか?」

 灰色猫のミストが話かけてきたので、リリア姫はびっくりしました。

 大きな瞳をぱちくりとまたたいてから。

「……ダンスが上手く踊れる靴が出来たら、嬉しいです」

 リリア姫は恥ずかしそうに答えました。

 リリア姫にはどうしても苦手なことがありました。それはダンスです。

 今度の舞踏会では、初めてみんなの前で、国王である父とダンスを踊らなければいけません。

 ミストはこっそりと、リリア姫に耳打ちをしました。

「パーティーに私とユーリを招待してくれるなら、ダンスが上手く踊れるようになる本物の魔法をこの靴にかけてあげますよ」

 リリア姫は真剣な顔で。

「お約束します。どうか魔法をかけてください」

 目の前の小さな猫の金色の瞳を見つめました。

 ミストはうなずくと。

 厶ニャ厶ニャと魔法を唱えだしました。

 そして魔法の杖のようにしっぽを振ると。

 作りかけの靴はどんどんと光輝いていきました。

 そして瞬く間に、美しい靴ができあがりました。

 その靴は、まるで夜空の星を閉じ込めたような、きらめく青色の革でできており、つま先には小さな花の刺繍が施されていました。

「できたー!」

 完成した靴をリリア姫に差し出すと。

「まぁ……なんて美しい靴でしょう! まるで夜空を閉じ込めたかのようだわ!」

 おとなしい姫も思わず声を上げました。

 そっと靴に足を入れてみると。

 姫の足にぴったりだった靴は羽根のように軽く、靴を履いたとたんに、身体が自然と動き出します。

 クルクルと、まるで宙を舞うように滑らかに、リリア姫は踊りだしました。

「なんて軽やかな履き心地なのかしら!」

 リリア姫は、ふさいでいた心が軽くなっていくのを感じました。

 そして魔法の靴を履いた時から、リリア姫の中には今までは持てなかった勇気が湧いてきました。

「リリア姫様。私達が一緒にお城へお送りします。この靴をはいて舞踏会で踊る姿を見れば、きっとお王様も喜びますよ」

 ユーリはミストを肩に乗せて、リリア姫と並んで王宮へと向かいました。



 お城では、リリア姫が戻ってこないことにヤキモキしていた双子の兄達が、門の上で帰りを待っていました。

 そこへ、リリア姫がユーリと一緒に現れたので。

「リリア! 遅いぞ!」

「何やってたんだ!」

 慌てて駆けよりました。

 双子はか弱い妹が、すぐにねをあげてお城に戻ってくると思っていたのに、道案内まで連れていたので内心驚いていました。

 その足元には、輝くような青い靴をはいています。

「なんだよ、その靴は!」

「そんなのはいてなかっただろ!」

 と怒ったように問いつめる二人の後から。

「無事に戻ってよかった」

 と王様が現れました。

 門番から話を聞いた王様も、リリア姫を心配していたのです。

「リリア、一体なにがあったのだ」

 リリア姫は父の前で、ユーリが作ってくれた素敵な靴のこと。(ミストの魔法のことは秘密です)

 そして兄たちの言葉を、すべて正直に話しました。

 クラウスとディーターは、自分たちの企みがバレてしまい、顔を真っ青にしてその場に立ち尽くしていました。

 悪質ないたずらに怒った父王が、双子を厳しく叱ろうとすると。

「お父様。お叱りになる前に、どうしてそうしてしまったのかを聞いてあげて下さい」

 とリリア姫が言いました。

 双子の兄達は泣きだして。母がいなくなってから父が、兄達を立派な大人にするために厳しくなったこと。妹だけは変わらずに大事にされていたことが悔しかったことをうったえました。

 これを聞いた父王は反省して。母親がいた時のように、時々は厳しくとも普段は優しい父親に戻ると約束しました。

 すると双子のリリア姫への意地悪は、ピタッとなくなりました。



 舞踏会の夜。

 ユーリたちが作った魔法の靴を履いて踊るリリア姫は、誰よりもダンスが上手でした。

 その軽やかな様子は集まった人々を魅了し、舞踏会場は、楽しくて幸せな雰囲気に包まれていました。

 ユーリは会場の片隅で、可憐な蝶ように踊るリリア姫の姿を誇らしげに見つめていました。

 ミストはテーブルの下でこっそりと、王宮の美味しい魚料理をたらふく食べて、満足そうに喉を鳴らしました。



 実は、このしゃべる猫は。

 昔、このお城に仕えていた魔法使いの補佐をしていた、特別な猫の使い魔の末裔まつえいでした。

 使い魔の猫は代々、人々を助けるための特別な魔法の力を受け継いでいましたが。その力を使うには、強い絆と、純粋に応援できる願いが必要だったのです。

 ひたむきな努力を続けてきたユーリとの絆と、リリア姫の純粋な心に触れて、ミストはその力を解放することができました。

 でも、このことは彼だけの秘密です。



 ユーリはその後、お城の専属靴職人となりました。

 ミストも王様から、お城にいつまでも住んでも良いという許可をもらって、いつでも台所で美味しい魚料理にありつけるようになりました。

 そして双子のクラウスとディーターも、成長していくにつれて、互いに助けあう立派な若者になっていったのでした。


 

 こうしてユーリとリリア姫、そして喋る灰色の猫ミストは。

 いつまでも楽しく、幸せに暮らしました。

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