クソみたいなボクのクソみたいな落書き
はじめまして有陽へいかと申します。
ボクの目の前には、いつも大きな壁が立ちはだかっている。
ヒトが、一生をかけて越えようとする大きな壁。
でもボクみたいなヤツの人生一回ぽっちじゃ、こんな大きな壁は越えられやしないのだと、まだ成人すらしていないうちに思い知らされた。
「自業自得だ。身の程をわきまえないから。みっともない。」
大人はそう言う。
なぜそう責めるのか。
身の程に合わない、みっともない、そう言われるほどのこんなに大きな壁をたった一人で創り上げたのだからむしろ褒めてほしい。
越えられないくらいがちょうどいいじゃないか。
世の中に対する不満はボクの心臓を濁った色に染めた。
こんな不満を堂々と言いたかった。
もっと言うなら、堂々とモノを言えるだけの立場が欲しかった。
他とは違う何かが欲しかった。
いっそ醜いアヒルの子でありたかった。
それは、身の程をわきまえないワガママなのだろうか。
ボクは、いつになったらマトモになれるのだろう。
そんな思いを全部、絵という名の拳の中に封じ込めて、壁にぶつけた。
「夢」と名付けたその壁に。
ものすごく長い昼寝をしたような感覚だった。
それは、絵を描くことを、はじめて、心から、楽しいと思えたからかもしれない。
空は暗かった。
青い月が浮かんでいて、その周りを、夜行列車が飛び回っていた。
赤い服を着た子供たちが、屋根の上を走り回り、青白いピエロが古いステージの上で綱渡りをしている。
ボク以外の観客はいない。
独り占めしたような気分で、ボクはすっかり舞い上がっていた。
ボクはピエロのひとつひとつの動きを素早くスケッチブックに収める。
フィナーレが終わると、それを手渡すのが日課だ。
もう飽きるほどの回数を繰り返していても、ピエロは毎回毎回、心底嬉しそうな様子で、ボクの絵を大事に大事に抱えてくれる。
ボクにとっての唯一のファンだった。
その人の幸せそうな顔が、ボクの生きがいだ。
その人がいてくれるだけで、満ち足りた気持ちになる。
売れっ子画家になれなくたって、ボクは幸せだ。
_そんな夢を描いた。
ある日、壁に小さなシミができているのを見つけた。
その日は、何故だか、これ以上なく焦っていた。
焦りに任せ、急いでその汚れを拭きとろうとした。
早く、早く、拭き取らないと。
得体の知れない焦燥感に駆られていた。
そんな気持ちと裏腹に、指で擦るたび、汚れは大きくなっていく。
取り返しのつかないところまで来てしまったと分かったけれど、後戻りはできなかった。
すっかり大きくなった汚れは、徐々に姿を変え、やがて壁を蝕むモンスターになった。
数分もしないうちに穴があいて、その穴から、どす黒い何かが流れ込んでくる。
ゆっくりと流れてくるソレを、ボクはただ、見ていた。
足元からボクを覆うようにせりあがってくる。
ボクもやがて蝕まれてしまう。
分かっているけれど、振り払うような気力はなかった。
「やっぱり無理だったね。」
脚を覆うソレから、声が聞こえた。
「私はお前のために言っているのに、この親不孝。」
誰だろう。
知らない。
そう思ううちに、ソレは胸に届こうとしている。
「お前って馬鹿だよな。みんなお前のためを思って言ってくれているのに。」
うるさい。
黙れ。
「何の為に生まれてきたの」
「どうして生まれてきたの」
「消えろ」
「さっさと出て行け」
「顔も見たくない」
「みっともない」
「恥晒し」
「これ以上迷惑をかけないで」
「大人しくしていればいいのに」
「余計なことをしないで」
「何がしたいの」
「どうせ失敗する」
「泣きついてきても知らないから」
「誰も助けてくれないよ」
「勝手にしろ」
聞き覚えのある何者かの声。
ボクは、ただ、声にならない声を上げることしかできなかった。
目の前が、黒く染まる。
全身に、あの声がこびりついているのが分かった。
上京してきて約三ヶ月が経った。
大学には私以上の変わり者がうじゃうじゃいたけど、意外とすぐに馴染むことができて、それなりに楽しい日々を送っている。
それでも一人暮らしには悩みがつきものだった。
まさかこのご時世にご近所付き合いで悩むとは思っていなかったけれど。
同じく大学に進学するとともに上京してきた隣の美大生のことだ。
大家さんから、上京してから精神がやられてしまったらしいと聞いた。
似たような境遇の人は何人か知っている。
勝手にその人に共感しては、
「私は人の心を考えられる素敵な人である」などと勘違いしたりするが、実際に接してみるとダメだ。
付き合っていられない。
毎日毎日あんな叫び声を聞いていては、こっちまで気が狂ってしまう。
好条件だからとためらっていたが、そろそろ引っ越しも視野に入れるべきかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。
未熟者ですが、精進します。
応援していただけると幸いです。