【Epilogue】
早朝。
燈里は遅れないよう恋人を送り出すために起き出した。
彼が着替えを済ませたのを確かめて、カーテンを開ける。
「燈里ちゃん。サンダーソニアって球根が『増える』んだ」
差し込む朝陽に照らされたベランダを指して、樹が不意に話し出した。
「え? どういう意味?」
「言葉通り。植えた球根から新しい球根が生まれるんだよ」
それがまた、翌年に芽を出すんだ、と彼が続ける。
「じゃあ、いったん植えたら毎年永遠に咲き続けるってこと?」
「いや。植え替える必要はあるよ。新球、……新しい球根に栄養が回るように花が萎れたら摘み取って、全体に枯れたら掘り起こして保存するんだ。鉢植えならそのまま室内で越冬させる方法もあるけど、どちらにしても植え替えはいるね」
それはそうか。
確かに植えっ放しで毎年いつの間にか咲いている、という植物もあるが、やはり手間を掛けるのが当然だろう。
「また詳しく教えて。とりあえず、私がしなきゃいけないことがあったらそれだけでも」
「そうだね。今はちょっと余裕ないから、今度改めて説明するよ」
燈里が手早く用意した朝食を食べ終えて、樹は「片付けできなくてごめん」と恐縮しつつ慌ただしく帰って行った。
──球根が、増える。また、来年新しく育てる楽しみができた。燈里の、……二人のサンダーソニアを。
始まりは球根。
ほんの気紛れだった筈の行動が、いつの間にか燈里の生活と心を侵食して行った。
樹が勧めてくれて、一目で運命を感じたサンダーソニア。
そう、──あれはまさしく運命だったのだろう。
まるで導かれるように球根を介した関係が深まって、今もベランダでいくつも灯るオレンジの小さな洋燈が、新たな恋へのGOサインになった。
~END~
後日譚が二編あります。