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【Prologue】

 駅前のささやかな商店街。

 仕事を終えて一人暮らしの部屋に帰る途中に、ふと燈里(あかり)の目に飛び込んで来た、色とりどりのチューリップ。

 こじんまりした生花店の店先を春色に染めている。


 ……時々、この店で花を買っていた。

 いつも一輪。ラナンキュラスだったり、ガーベラだったり。一輪でも華やかで絵になって、でも主張が激しすぎないパステルカラーの可愛い花を。

 今思えば『幸せの演出』だったのかもしれないけれど。

 少なくともその時は、あざとい気持ちなんて欠片もなかった。SNSに上げたりしたこともない。

 ただ綺麗な花を買って飾りたかっただけ。


 テーブルの上、ガラスの一輪挿しに生けた花が、一人の部屋で恋人を想う時間に彩りを添えてくれたから。

 もう二度と取り戻せない、春が来る前に失くした恋に連なる記憶。



    ◇  ◇  ◇

「燈里、ホントにキレイだよな。服も髪もなんか地味だけど、大手勤めだからそんなもんか。……せっかくだからもっと飾ればいいのにと思うけど」

 化粧も服装も『会社の決まり』で抑えているわけではなく、もともと燈里は派手なものを身につける習慣がないのだ。

 中学校でもあるまいし、服装はもちろん髪型や色も常識の範囲で本人の自由に任されている。


 しかし燈里は、地毛が漆黒ではないこともあって染めたことはなかった。勤務中は、セミロングの髪をヘアクリップでひとつに纏めている。

 面と向かって手放しで褒められた経験などなかった燈里にとって、彼のストレートな賛辞は面映ゆくはあったが素直に嬉しかった。


「今日来た中で、燈里がいちばん美人だったよ!」

 彼の友人との、それぞれの彼女同伴での集まりを終えたあと。


「そんなわけないじゃない。……京介(きょうすけ)のお友達ってみんな格好いいし、お相手も綺麗な人ばっかりね」

 謙遜ではなく本心から返した燈里に、彼は大袈裟に驚いた声を上げる。


「いやいや、あのコたちは化粧が上手いだけだよ。それも別に悪くはないけど、顔だけなら絶対燈里がダントツだって!」

 (やなぎ) 京介と知り合ったのは、去年の秋だった。

 たまたま燈里の部署の女性と彼の勤務先の男性が知り合いで、互いの社員だけを集めて所謂『合コン』のような形で企画された飲み会。


波多(はた)さん、どうする? 同じ『合コン』でも、こういうのは良いと思うよ。相手の身元が確実だから」

 先輩に誘われ、なんとなく断り切れずに連れて行かれた先に彼が居たのだ。

 場に馴染めないまま、隅でおとなしく目の前の料理に手を付けていた燈里の隣にやって来た京介。

 しつこくしない程度にいろいろ話し掛けて来て、「キレイだ、可愛い」とさり気なく持ち上げてくれる。


 燈里の方も少しずつ打ち解けて話すうちに、同じ年だとわかった。

 それを切っ掛けに付き合うようになって、燈里の毎日は一気にカラフルになった。

 特別に服装や化粧が変わるということはなかったが、少なくとも休日のデートの際は着るものもそれまで以上にあれこれ考えたものだ。

 楽しかった。彼が好きだった。愛していた。


 ──なのに、夢のような日々は、結局半年も続かなかった。


「燈里ってさぁ、確かにキレイなんだけど。なんか一緒に居てもあんま面白くないんだよな」

 二人の関係が、少しずつ変質してきているのは感じていた。

 結局、京介が欲したのは連れ歩いて自慢できる『美人の彼女』で、──しかもそれだけでは物足りなくなったということなのだろう。


 身勝手極まりないと責めるのは簡単だ。燈里の中にもそういう気持ちは無論ある。

 しかし、己が『付き合って楽しい相手』ではないことは自分でもよくわかっていた。

 心変わりした相手を、強引に繋ぎ止めることなどできない。意味もない。

 自分の部屋で、テーブルに置いた一輪挿しの花を眺めながら彼を想ったあの幸せな時間はどこへ消えたのだろう。


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