表裏のカラクリ
何も知らないままで生きていく事の辛さを知っている。だからこそ、自分の存在証明をするように、複数の謎を一つの解答へと繋げていく事が唯一の救われる道だと信じたかった。
いや、信じ込まないと自分自身が崩壊していきそうで怖かったのだろう。
「全てをリセットする」
今までの生き方も、あいつらの命令に従う愚かな自分も、人間関係も、環境も、家族も、全て全て……
あの人がつけた名前さえも。
現実と妄想の境界線は曖昧で、狂ってしまった私からしたら、少しでも気を抜くと夢の中にいるような浮遊感の中で日常を過ごしていくしか方法はなかった。ピンと張った脳細胞が心情に抗いながら、暴れている。どうする事も出来ないもどかしさを抱えながら、耐え続けれたらよかったのかもしれない。何がリアルか嘘か砂時計のように散らばっていく記憶の残骸を集めながら、いつの間にか右手で窓を殴りつけていた。
「雪兎、何して」
ユウラギからしたら豹変したように見えたのかもしれない。しかし内側に沈み込んでいた爆弾が表に出ただけ。
どれだけ化け物扱いをされても、殴られても、切り付けられても、一度壊れた感情は元には戻らない。それはそれで、怖いと言われる負のループから抜け出すように、怖がるように義務付けた。子供らしく、相手が求めるように。
体は大人になっても、心は未熟だ。あの時のまま止まってしまった私の成長は、過去の鎖に自由を奪われ、好き放題されている。
誰も気づかない、気づかれてはいけない。
私は「完璧」を貫かなければならないのだから。
「大丈夫、一人じゃないから」
そんな心の言葉を想いを見透かしたのだろうか。確信めいた事には触れないように、ただただ私を抱きしめては、鼻を啜っているユウラギがいたんだ。
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ピロン。
安定剤が効いたのだろう。あのまま意識を失った私はいつの間にかソファーに身を委ねている。ぼんやりとした意識の中で微かに聞こえた通知音に引き寄せられるように、だらりと這い出した。
ズボンのポケットに忍ばせていたはずなのに、いつの間にか床に転がっているスマホが怪しく微笑み返す。どうせ面倒な連絡しか来ない、だから見なきゃいい、知らなきゃいい、そう思うのに、どうしても止める事が出来なかった。
通知を見ると、兄からだった。父が死んだ事がきっかけで後継として実家に戻って、今では十六代目となっている。父や祖父、その前から沢山の人達が人生を代償にし、立場を貫いてきた。
「そういや、よく選挙に出てほしいとか頭下げに来てたな」
父は勿論、それ以上に支持されていたのは祖父だった。本来なら後継候補になる事も難しかったのだが、長男のセイが亡くなった事で、全てが変わったのだ。セイは表では戦死になっているが、祖母から昔話として聞いていた内容とは全く違う亡くなり方だった。
「せいさんは凄い人よ、天皇様のお荷物を運んでいたのだから、そして名前ももらったのよ」
「名前?セイおじいちゃんじゃないの?」
子供の私は首を傾げ、頭を抱えた。祖母が何を言っているのか理解が出来ていなかったのかもしれない。
「セイおじいちゃんよ、でももう一つお名前があるの。本当は誰にも教えちゃダメなんだけどゆうにだけは教えてあげるね」
「うん」
「それはね……」
そうやって沢山のカラクリを残して、次世代に繋げていく。そうして、私の全てを奪おうとする影も、表と裏を使い分けながら、堕としていく。
「話がある」
嫌な予感しかしない。冷え切っていく感情を体でダイレクトに感じている私がいた。