言葉の裏側
「大丈夫?ゆう」
「あ?」
「魘されていたよ、最近多くなってる」
ベッドで寝ている私を心配するように覗き込んでくるユララギ。私はゆっくりと起き上がると、まだ寝ていなさいと体に説教されているように頭に痛みが走った。体の痛みは消えても、心の痛みは消えたりしない。周囲は私を可哀想と言うが、そんな感情必要なかった。その言葉を受け入れる事が出来たなら、どれほど楽だっただろう。しかし、受け入れてしまったら、自分の中の何かが壊れていきそうだった。
「まだ時間あるからゆっくりしときよ。ココア入れてくるから待ってて」
ふんわりと微笑むユララギは私が関わった事のないタイプだった。ここまで優しくするのも何か理由があると思う自分と、最後に信じてみたいと期待を持つ自分に揺られている事は彼女に言う事はなかった。この感情の渦はきっと過去が原因だから、何の関係もない彼女にぶつけるのは違うと考えているからだった。
こぽこぽとココアの注ぐ音が耳を掠めた。私はその音をBGMにしながらスマホを操作している。自分が当たり前の幸せを捨てる事になった原因をこの10年で探していた。黒いものに関わる必要があったのか今となっては分からない。それ程にまで侵食されていたのだろう。
「飲みな、少しは落ち着くよ」
「ありがとう」
差し出されたカップを手に取ると、ゆっくりと味わってみる。ほんのりと苦みが広がる中でかき消すかのように甘みが増殖している。体に吸収されたそれは、昔の自分が美味しそうに飲み干した。
「今日はどうする?」
「電話をかけてみるかな」
「ふうん」
内容を聞くような事はない。本当はその相手の正体を知りたいのだろうけれど、聞かれない限り言う必要はないと思っている。
「電話かける時言ってね。私、出かけるから」
「うん」
こういう落ち着いた空間は凄く安心する。嫌な事も、苦しい事も、全てを浄化してくれる気がする。形のないものを見る事は出来ない、証明する事は出来ないけど、それでも確実に自分の中に刻み込まれていく。
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「宮坂さんに連絡取る事は難しいでしょうか。直接お礼を伝えたいので」
「すみません宮坂に直接は……」
「そうですか、では伝えて頂けないでしょうか」
「大丈夫ですよ」
「ではお願いします」
あんなに身近だった空間が凄く窮屈に思えて仕方なかった。慣れていたはずなのに、父が亡くなってからこうやって連絡をするのはある意味新鮮だったのかもしれない。
「宮坂さんが知事をしていた時、私の父がお世話になりました。葬式にも出席していただけた事嬉しく想います。本当は直接お礼を言いたかったのですが、このような形で申し訳ありません。知事はご存知かどうか分かりかねますが、色々ありました。本当に、貴方様には『色々』とお世話になりました。ありがとうございました」
遠回しな言い方で複数の意味をちりばめた言葉を伝えると、その意味に気づいていないようで『伝えておきます』と告げてくる。表ではなんもない言葉達だろう。しかしその言葉の意味を知る人達からしたら脅しにも聞こえるかもしれない。
「それではお願いしますね。お忙しい所ありがとうございます、失礼致します」
伝えるかどうかはその組織の采配による。宮坂に対しての言葉は確実に来学知事の耳にも入るだろう。それを見越しての伝言なのだから、これでいい。例え伝言を完結に伝えたとしても、それはそれで面白いのだから、これだから仕方なかった。力のある人間を喰うのはある意味『心理ゲーム』のようで楽しくて溜まらない。
「まぁ動くか動かないかは貴方次第ですよ」
切った後に、そう告げると、微笑んでいる自分がいた事に気づかず、スマホをベッドの上に放り投げた。