揉み消された事件
自分の保身の為じゃない。彼は自分の孫を助ける為に、使ってはいけない権力を使おうとしていた。
ゆったりと流れる長い夜の中で、一人月見酒を楽しんでいる。全ての面から引退をしたはずなのに、愚かな事をした彼を叱りながらも、再び圧力と金で全てを屈服させていかないといけないなんて、目にしたくない世界は彼の側にいつも隠れている。
気を抜けば抜く程、自分の当たり前の感覚が消されていく。金が人を支配する世界だ。あそこに入り込むと、本当の自分を見せる事も、弱点になってしまうのだ。
「……これが最後だ。私はもう使いたくないのだよ。例え息子の頼みでもな」
「父さん」
「もう二度とこんな事を起こさないように見張っておけ。そしてあの子は家を潰しかねない、勘当する」
父は全てを理解した。それだけの事を犯した彼に差し伸ばされる最後の手だったのだ。一度もみ消すと、また同じ事を繰り返してしまうだろう。あたかも自分が特別な存在に思えて、人を見下すようにもなっていく。
祖父は全てを理解していた。先が見えていたのだーー
ため息を零すと、目の前にゆらりと影が現れた。今までの自分の人生を振り返りながらも、向こうに待っている世界にこれ以上侵食されないように、一線を引いている。祖父だからこそ、それが出来る。他の人が同じ事をしようとしても、人間の闇を見るだけだ。そうやって見たくないものを見て、人間は簡単に壊れて、廃人になっていくのだから。
自分のしようとしている事は世間からしたら批判の対象になるだろう。それもそうだ暴行事件を自分の権力を使い、最初からなかった事のように、消去させていくのだから。そこに関与している警察は勿論、その上層部にもては回してある。
「お久しぶりです。みなとさん。貴方がここに来るなんて珍しいですね」
「……そうだな。来たくなかったのだが」
「引退したのでは?」
「私を見ればわかるだろう。とっくに身を引いているよ。それよりも相談があってね」
「……相談ですか」
上層部の人間は祖父から今置かれている状況を説明されると、ドット肩の力を抜いていく。それは祖父の立場を考えての心情が行動の動きに繋がっているのだ。
言いたくない事を言う事しか出来ない。
そんな事があったのは私がまだ五歳にも満たない時の事だった。周囲に囲まれた兄が自分の身を守る為に、竹刀を使い六人を病院送りにしてしまった。例えその上級生が発端でも、手を出してしまった事には変わりない。精神を鍛える為の武道を武器と添いて使用したのだから当然だろう。
最初は父がどうにかしようとしたが、全ての事情を知った祖父が、父の将来を、これから先を、そして自分の跡取りとしての先行きを潰さない為に、過去に得ていた人間関係と資金、そして表には出せない繋がりを使うしか方法を知らなかった。
幼い私はその話を聞いたのは祖母からだった。兄の前では落ち着いた様子の祖母でも、昔話が始まると、当時の事に対して怒りを感じている。いつもいつも泣きながらも、感情を昂らせながら、怒りを表面に出していたんだ。
その時の私は祖父が付いていた仕事を知らない。ただ私の叔母にあたる人をコネを使い、自分の専属の秘書にした事は聞いた事があった。そうやって周囲に力を与え、沢山の民衆から議員の候補者へとしての推薦があったりもしたが、全ての裏を知っている祖父は、何十回も断り続けて、自分に残された些細な幸せを守ろうとしていたのだろう。
それが一瞬にして、崩れていくのだ。
当の本人は祖父の権力に守られた事を自慢するように話していた。
本当だったら前科が付いていただろう。それでもこう簡単になかった事に出来るなんて、当時の私には理解出来なかった。