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第7話 出身世界その1

「次はどんな世界に行きたい?」


 すばるくんはまた私の顔をのぞき込んできた。


 どこか行きたい世界は正直思いつかない。


 むしろ、私が知りたいのは昴くんのことだった。


 魔法のある昴くんの故郷の世界での一ヶ月、木造ロンドンの世界での半年。私は彼とともに長期間にわたって時間を過ごしているけど、彼とはまるで内容のない上辺うわべだけの会話しかしていない。


 彼は私にプロポーズをして、私もそれにはこたえた。


 仮にも夫婦という関係であるのに、話す内容はまるで初対面かのよう。

 私はなんで彼と一緒にいるのか分からなくなるときがある。


 別に彼のことが嫌いというわけではないし、むしろ好きだと思う。


 彼からは必要以上に溺愛できあいされていると思う。


 でも、彼とは距離を感じてしまう。


 並行世界に詳しい彼は、常に私の一歩前を歩いている。


 私はいつになったら彼に追いつけるのだろうか?


 だから、私は見せなくちゃいけない!



「昴くん! 私、元の世界に行きたい!」



◇ ◇ ◇



 光の輪をくぐるとそこには見慣れたアパートがあった。


 近くのコンビニで新聞を手に取ると日付は私が亡くなってから五年ほど時間が経っていた。

 世界樹のあった空間で五十年眠っていても、時間の進み方は世界によって違うようだ。

 亡くなった時が二十代後半だったから、アラサーからアラサーになっている頃だ。


「ねぇ、ここって似た世界じゃなくて本当に同じ世界なんだよね……?」


「そうだよ、黒江くろえちゃんと出会った世界だもん、間違えるわけないよ」


「そっか……」


 私は自分の世界に帰ってきたという感覚があまりなかった。


 二つの並行世界を旅して、今までの人生で全く見たことのない光景ばかりを見てきた。


 要は海外旅行に行ってきたようなものだ。


 ましてや、二つの世界はこの世界とは全く違う異世界のような世界だった。


 それなら、自宅に帰ってきた時に安心感のようなものがあってもおかしくない。


 でも、それがない。


 私は本当にこの世界の人間なんだろうか……?


「す、昴くん! 私、行きたいところがあるの!」


「うん、いいよ。一緒にいこっ!」



◇ ◇ ◇



 私は実家のある街にやってきた。


 大学を出て都会で就職をして、それからお盆と正月の年二回帰省するくらいだったから、なつかしさはありつつも、そんなに感慨深かんがいぶかいほどでもない。


「ここが黒江ちゃんの故郷かぁ!」


 昴くんがかがやかしい笑顔を見せる。


 大都会でもなく周りに綺麗な田園風景でんえんふうけいが広がっているわけでもなく、ぽつぽつと田畑たはたがあって、観光地はないけど近くに鉄道も高速道路もあって生活するには不自由のない、そんな中途半端に田舎いなかな街だ。


 だからそう、ここは昴くんが見せてくれたようなところとは違う。


 そんなにいい場所ではないんだよ。


「ここでは、私が死んでいることになってるからあまり目立たないようにしなくちゃね」


「あっと、そうだったね。ごめんね、僕が巻き込んじゃったせいで」


「ううん、いいの。私、多分この世界に向いてなかったと思うから」


 昴くんは何かを言いたそうだったが飲み込んでいた。


 私だって今みたいないやらしいことを言われたら、なんて返していいかわからないと思う。


 

◇ ◇ ◇



 街のなかでも割りと都会な駅前周辺をめぐる。

 元々商店街だった店舗はシャッターが閉まり、開いているのは花屋くらいだった。

 これは私が生きていた頃と大して変わりはない。


 幽霊になって温度も殆ど感じないからわからなかったけど、今は春らしい。

 きっと花屋の店頭に並んでいるバラやチューリップも、今がしゅんのものなのだろう。


 駅の周りをぐるりと回ると、割と古くからあったスーパーマーケットが閉店していた。

 この近所の人たちはどこへ買い物に行っているのだろう。



 少しずつ実家に近づいていく。


 周りの風景を見てふと閃いた。

 交通量の多い道路から一本入り、そこから更に車がギリギリ通れる程度の細い道を進み、その先に駄菓子屋があったのを思い出した。


 交差点の近くにあったから『交差店こうさてん』なんて呼んでいたのを覚えている。


 ただ、想像していたとおり店なんてなかった。

 あったのは真新しい分譲住宅ぶんじょうじゅうたくだった。



 実家の近所にあった公園へ向かう。

 小学生のころ遊んでいた遊具は鉄棒しか残っていなかった。


 危険な遊具が撤去てっきょされていて、滑り台やシーソーも新しいものに変わっていた。


「……黒江ちゃん、もうやめよ」


 気まずそうな顔をした昴くんが声をかけてきた。


「…………」


 我慢していた涙が止まらなくなってきた。


「私……昴くんのことを知りたかった……。だから、聞く前に私のことを色々と教えたかったのに……」


 幽霊でも涙は出るんだなって、嫌になってしまう。


「でも! 私の知ってるところ、もう全然無くて……!」


 私も見せたかったんだ。昴くんが自分の世界を見せてくれたみたいに。

 でも、私の知ってる世界は私の知らない世界になってる……。


 もしかしたら昴くんだって、魔法のあった世界は自分の知らない世界になっていたのかもしれない。

 それでも彼にとっては『全然変わってないなぁ』と言い張れるような世界だったのだろう。


「私、昴くんに知ってほしかったのに……」


 大人気おとなげなくワンワンと泣きながら膝から崩れ落ちてしまった。


「昴くん、ここって私の知らない並行世界じゃないよね……?」


 昴くんの顔を見ようとした瞬間、強く抱きしめられるのを感じた。


 私の耳元で声と息遣いを感じる。


「大丈夫だから、ここは黒江ちゃんの世界だから。でも、時間は動き続けている。もしかしたら二十年以上前に分岐した世界には、黒江ちゃんが僕に見せたかった風景が残っているかもしれない。でも、それはこの世界じゃない」


 私を抱きしめる力が少しずつ強くなっていく。


「でも、黒江ちゃんの中にはちゃんと『記憶』として残っているんでしょ? ただ、黒江ちゃんが見せたかったものが『記録』としてこの世界に残っていないだけで……」


 その時、どうして昴くんが絵を描いているのか、少しだけわかった気がする。


 その世界が変わってしまっても、絵があれば『記録』が残っているし『記憶』も蘇る。

 絵というのはそういうものなのだ。


「昴くん……ありがとう……」


 私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を裾で拭って立ち上がった。


「私も……絵を描きたい。教えて、絵の描き方……」


「うん、いいよ」


 昴くんが差し出した手を繋ぎ、二人で絵を描く場所を探しに行くことにした。


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