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第19話 出会いの夢その1

 幾年いくとせと眠る私は夢を見ていた。

 あの日あの時あの場所、彼と出会った時の夢を――


………………………


………………


………


 あの日は、シャツが汗でまとわりつく不快な夜だった。


「暑いなぁ……」


 歩けば歩くほど汗をかき、自分が汗臭いのかどうかすらわからないくらいだった。

 街路灯もまばらにしかない住宅街を、一人で歩いている。


「財布、家にあるといいなぁ……」


 会社の上司と共にタクシーで取引先のデパートへ行き、その場で解散して直帰することになったまでは良かったが、鞄を漁っても財布がなかった。


 幸いにも、今日一日一度も財布を使っていないという記憶があったのが唯一の救いだった。


 しかし、取引先のデパートから一人暮らしをしている自宅までは徒歩で二時間以上はかかる距離がある。


 電車に乗ろうにも定期券は区域外のうえ、こういう時に限ってICカードに電子マネーが殆どチャージされていない。


 実家は更に遠い場所だし、かと言って会社の誰かに頼んで送迎してもらうなんてことは、申し訳無さすぎて選択肢にすら入っていない。


 だから、仕方がないと思って、ただひたすらに歩いている。

 

「今日は月が綺麗だなぁ……」


 歩きながら空を見上げると、雲一つない空に満月に近い形の月が浮かんでいた。


「今日も駄目だったなぁ……。どうすれば仕事って上手く出来るんだろ……」


 気がつけば、見上げていた視線はいつの間にか地面へと落ちていた。

 見えるのは地面と鞄とコンビニで買ったお弁当だけだ。


 もっと早く鞄の内ポケットに千円札が一枚入っていることに気が付いていていれば、自宅近くまでひらすら歩くはめになんてならなかったのに……。


 今日も私は失敗ばかりしていた。


 宝石が好きだからというだけで入った会社だったけど、仕事というものはそんな甘いものじゃなかった。


 好きなものだけ触っていられるわけではないというのは理解していた。だけど、顧客へのプレゼンテーションや社内でのレクチャー。自分が思っていた以上に私は仕事ができない人間だとは思わなかった。


「疲れたなぁ……」


 それが二時間歩いた疲労からなのか、それとも不出来な自分に対する心の叫びなのかはわからなかった。


 でも、少なくともその声が聞こえていた人がいた。


「うぅ……」


 自宅の近くまで来たところで、道路脇に人がうつ伏せで倒れているのが見えた。


「だ、大丈夫ですか……!?」


 私はすぐにその人に駆け寄って声をかけた。我ながら本当にお人好しで不用心だと思う。


 私は倒れている人の肩を叩いて、声をかけ続けた。


 倒れていたのは細身の若い男性だった。着てる服も長袖のTシャツとジーパンにスニーカーという、ラフな格好だった。


「うぅ……」


 彼は何とか自力で仰向けになったが、すぐに力尽きてしまうのは明白だった。


 顔はどこか青白く、透き通っているようにすら感じた。

 しかし、優しそうで端正な顔立ちだからか、その様子すら似合っているように感じてしまう。


 普通なら救急車を呼ぶのが適切な対応だったのかもしれない。それでも、急いで私が手当をしなければと思ったのが、私の運命を変える選択肢だった。


「わ、私の家! すぐ近くなんです! とりあえずそこで手当しますので!」


 私は彼がなぜ倒れていたのか――怪我なのか病気なのか、そんなこと気にもせずに肩を貸して家まで連れて行った。


 見知らぬ若い男性を一人暮らしの部屋に連れて行くなんて、本当に危機感の欠片もないと思う。


◇ ◇ ◇


 私は部屋に連れて行くと、彼をベッドに寝かせて布団をかけた。


「大丈夫……ですか?」


「あ、ありがとう……。ちょっと心が疲れちゃったみたいで……。このお礼は必ず……」


「今はお礼とか、そんなの気にしなくて大丈夫です!」


 彼は今にも力尽きそうな、か細い声で私に礼を言った。自分の事よりも先に礼を言う彼のことを、この時点で少なからず信用したのかもしれない。


「僕の名前はスバル、世界を旅する絵描きだよ。いつもはこんなヘマはしないんだけどね……。ちょっと色々とあって倒れちゃって……」


「む、無理に喋らなくても大丈夫です! 痛いところがあったり、調子が悪いところがあったりしたら教えてください! あ、お腹空いてませんか!?」


「あぁ、いや。食事は大丈夫だよ、ありがとう。今のところは君が傍にいてくれるだけで十分だよ……」


 まるで告白されたような恥ずかしさがあったけど、要は今のところ助けが必要なことはないっていうだけだと、頭に言い聞かせた。


「そうだ、君の名前……。聞いてもいいかな……?」


「あ、すみません、申し遅れました。北山 黒江です」


「黒江ちゃんか、いい名前だ……」


「え、あ、ありがとうございます」


「僕は色んな世界を旅しているけど、出会いは一期一会だと思っているから名前を聞くことはあまりないんだ」


 つまり、私との出会いは一期一会ではない、この出会いは一生で一度だけでは終わるものではない。彼はそう言いたいのだろう。


「ベッドを借りてる身で言うのも変だけど、僕のことは良いから、クロエちゃんのやるべきことをやってもらって大丈夫だよ」


 彼は未だにか細い声で私に気を遣っている。やるべきことと言っても、買ってきたお弁当を食べるくらいしかない。


「えっと……。じゃあ、お弁当食べます。本当にお腹空いてないですか?」


「本当に大丈夫だよ。僕はお腹が空かないんだ」


「そうですか……。じゃあ、いただきます」


 手を合わせてから割り箸を割って、唐揚げ弁当に手を付けた。


 お弁当を食べながら、ふと部屋を見渡す。


 正直なところ、私の部屋はあまり綺麗とは言えない。衣類は脱ぎ散らかしてあるし、お弁当の容器も机のうえにいくつも放置されている。


 だけど、不思議と彼をこの部屋に入れたくないという気持ちにはならなかった。


「……あの、見られていると食べづらいんですけど……」


 一口二口とお弁当に手を付けていると、ベッドの方から視線を感じた。


「気にせずどうぞ」


 あお向けだった彼がいつの間にか横向きに寝ており、こちらをじっと見つめていた。


 お腹が空いているわけではないようだから、食べ物ではなく私を見ているのだろう。


 それはそれで理由が気になって、目線と合わせて二重に食べづらかった。


◇ ◇ ◇


 見知らぬ男性を部屋に入れている時点で警戒心が無いと言われるかもしれないけど、滝のように汗をかいてしまっていたのもあって、短時間だけど一人でシャワーも浴びてしまった。


 ただ、彼は本当に辛いのかベッドから動いた形跡はなく、とても無邪気というか紳士的というか、安心できる存在だった。


「それじゃあ、私は床で寝ますけど、本当にベッドは気にせず使ってください」


「本当にありがとう……」


「困っている人がいたら助けるのは当然じゃないですか、それじゃあおやすみなさい」


 私は部屋の電気を消して、毛布に身を包んで硬い床で眠ることにした。


 また見知らぬ――と言われると思うけど、彼はきっと襲ってこないだろう。


 気がつくと私は暗い闇の中に沈んでいった。


「――本当にありがとう、黒江ちゃん。僕が生きているうちに出会いたかったなぁ……」


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