前編
短編を書きたくて書いてみました。ハッピーエンドだと思われます
ナツはその日とてつもなく、いや、異様な程ハイテンションになっていた。
というのも彼女は本日徹夜三日目、こうなってくると人間、頭のネジは外れ放題と言っていいだろう。
なぜそんなに徹夜していたのか、答えは簡単だ。
「あの野郎ども……三日分の仕事を全部押し付けやがって! でもこれで自由だ! ぎゃはははは! 仕事明けの解放感ってのはきもちがいい!!」
一人廊下で下品に笑い声を立てているナツの言葉から、察する事ができるだろう。
ナツはさらにぶつぶつと文句を言っている。誰もいない廊下で、やたら大きな声で文句を言う女……ちょっと所ではなく、近寄りがたい相手にちがいない。
まして彼女は三日徹夜かつ、仕事場に泊まり込みだったわけで、着ている衣装はよれよれくちゃくちゃ、髪の毛もぼさぼさ、王宮に勤めている人間としては相当だめな見た目をしているわけだ。
こんな状態の女と、会話をしたいと思う人間はいないだろう。そして若干匂う気もして来る見た目だ。
「だいたいなんだよ! 結界を張るのは当番制だろうが! 昨日も今日もわたしの当番じゃないでしょうがぁ! やっととりつけられたデートだ? 許嫁の家の晩餐会に招待されて断れないだ? そんなもん一週間前からわかってるだろうがよぉ!! なんで当日にそんな事言ってきやがるんだ! ふざけんなふざけんなふざけんな! 毎度毎度毎回毎回!! 私の休日は昼寝一択だって知ってるからそんな無茶言うんだろ! そうだよ確かに休日に有意義な予定なんてないさ! でも三日の徹夜なんて無理、しょっちゅうやってられっか!!」
そんな事を呪うように言っているわけで、大体理解も出来るだろう。彼女は他の仕事仲間から、徹夜で結界を張り続けるという激務を二日分も押し付けられ、異様な興奮状態に陥っているのだ。
結界を張る。それは国にとって重要であるはずなのに、何かと下に見られがちな仕事だった。
結界を張る事で、魔物の侵入を防ぎ、国が栄えるのだが、結界を維持するためには常に意識を保っている必要があり、つまり徹夜になるわけだ。
結界師と呼ばれる、結界張りたちは常に激務なのだ。二十四時間意識を保ち続け、結界に魔力を流し込まなければならないのだから。
こんな激務であるのに、給料は下級役人程度しか支給されず、上級役人には見下され、あの程度とまで言われるのだ。
あの程度と言うなら交代要員になれと心底思うナツだが、結界師には素質の有無でかなり左右されるものがあり、なれる人間ばかりではないのだ。
途中で交代する事も可能だが、そうすると一時的に結界に揺らぎが生じるため、丸一日結界を張り、魔物の活動が減る明け方に次の人間と交代するというのが、今のところ一番安定している交代方法だった。これが昼間や夜中だと、そうはいかないのである。
それに結界を張る人間がちょくちょく変わると、結界維持装置に負荷をかけやすい事も研究の結果判明しており、日中に何人もで交代するというのは、夢のまた夢の話と言ってよかった。
そんな苦労の多く負担の大きい仕事から、やっと解放されたナツは、ふとにぎやかな大広間の方に足を向けていたらしく、そちらの熱気などを感じ取った。
「なに? 今日、なんかあったっけ……?」
徹夜明けの記憶はあいまいで、本日の日付すら思い出せない。
しかしにぎやかな事は気になるわけで、ナツは大広間の前にいた兵士たちに、手を振ってから問いかけた。
「今日何かありましたっけ」
「あ、結界師さん。お疲れ様です。今日はこの大陸のあらゆる貴族が集まる、一大舞踏会だって覚えていませんか?」
ナツは見た目が相当よれよれだった事からも、本日も仕事をしている面子だと思われた様子だった。
お疲れ様と言われる事で、ナツは少し笑う余裕が出来た。出来たために記憶を探り、兵士の言う事が記憶にない事を伝える。
「えーと、記憶にないです」
「招待状をお持ちの方は誰でも通すように言われているんですが、結界師さんはそれを今お持ちですか?」
「あー」
ナツは欠伸交じりによれよれの外套のポケットを探った。たまに変なものも入っているナツのポケットの中から、何というべきか、これまた可哀想な扱いを受けている封筒が引っ張りだされる。
それはこの国の公式の紋章が施された、正規の招待状だ。
ナツも血筋的には一応貴族の末端なので、招待状を持っていたらしい。本人はいつポケットに入れたのか、という記憶さえ曖昧だったが。
「お持ちですか。じゃあどうぞお入りください。お疲れでしょう、結界師さんは激務だって前もぶつぶつ独り言を言いながら、廊下を歩いていたくらいですからね。ご馳走や飲み物もたくさんありますから、食べたいだけ食べて、ゆっくりしても罰は当たりませんよ」
「いいの? いいんだね? ただ飯ぐらいしちゃっていいんだね?」
食べたいだけ食べる。ナツはその言葉に食いついた。
自分の寂しい懐事情と、寮の部屋の中にある食料棚に、今何か食べられる物があるかどうかも記憶にないという現実から、その言葉以上に蠱惑的なものはなかったのだ。
「この後行き倒れのように、王宮内で倒れられるよりましですよ、あなた何回、行き倒れよろしく通路で倒れていたと思ってます?」
「あははは……三回以上は覚えてないかな」
この兵士が親切なのは、どうやら徹夜明けのナツが、たびたび通路で空腹と疲労で倒れているのを、介抱したかららしい。
鎧と兜、それらがお仕着せの兵士の名前は、恩人だというのにどうにも思い出せないナツは、笑ってとりあえず誤魔化した。
しかし食事をたっぷり食べられるのだから、ここは舞踏会にこっそり入り込もう。よし。
ナツはそんな浮かれた気持ちで、どうせ誰も相手にしないだろうという打算もありつつ、その舞踏会の会場に入ったわけだった。
そして、きらびやかな綺羅の空間たる、ダンスフロアからはそっと目をそらし、一目散に目指したのは料理人たちの丁寧な仕事が光る、料理の並んだ卓である。
結構皆様、交流を目的にしているのか、料理の並んだ卓にいる人は少ない。
これはいいぞ、食べ放題だという思考回路が結びついたナツは、卓の一つにあったお皿を持ち、とりあえず手に取れるだけ料理を積み上げて、誰も座っていない卓に座り、豪快に口を開けて料理を堪能する事にしたのだった。
食べて、空になったらよそって、また食べる。
最初から見ていた人間がいれば、一体その体のどこにそれだけ入るのだ、と言いたくなるような量の食事が、ナツの胃袋に収まっていく。
ナツは誰はばかることなく大ぐらいだったのだ。ただし結界師の給料は寂しいので、毎日食事をとるための我慢として、一応人間の食べる量程度まで、我慢しているだけで。
しかし今日のナツは、そんな遠慮などどこに行ったのかと思うほど豪快だ。
大きく開く口、油でてらてら濡れている唇、食事しか見えていない瞳は輝き、料理人たちが見ていたならば、感激しただろう。
さて、そんな風に食事をしていた彼女の脇に、誰が座った。
そして、ナツを見て問いかけた。
「うまいか」
もっもっも、と咀嚼していたナツはごくりと飲み込み、いい笑顔で頷いた。
「最高。こんなに食べるの久しぶり。お兄さんは食べないの?」
隣なんて見ていない。視界の先にあるのは食事と飲み物だけである。
お兄さんと呼びかけたのは単純に、声が成年済みの男のものだったから。それだけの理由だ。
「少し疲れたからな、休憩に来ただけだ」
「じゃあ甘いもの食べる? 私は疲れた時の甘い物、すごく好きだけど」
再度いうが、ナツは相手の顔など、ろくすっぽ視ずに話していた。視線はこれから食べる料理だけに向いている。
そのため、隣の男が意外そうな顔をした事にも気付かない。
「あなたのおすすめはどれだ?」
「これとこれとこれ」
ナツは言われるや否や、お皿に乗せていた甘いものを指さした。
「お兄さんとってこようか」
「いいのか」
「お兄さん疲れてるんでしょ」
そう言いつつ、ナツはあっけらかんとした調子で立ち上がり、お勧めの甘いものをよそって、男の前に置いた。
そして自分はまた自分の食事に戻り、後は見ない。
男は甘いものを食べた様子でこう言う。
「うまいな」
「でしょう。お兄さんお酒飲める口?」
「俺を潰そうとするのは無謀なくらいだな」
「じゃあお兄さん、飲むのに付き合ってよ」
ナツは異様なハイテンションと絡み具合を見せ、話しかける。
そして卓に置かれていた高級な酒を、惜しむことなくグラスに注ぎ入れて、男の分まで注ぎ入れて、テンション高く
「乾杯!」
と大声で言い、男の反応など何のそのと言った調子でぐいぐいと酒を飲み干し、また注ぐ。
驚くくらいの馬鹿にしか見えない行動だ。
がばがばと水か何かのように酒を飲み干すナツは、その調子で男に遠慮容赦なく話しかけ、反応を見ずにげらげら笑い、完全な下品な酔っぱらいとなっていた。
だが男が怒る様子もなく、見下した様子もなく付き合うため、その調子の乗り方は悪化し、ついには肩を組み管を巻いていた。