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第五話「パオロ・ネグロポンテ」

ちょっと短めですけど最新話です。

「では最終的な判断は我々に仰ぐと」

「ええ、そうです。我々は本来、魔王ラザール・ド・ミュラの捜索、並びに捕縛ないし殺害の権限のみを仰せつかっておりますから」


アッテンボローには後悔と安堵の感情が交互に明滅していた。ここに来てしまった後悔と、このやり取りに自分が立ち会うことができた安堵である。その明滅はどちらかと言えば後悔の念の方が強かった。


「フン」


会談の相手であるコボルトの男は低く潰れ切った鼻を短く鳴らした。応接室の天井に向けて紫煙(しえん)が昇り、男はその発生源を灰皿に押し付けた。


男の名はパオロ・ネグロポンテである。ネグロポンテはジェノヴィア共和国総督の他、ゼノヴィア評議会の議長であり、新聞が呼ぶところの独裁者であった。

彼はこの街の商人に多いコボルトの男であった。すなわち中世のころに隆盛を誇った海洋国家ジェノヴィア共和国の末裔である。

彼はそのコボルトの中でも純系に近く、背丈は女性の中でもさして高い部類には当たらない花よりも低い小柄な体型だった。低い鼻はかつてサフィール半島を中心に広大な領土を築いた古代レムジア帝国の、剣闘士の一族に見られた特徴でもある。それを鑑みれば、彼は純粋なるジェノヴィア人であり、かつ由緒正しきサフィール人でもあった。


その視線は部外者たるラウラ一行に対する敵愾心(てきがいしん)を隠す気はなく、まだ始まって早々というのにすでに二本目の煙草に火を付けていた。

むろんアッテンボローはこのような男に頭を下げるのを良しとする男ではなかったが、それと同時にこのやり取りがどれほどの政治的意義を持つのかも分からないほどの愚か者でもなかった。むしろそのことを自認したからこそ、一行の中で屈指の実力者である彼女らを差し置いて、会談の交渉役を買って出たのである。


「あともう一つ、有事の際のジェノヴィアに赴任(ふにん)する外交官とその家族の非難も我々の管轄にあります」


ラウラの補足にやはり自分は部屋で寝ていた方がよかったのではという疑念が、アッテンボローの胸中に巻き起こった。


「本当かね。そういう話は聞いてないが」


ネグロポンテの秘書が耳打ちし、彼は面倒くさそうに文書のページをめくった。


「いやすまない。どうやら相互認識にズレがあったようだ」


アンタの確認ミスだろ、と小さくつぶやく声があった。秘書官たちはざわつき、ラウラは平静を装い、アッテンボローは冷や汗をかきながら発言元の方を睨んだ。

一方で、ネグロポンテは明らかに耳を花の方へ向けていたが特に気にする様子はおくびにも出さなかった。


その辺りに彼らの力関係が現れていた。

いくら独裁者と言えど、ジェノヴィアは武装を禁じられた中立国である。対して彼らは魔王を倒すことを目的として招集された傭兵団であり、その武力は小国にすら匹敵し、質の点で言えば大国の精鋭部隊すらも凌駕し得る。


「一応聞くが、君たちは我が国の法律の範疇(はんちゅう)で動いてくれると解釈しているが」

「非常事態にならなければ」

「非常事態とはなんだね。我が国は無防備都市宣言を行っている。その限りとして、サフィールもサリアも、そしてエスターライヒもその侵攻には法的根拠を持たず、経済的な制裁の対象になるとある。これは第三国であるアルビオンが保証するものだ」

「それを判断する権限は私にありますし、文書にはその根拠を明示する義務はありません」


ラウラは普段の飄々(ひょうひょう)とした態度ではなく、毅然とした態度で言い放つ。ネグロポンテの顔が苦々しく歪んだ。


「結構。アルトリンゲン公。貴公の良心に期待しよう。では下がってよろしい」


ラウラが会釈をすると、花もそれに(なら)った。そうして三人連れ立って退室するのを見るやいなや、ネグロポンテは紫煙混じりの嘆息を吐き出した。


「窓を開けてくれ」

「分かりました」


秘書が彼の指示に従うと、部屋の中には潮の匂いを含んだ温い風が入り込んでくる。彼はそうして潮風に当たりながら、集積所の辺りを見る。

ちょうど、この歓迎せざるを得ない剣客たちの武器が運び込まれるところであった。


「旧式の団栗銃(どんぐりじゅう)か」


彼は議員時代に一度サリアを来訪し、その銃を間近で見ていた。普通の銃よりもずっと重く、一丁当たりのコストが高い銃であったがそれだけの価値に見合う銃である風に思えた。


「団栗銃の弾丸を見たことがあるかね」

「……いえ」


秘書官は真意を図りかねて、曖昧(あいまい)な返事をした。むしろ団栗銃が何なのかすらも知らなかった。


「私はある。昔、猟銃として、実際に撃ったよ。団栗状に成型した鉛だった。鉛を使うのは、銃の内部に掘られた溝に食い込ませる為、だから鉄ではなく柔らかい鉛でないと行けなかった。それ故に鉄とは異なり、団栗銃の弾が当たると人体の中で変形しながら進むのだ」


団栗と聞いて(あなど)りの念も見せていた秘書官たちも、そのおぞましさに息を呑んだ。


「我が国の医療技術ではその傷を治すことは難しいだろう。内臓を撃たれれば失血で死ぬだろうし、手足を撃たれればそこの付け根部分から先を切断せねばならない。つまり、撃たれた人間は自らの肉体という資本を何らかの形で、確実に奪われるのだ」

「しかし、彼らは我が国の法律に従うとこの文書に」

「それは誰が保証している?」

「アルトリンゲン公、ひいてはバルバロスラントとアルビオン帝国です。この文書に書いてあるではありませんか。もし一方がこれを破れば、一方は少なくない損失を被ることとなります」

「その損失をおしてでも、この国を攻める価値があると判断したならば?もし、攻めると決めたならこの条約は何ら効力を発揮しない。いやむしろ、その経済損失を補うべくよりy苛烈かれつな攻勢を招くだろう」

「正気の沙汰(さた)じゃない」

「私は、他人が正気であると信じることの方が、おおよそ正気だとは信じられないがね」


ネグロポンテは秘書官の呟きを聞き逃さなかった。


「我が国には、我が国を守る権利すら許されていないのだ。それも、我が国の都合ではなく、他国の都合によって。見たまえよ、彼ら傭兵たちに銃後の世界は広がっているのだろうか」


そう言いながらタバコを灰皿に押し付けてすり潰す。そのまま、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく懐からタバコの箱を取り出した。


「失礼します」

「なんだね」

「お客様がお見えに」

「どこのどいつだね。悪いが断ってくれ。今はそんな気分ではない」


ネグロポンテは三本目のたばこに火をつけるべくマッチを擦ったところであった。


「あっ、困ります。ネグロポンテ様は本日の来客はお断りするようにと」


その来客の名前に、ネグロポンテはそのしかめっ面に初めての笑みを見せ、マッチの火を吹き消した。


「彼は別だ」

やはり壊獣……壊獣は全てを解決する

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