第四話「アルフレッド・アッテンボローIII」
どうも。週末に投稿するつもりがいつの間にかcs版wowsに時間を吸われていた作者です。マイノーターの煙幕からしか取れない栄養素がある。
事の発端は二つの列強の存在であった。
サフィール王国という国家がある。
半世紀ほど前に列強内で吹き荒れた、民族主義の高まりの中で産声を上げた新興国である。
列強たちの位置する大陸と、未だ未開の地としての特性が強い暗黒大陸に挟まれた内海の中で、その中心に位置するサフィール半島と周辺の島を領土としている。
その国土は、中世の頃に貿易により経済、文化の両面にて絶大な影響力を誇った海洋都市国家によって構成されており、極めて文化的に成熟した新興国と言えた。
花とアッテンボローのいるところはジェノヴィア共和国。やはり中世の頃に隆盛を誇った海洋国家の一種であり、本来ならばこの新興国を構成する一都市であるはずが、旧態依然とした海洋都市国家としての地位に甘んじていた。
これには、隣国の帝政エスターライヒの存在が関係している。
無論、国家と言う存在があるからには、当然であるが隣国との関係は必須であり、そしてそれらは必ずしも良好な関係とは言えなかった。むしろ必ずと言っていいほど良好な関係とはならなかった。
エスターライヒとの関係は、国境を地上で接する国家間関係の、その典型と言えた。
ライヒは歴史ある大国であった。
ライヒの王族、ライヒスブルク家は大陸では随一の名門貴族である。
中世の頃から権謀術数に身を置いてきた老大国が、民族主義という新風の申し子たる新興国とでは、根本的な部分から対立していた。
特にライヒの支配下にあるサフィール系人種の住む地域や、他国の仲介により非武装中立地帯となった都市国家、未回収のサフィールと呼ばれるこれらの地域では頻繁に小規模な武力衝突が起こっていた。
事の発端はこの小さな都市国家にて起きた、一発の銃弾を発端とする。
この街に視察に来ていたサフィールの小貴族、ヴィンチェンツォ・グリマルディがジェノヴィアの親ライヒ派の活動家により殺害されたのである。
それだけではサフィール建国の当初より続く小競り合いの一つでしかなかった。グリマルディ家はサフィール北東の小さな貴族であり、その影響力は限定的であったのである。
問題はヴィンチェンツォには歳の離れた姉がいた。無論姉がいたことが問題ではなく、その姉が問題だったのである。
彼女は星墜の魔王、エミリオ・ファルネーゼの妻、ベアトリーチェ・ファルネーゼであったのである。
ピンと花の耳が立った。それまでの眠たげな眼が生気を取り戻す。
「待て、待て。目を輝かせるな」
「やっと本題に入ったんじゃないか」
「入ってない」
花は大きくため息をついて、そのまま椅子の後ろの方へともたれかかった。
「お前の話は要領を得ん上に回りくどい」
「俺だってそういう自覚はあるんだよ。だから嫌だったんだ。ラウラさんに頼まれてなきゃあ俺だってな」
「見ろ、コーヒーも冷め切ってるぞ」
彼女の言う通り、テーブルの上にコーヒーカップが乗せられた。
「話聞けよ、てか俺の金で買ったんだからいいだろ。厚かましい奴め」
「盗賊騎士のお前には言われたくないがな」
ここはジェノヴィアの中心地から東へ逸れた駅前である。駅前にはいくつか酒場やバーなどがあったが、ジェノヴィアにはそれらは地元民や労働者向けのものばかりであった。
「歴史というのは、点と点だけで学んでいてもしょうがない。流れが大事なんだ。何が起きたから、今この時に何が起きるのか。それを知らなきゃあ、善か悪かの二元論的な考えしかできない」
花は面白くなさそうに頷いた。
「お前は自分が正しい判断していると、傲慢にもそう思ってるのか」
「お前はどうなんだ」
「分からんよ。だから記録に頼るんだ。やっと、持ってる分に追いついた」
アッテンボローは鞄の中から冊子を取り出した。ちょっとした百科事典のような厚みのある代物だった。
「それは?」
「新聞のパッチワークさ。八年前、死にかけて思ったんだよ。俺の死は新聞には乗らないんだろうなって。だから俺の興味を持った内容が、そのまま俺の人生の足跡になると思ったから、これを始めたんだよ。こいつは三冊目、三ヶ月前から目に着いた記事を貼り付けている」
アッテンボローは笑みを浮かべた。それは多分に自虐と自嘲の色を含んでいた。
「そしてこれ、半月前の記事だ」
「"星堕のファルネーゼ"氏死亡。"千年魔王"ラザール・ド・ミュラと衝突。ジェノヴィア共和国国境にて」
「そうか」
花は記事の中身を見て、小さく落胆した。
「そもそも、お前はどの魔王を殺したいんだ?」
「分からん。私自身、魔王としか知らない」
「まさか一人一人殺していくつもりかよ。そりゃあ、一大事業だな。もし成功すれば、どの歴史書にだって刻まれるだろうさ」
「別に、そういうことが目的じゃない」
「ふーん。ま、確かに効率が悪いわな」
コーヒーを啜る花を見るアッテンボローの目はどこか残念そうであった。
「ま、とりあえずこの冊子を読んでくれ。見出しだけでもいい」
「あ、ああ」
花は意を決したように冊子を開き、そして一点を見て硬直する。
「一つ、問題点がある」
「なんだ、言ってみろ」
アッテンボローはちょうど煙草を口に咥えつつ、マッチを探しているところだった。
「これが読めない」
ポロッとアッテンボローの口から、紙タバコが転がり落ちていく。花が指で示していたのはアルビオン語で書かれた新聞の見出しであった。
「お前、本当に何も知らないんだな。東洋で言うところの仙女ってやつか?」
全ての説明が終わった時、窓に映る空は夕暮の茜色も引き、星が瞬きつつある藤色の空に変わりつつあった。
「なんだそれは」
「揶揄っただけだよ」
アッテンボローはつまらなさそうにコーヒーカップを呷る。
「一応、お前の故郷にも魔王の存在は確認されてるようだが、知らないか。まあ、知らないよな。その調子じゃ」
「初耳だ」
「お前はどっちの出身だ、北か、南か」
「?南に当たるとは思う、が」
「南阮か。ならサリア領だな」
「待て、阮は阮じゃないのか」
アッテンボローは目を丸くしてから、給仕を呼んでコーヒーを二人分頼み、通貨を手渡した。
「半世紀以上も前の話だよ。今のサリアで共和派と王党派の間に内戦があった」
花はようやく話が長くなることを把握したが、話題ゆえに問題にはしなかった。
「結果は王党派の負け。中心人物だった開闢の魔王、ウジェーヌ・ド・サン=シャモンは敗死、王党派の貴族も大多数が検挙された。その中の一つ、ルブラン家は阮に逃れてね。阮は一家の引き渡しを拒否した。この拗れから、サリアは阮に宣戦布告、懲罰戦争が始まった。この戦争は六年にわたる長丁場で、この時に猛威を振るったのがまだほんの幼い少女だった神速の魔王だ。サリアはこの神速の魔王に対抗するため、同盟国のルテニア帝国が保有する魔王を頼った。結局阮は二つの大国の侵攻を受けて、帝政は崩壊し、その領域のうち北側をルテニア、南側がサリアと分割されたんだ。しかし、ついぞ神速の魔王とルブラン家は見つかることがなかった。魔王は老いて死ぬことがない。未だ生存説が囁かれている」
一しきり語り終えるとアッテンボローはすでに冷めつつあるコーヒーを啜り、どうだと話し相手に問いかけた。
「知らない話ばかりだ。私の故郷が侵略を受けていたなんて」
「ま、南側は比較的マシな治安らしいからな。共和派の人道主義的統治が上手くいっているらしい。それに侵略は天罰だと思うぜ」
「なぜそう思う」
「サリアと阮、確かに遠く離れたサリアから阮を攻め落とすのは難しいが、隔絶された技術の差があった。だからサリアにとってこの戦争は勝ちにくくはあったが、絶対に負けない戦だったんだよ。阮は魔王保有国だったから、そういう慢心はどこかにあったんだろうな」
「……なるほどな。ありがとう、勉強になった」
「ま、お前の調子だとどこまで覚えてられるかは怪しいがな」
「その時はまた教えてくれ」
花はそういうとカップの中のコーヒーを空にした。
「なんだその顔は」
「いや、ずいぶん殊勝じゃないかと思ってな」
「お前の話は長くてつまらんがためになる」
「最後だけでいいんだよ、そういうのは」
アッテンボローは顎で外に出るように促した。
「お荷物、お持ちしましょうか」
「いやいい」
アッテンボローと給仕のやり取りを耳にしていると、アッテンボローの短い声が響いた。見ると、カップをひっくり返してしまっており、アッテンボローのパッチワークが汚されていた。
「あの、これは」
「まずは謝罪だろ。本当に申し訳ない」
「気にしないでくれ。これは私物だから構わない」
「すまないな。そう言ってくれるとありがたい」
店主はアッテンボローに一通り謝り終えると、給仕に向けて叱責を飛ばした。
「もっと集中しろ。娘が気になるのは分かるが」
アッテンボローはその文言を聞いて振り返った。
「大丈夫か」
「あ、ああ」
花が扉から出て行こうとしたその時、一人でに扉が開いた。
「おや、すまないね」
花は声の持ち主を凝視した。身長は花の頭一つ分高いが、長身のアッテンボローよりは低かった。代わりに肩幅は大きく、どこか骨ばってはいたがそれでも頑健そうな印象を見る者に与える。
だが花が釘付けになったのはその顔にである。
そこにはあるべきはずの人の顔がなく、代わりにあったのは豚の顔であったのだ。
「お嬢さん、オークは珍しいかね」
花の目には彼は随分な巨漢に見えた。彼女は知らなかったが、彼はオークとしては平均的で、むしろ骨格は細身な部類に入る。しかし人間基準で細身かつ長身なアッテンボローと比較すれば、確かにそれは巨漢であると言えた。
「あ、ああ、不快に思ったならすまない」
「構わんよ。慣れたものだ。さて、すまないが退いてくれるかね」
「ああ」
オークは花が退いたのを確認すると、彼の影に隠れていた少女に前に出るよう促した。
「ミリアム!」
途端に給仕は血相を変えて少女の元へと駆け込んだ。抱き締めてその腕の中に収めるとオークに聞いた。
「この子はどこに」
「サン・リベッチオ通りだ。酒屋の親父が保護してくれていた」
「ありがとうございます。お前は、また目を離した隙に飛び出して!」
給仕の女性が少女を叱りつけた。ミリアムと呼ばれた少女は伏し目がちに黙ったままである。
「なあ」
そこへ傍若無人な調子の声が投げかけられる。
「子供を怒鳴る前に、あんたが反省しろよ。大事な娘だろ。目を離したあんたが悪いんだ。しかも探しにも行かない。あんたそれでも親なのかよ」
アッテンボローにあったのは明確な怒気であった。それを見て、急速に花の中でのこの男への敵意が萎んでいく。なぜそうなったのかは彼女にも分からなかった。
「私だって探しに行きたかった」
「いくら気持ちを言ったって、ここで給仕をしてたんだから説得力はないぜ」
「よさないかね」
ついに彼を止めたのはオークの男であった。
「彼女には彼女の事情があった。こうしてこの子も無事に見つかったことだし、それに免じてやってはどうか」
アッテンボローは小さく息を吐き、そして納得いかないかのような表情で店を去っていく。
「どうした、お前らしくもない」
「まだ俺らしさってやつを知るほどの仲じゃないだろ」
ぼやくように応じた彼の横顔は、いつの間にか彼女の知る平素のものとなっていた。
「あれ、もう話は終わったの?」
「あれ、ラウラさん?どうしてここに」
一人で走ってきたのだろうか。ラウラの黒髪は少し乱れていた。
「二人ともちょっと来てくれる?頼みたいことがあってさ」
「え、嫌で「いいぞ」
アッテンボローに被せるようにして答えるものがあった。もちろん彼の隣にいた少女である。彼は逡巡の中で、どちらが面倒かを天秤にかけた。すなわち、自分は二人に任せてゆっくりするか、それとも付き添って監督役を引き受けるのか。
その逡巡の間に彼の腕に組みつくものがあった。ラウラである。その瞬間、彼は自分に拒否権などなかったことに思い至ったのである。
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