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第二話「アルフレッド・アッテンボローII」

トップガンはいいので見ろください。

それは、偶然か、経験か。あるいは直感とも言うべき代物かもしれない。

(ホア)爪先(つまさき)がアッテンボローの鼻をかすめて空を切った。

その動きはまるでクラッチが噛み合うようであった。あれほど彼の言うことを聞かなかった体は即座に魔力による反撃、バック転の要領で後退し、着地の隙を潰すための魔力攻撃、そして連続のバック転で安心できる距離まで飛ぶ。


「こっち来んな!」

「お前らの戦いだろ、巻き込むなよ!」


悲鳴じみた怒号をあげながら観衆はそそくさと安全な距離へと退避する。


「えっげつねえな。今の動き」

「魔法か?」

「バカ。獣人の動きなんてあんなもんだぜ。あんなのも目で追えないなら極東じゃ二秒と立ってられんだろうさ」

「極東、怖えー」

(適当言いやがる。だがなんだ今のは。消えたと思ったら目の前に現れてーー)


アッテンボローは歯を食いしばった。格好がつかなすぎる。油断し、挑発し、そしてそれを必死に回避する。彼の胸中には羞恥の感情が渦を巻く。

その対面では花が音もなく静かに降り立った。


(違う。虚をつかれただけ。舐めてただけだ。俺はさっきまで魔法で優位に立っていたはず)


そこで一つの考えが浮かぶ。


(待て。さっきの魔力弾、避ける素ぶりはなかった。外したか?いいや!確かに必中距離だった。あんな距離を外す俺じゃねえ)


逡巡(しゅんじゅん)の最中、背中の皮膚が粟立った。花が消え、気づけば目の前深くにダンッと力強く踏み込まれていた。

隙の大きい回し蹴りではなく掌打(しょうだ)による一撃、アッテンボローは腕を折り畳みその一撃を受ける。凄まじい衝撃、細身だが長身のアッテンボローの体が一瞬浮き上がる。

それはアッテンボローがすんでの所で地面を蹴って衝撃を逃したためであったが、彼の腕には全身で受け止めたとしても体は浮き上がっていただろうと確信を抱かせる感触が伝わってくる。

一歩、二歩下がり、(かかと)が壁へと突き当たる。そこへ不可視の一撃が加わる。先ほどの蹴りと比べれば随分と軽い。単に隙を潰すための牽制(けんせい)だったのだろう。ただ無造作に放たれた一撃はアッテンボローに少なからぬ衝撃を与えた。


「くそッ」


これだけの懐に潜り込まれての魔弾を受けたということは花の出力はアッテンボローのそれを上回るということである。


(こいつ……少なくとも九等級、ボスと同じ魔王級かよっ)


その呟きすらも許さない不可視の追撃がアッテンボローを襲う。腹部に魔弾による重い感触がのしかかり、彼の口から涎が垂れた。

が、その全てを忘れて壁を蹴りつけて前転する。次の瞬間、必殺の蹴りが壁を叩いた。


(アレを使うか?)


先ほどまで誇っていた地の利を捨てての全力疾走である。


(いやーー)


風が吹き荒れ、ダンッと力強い足の踏み込みが響く。それは背後ではなく彼の前方からであり、見れば反対側の壁にいた花がいた。

一拍遅れて周囲の傭兵たちが悲鳴をあげて退避する。

あの速度で着地したためだろうか、壁に対して垂直に立っているような具合である。そのまま膝を折り畳み、そして地面と平行方向に跳躍し、目の前に現れた。


(だめに決まってーー)


逡巡の最中の強襲にも、アッテンボローは床を滑り込んで対処する。花の蹴りは明らかに当たれば首の骨くらいはへし折れるであろう一撃であった。その音を頭上に聞き、頭頂部に強い風圧を感じながら、アッテンボローは己の優柔不断さを恥じた。


(バカヤロウ、何を迷ってやがる。殺さなきゃあ殺される。こんな下らねえ死に方は嫌に決まってる。生き残ってやる。こいつには悪いが)


ハア、ハアとアッテンボローの息が荒くなる。発汗も酷かった。ただ体質のみに由来する理不尽。これまでそれを振るう側であったアッテンボローはこの瞬間、誰よりもこの理不尽を感じていた。


「来いやあ!」


あるいは、その声は怖気付く彼自身を激励(げきれい)するためのものかもしれなかった。花はそれにひどく無感動に、あるいは路傍の花を摘み取るかのような感覚であったかもしれない。

花の力強い踏み込みを見て、アッテンボローは意を決す。

彼の中では一つの仮説ができていた。


(身体強度を最大限に強化ーー)


花の姿が消え、アッテンボローの眼前に迫る。この時、アッテンボローの目にはようやく彼女の残像が映っていた。

ここで明確に花の顔に動揺が生じる。アッテンボローと彼女の距離は、彼女の想定していたそれよりも明らかに近かったのである。これでは、彼女の自慢の蹴りはおろか、あの掌打ですらも間に合わない。

彼女の圧倒的なスピードは明らかな異能であった。それ故に目や耳から得られた情報を反映するのは彼女の超加速前の情報なのである。

すなわちこの状況は、花にとってアッテンボローがいきなり目の前に現れたことになる。


「うおおっ!」


アッテンボローは花に掴みかかる。それは普段の彼の立ち振る舞いからは大きく離れた、ひどく不恰好なものであった。

二つの影が交錯する。最早それは衝突と称して差し支えないものであった。図らずも花の胸の中にアッテンボローが突っ込む形になるも、尚も花の勢いは殺しきれずに二人は跳ねる鞠のようにもんどり打って地面に転がった。


地面に転がる花は胸を抑えて激しくむせ込み、一方のアッテンボローは鼻っ面を抑えながら低く呻いた。その指の間からは決壊直前の(せき)のように、赤い血を溢す。

お互いにそのまま痛みに悶絶しておきたい気持ちを置き去りにして、お互い示し合わせたように組み付いた。さながら互いの喉元を食い破らんとする獣の死闘のようで、激しさはないものの組みつくアッテンボローの血が互いの衣服や顔を彩る。


花は手足をアッテンボローの首に絡めて絞め技をかけようとする。先ほどまでの喧騒とは打って変わって、水を打ったように静寂が空間を満たした。誰もがその決着に息を呑んで見つめていたのである。

しかし、二人の間には絶望的なまでの差があった。獣人と人間の筋力差、体質としての魔力の出力差、そして寝技においては彼はずぶの素人であったために隔絶するほどの差があった。


(理不尽だ)


それ故に二度三度までは、まだ彼が支配下に置いていた魔力による身体強化で対応したが、次第に出力の高い花がアッテンボロー周辺の魔力をも支配下に置くとその均衡は容易く崩れ去る。


(理不尽じゃねえか)


花の足が遂にアッテンボローの首と右腕に同時に挟み込まれ、自らの肩と花の大腿により頸動脈が締め込まれる。


(理不尽だよなあ、こういうのって)


酸欠によりチカチカと光る視界と、手を滑る感触への焦燥から手を滑らせながら懐から短銃を取り出した。そして空いている左手で花の顔面へと向ける。

花は当初それが何かを理解できず、そして理解した時には遅かった。アッテンボローは引き金に指をかけ、ゆっくりと力を込めていく。

対して花は意を決したように締め付けを強めた。甲高い音が車内に響き渡った。その音を、手に伝わる感触を、どこか他人事のように感じながらアッテンボローの意識は深淵(しんえん)へと引きずり込まれてしまった。




アッテンボロー家はアルビオン帝国南部の港湾都市アナンガムにて四代続く町医者の家系であった。

人格者として知られ、近隣の貧民街に時折赴いては、医療を施し度々その命を救っていたのである。

その四代目の一人息子ウィリアム・パトリック・アッテンボローの家に産まれたのが、アルフレッド・スペンサー・アッテンボローであった。

地元の名士の息子とあっては、聴衆の関心も大いに集め、そして彼の性格は悪い意味で話題性の尽きないものであった。

ある人曰く暴君、ある人曰く獣。それがアッテンボローに対する評判だった。相手が誰であっても敬意を忘れず、温厚で落ち着いた性格の持ち主で知られたが、その息子は真逆だったのである。


アルフレッドは町の少年たちの王であった。傍若無人、かつ頑固で粗野、大人すらも敵わない腕っ節も手伝い、アナンガムのトラブルにはいつもアッテンボロー家のアルがいると評判のガキ大将だった。

このような性格となったのは、彼の特殊な家庭環境にあった。ウィリアムは優しく温厚で、いや優しすぎたのである。彼の妻メアリーは派手好きな性格でしばしば家庭を放り出しては遊びに繰り出し、ウィリアムはそれを咎めなかったのである。メアリーは夫ウィリアムを尻にしき、あるいは煙に巻き、そして彼の優しさにつけ込み上長した。


当初、アルフレッドの友達は英雄譚や叙事詩(じょじし)ばかりであった。六歳の頃には子供向けのものは読破し、優しい父に頼み込み、彼の小さな体では持ち運ぶのにも苦労するほどの分厚い本を愛読していた。これには父ウィリアムは彼の勤勉ぶりに喜び、母メアリーは手のかからなさを喜んだ。

しかしアルフレッドの優等生ぶりは長くは続かず、アナンガムの幼年学校へ通い始めるとその傍若無人ぶりを開花させた。

彼は腕っ節に優れていたのである。大の大人ですらも彼には敵わなかった。まだ学校という制度が未熟で教師も手探りでやり方を模索する中、アルフレッドは放置されたのである。


この年、メアリーはウィリアムと離婚を求める。アルフレッドの起こす面倒ごとに、彼女のごく僅かしかなかった忍耐という感情が払底したのである。

一方、それはウィリアムも同意であった。彼の穏やかな気性もついにはメアリーの勝手さには愛想をつかしたのである。


当時はアルビオン帝国にて女性の権利が見直される時期であったから、南部の港町の小さな揉め事が、女性の財産権を守るための戦いとなり、実に三年もの年月をかけて彼らは争うこととなる。

その間、自由となったアルフレッドは子供達の王として、街に君臨することになる。

ある時、彼は気づいた。自分は英雄の生まれ変わりではないのかと。


それはほんの小さな、新聞にすら載らない小さな事件が発端だった。ある少年が酔っ払いにちょっかいをかけられていた。その酔っ払いは街でも評判のならず者であり、元傭兵であったためその腕っ節は強く、アナンガム市警も手を焼いていた。それを(たちま)ちに倒してしまったのである。

彼は産まれながらにして強者であると自覚したのがこの瞬間だった。

彼にとって不幸だったのは、その時彼は孤独だったのである。王には対等な友などおらず、そして彼に寄り添うべき人物たちは帝都で裁判に勤しんでいたのである。

トップガンのネタバレをするとラストはヒロインとトムクルーズが愛バに乗ってうまぴょいする話です。

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